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一章<颶風>

「沼地の悪霊?」

「うん。女の人の姿をしているんだって」

「へえ~」


 濡れたコートの水捌け具合を確認し、近くにあったハンガーへと掛けた悠馬に対しレミットはついさっき宿屋の主人から聞いた話をする。

 不思議そうに応じた悠馬だったが、湯気の立つ熱いスープを前にし意気揚々と椅子に座る。

 レミットも釈然としない表情で同様に倣った。

 そんなレミットの前にもワゴンから取り出した皿にスープを入れ甲斐甲斐しく給仕をするのはアイレスだ。

 さすがはメイドというか、澱みの無い仕草が様になっている。

 傍付きの騎士であるカレンの姿はないが、彼女は現在泥に塗れた馬車の手入れを行い、シャワー中であった。

 カレンの到着を待つと言い張る三人だったが、カレンは丁重に固辞した。

 幾分か申し訳なさを感じるものの、あたたかい食事の魅力には敵わない。

 特にゆっくり風呂に入った後の美味そうな匂いは爆弾級であった。

 そこで少し早めではあるが夕食にすることにしたのである。

 湿気や雨に濡れた服は室内に干しているが、部屋が広い為にみずぼらしい感じはしない。

 が、悠馬にしてみればちょっと視線を向けるのが憚れるもの(下着類)もあるのが気になる。

 でもこちら(琺輪世界)の世界観では穿いてないない下着は別に羞恥の対象にならないらしい(「えっ別にただの布でしょ?」)。

 そんなものなのかと納得する悠馬であったが、割り切れてはいない。

 可愛らしいデザインやシックでアダルトなものが視界に入るたびにドキドキしてるのが現状である。

 かくいう悠馬も着慣れた制服はすでに脱いでおり、魔導書より召喚した衣服に着替えている。

 それは他の二人も同様であった。

 センスのない悠馬のコーディネートの為、正直にいえば華はない。

 けど落ち着いた雰囲気のそのデザインは、格調高い宿の内装にはよく似合っていた。


「しっかし……ホント、この雨にはまいったわね」

「まったくですわ。

 せっかくユーマ様のお蔭で旅を短縮してきましたのに」

「まあ、仕方ないよ。

 天候までは召喚術師である俺でも対処し切れないところがあるし。

 でも……たまにはこういう宿もいいんじゃないか?

 馬車の旅も快適だったけど……ゆっくり足を延ばして風呂に入るのは格別だろ?

 それにこうして旬の料理を食べれるしさ」

「うん、ユーマの意見に賛成。

 アイレスの料理は美味しいけど、携帯食だとレパートリーがね……

 正直食べ飽きてきた頃だったし。

 ごめんね、アイレス。

 貴女の腕を貶める訳じゃないんだけど」

「ええ、分かっておりますわレミット様。

 ですから今日は宿の御主人に無理を言って手伝ってきましたの。

 冷めない内にどうぞ召し上がってください」

「ありがとう、アイレス」

「いつもありがとうございます、アイレスさん。

 けど大変じゃないですか?」

「皆様のお役に立てるのが何よりの喜びですわ。

 それにわたくしも食材の補充が出来て嬉しいですし……」

「そうなの?」

「ええ」

「それじゃ……カレンには悪いけど遠慮せず、冷めない内に。

 いただきます」

「じゃああたしも。

 ユーマに教えて貰った、その食材に感謝するお祈りで。

 いただきま~す」

「はい、どうぞ召し上がれ」


 旺盛な食欲を見せる二人に、アイレスは穏やかに微笑み給仕を行う。

 悠馬達がいるのはレムリソン大陸にある中央と西方地域の境にあるメルソムという宿場町だ。

 ここは交易の要所でもある為、ピンからキリまで宿屋は数多い。

 悠馬達が選んだのは、その中でも少々値が張るも品のいい「先駆けの仔馬亭」という宿屋である。

 この世界に悠馬が召喚され、レミット達と行動を共にしてからすでに1週間が経過しようとしていた。

 勿論、途中幾度か追手や賞金稼ぎによる襲撃はあった。

 しかしその全てを召喚術師たる悠馬の力もあり難無くやり過ごしてきたのだ。

 特に鷲獅子による空中の旅は順調そのものであった。

 旅慣れた者でも通常なら一月は掛かる旅程を5日で走破(踏破?)。

 移動に掛かる時間を大幅に短縮出来たのである。

 全ては上手くいってる様に思えた。

 そう、季節外れの嵐に遭遇するまでは。

 空中ユニットは地形の影響を受けない代わりに天候の影響をダイレクトに受ける。

 特に今回の様な暴風を伴った雨だとその影響は顕著である。

 無理をすれば強引に進むことは可能だ。

 だが結局得られる利益はハイリスク・ローリターン。

 危険度が増す割には見返りが少ない。

 幾ら悠馬の召喚術とて対処し切れない事態に陥るかもしれない。

 ならば嵐が治まるまで久々に宿で英気を養おうという事になったのだ。

 幸いな事に資金源というかスポンサー(レミット)の財布は潤沢であった。

 無駄遣いをしなければ余裕で魔導都市まではもつだろう。

 悠馬達は窓を叩く雨音をバックミュージックに、束の間の休息を心から楽しむのだった。




 しれっと一章開始です。

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