1話 邂逅
「きゃああああああああああああ!!」
金髪の美しい少女の悲鳴が人気のない山間にコダマする。
しかし助けにくるような者はいない。
何故なら目の前に立つ者達が本来なら少女の護衛役だからだ。
その護衛役達は今や粗野な獣性を剥き出しにし、馬車内の少女に迫っている。
少女は悲鳴を上げるその行為が事態を悪化させるものでしかないと気付き、慌てて口を押さえる。
戦乱を逃れる為の急な出立。
少女の身柄を押さえんとする追手達。
家に仕える者達も一人二人と脱落していき、ついに残るは一人の騎士のみ。
その頼みの騎士も追手の足止めに残った為、この危険な山越えをする為に護衛役を麓で雇ったのだが……
どうやらそれは間違いだったようだ。
宿場町では山賊が冒険者などに紛れ込み狙う獲物を見定めていると聞くが、自分達はそれに嵌ってしまったらしい。
完全に孤立無援。
このままではこいつらの毒牙の餌食になる。
正確にいえば、少女にも味方はいる。
だが付き添いのメイドである年上の少女は事態の成り行きが分かってないのか、おっとりとした笑顔を浮かべるのみ。
少女――ランスロード皇国マリエル侯爵家第三女レミットは溜息をつく。
「アイレス……貴女、状況が分かってる?」
「え?
レミット様……勿論、理解してますわ」
「じゃあ今はどういう状況?」
「え?
皆さんでダンスのお時間ですよね?」
「ああ、もう!
天然はこれだから!
いい? 確かにダンスはダンスだけど……これは命を懸けた舞踏。
この扉が破られたらあたしもアンタもあいつらの慰み者よ!?」
「はあ……」
「ああん、もう。
こんな時にカレンがいてくれたら……」
「カレン様は昨夜から行方が知れませんし……」
「あたしとアンタを逃す為に踏ん張ってくれてるのよ。
絶対生きてるんだから……」
「そうですね、ええ」
「だから再会するまであたし達も何としても生き延びる事!
いい!?」
「はい~分かりましたわ」
勝気に宣言するレミットの頭を優しく撫でるアイレス。
いつもはくすぐったいその仕草が、緊急時には少し煩わしい。
「大丈夫です、レミット様。
いざとなればわたくしが……」
「って、危ないアイレス!」
咄嗟にアイレスを抱き抱えクッションへ伏せる。
その頭上を鎖の付いた鉄球が通り過ぎる。
遠心力で破壊力を得るモーニングスターと呼ばれる鈍器だ。
当たれば良くて骨折。
打ち所が悪ければ死に至る事もある。
外の野盗達も形振り構わなくなってきたらしい。
舞い散る馬車の破片が髪の毛に当たる。
高鳴る心臓。
ドクドク音を立てる血管。
(こんなところで、ヤダ……
誰か……お願い……助けて!!)
願われる無垢なる祈り。
無情なるこの世界においてその祈る行為は児戯に等しい。
だが、如何なる偶然か。
この時は気紛れな神の采配が動いたらしい。
突如輝きを上げるレミットのペンダント。
それは骨董品好きな祖父がレミットに贈った何気無いもの。
装飾的な価値すらないそれが、いまや眩しい輝きを上げている。
渦巻く魔力。
宙に描かれる莫大な魔方陣。
やがて輝きは一人の少年の姿へとなっていく。
(こ、このシュチエーションは……
英雄叙述詩でよくある、王子様的な登場シーン!?)
そういった小説が好きでよく読破してるレミットは、感動に身を震わせその瞬間を待つ。
だが次の瞬間、現れた少年はあろうことかクッションに足を滑らせ、レミット目掛け倒れ込んでくるのだった。
「わっわわ!」
「きゃっ」
慌てて少年を抱き留めるレミット。
咄嗟に乗馬の授業で習った受け身を取る。
良かった、怪我はない。
けどやたらとスースーする足元。
違和感を感じたレミットはそっと下半身を見る。
絶句。
「あらら……これは大変ですわね」
アイレスが口元を押さえ呟く。
それは無理もないかもしれない。
何故なら仕立ての良いレミットのドレスのスカートが太腿も顕わにまくり上げられ、いかなる偶然かショーツの上には少年の顔が……
「って、このヘンタイ!」
バチン!!
真っ赤に上気した顔のまま勢いを上げて腕を振りぬくレミット。
景気のいい音を立てて少年……悠馬は頬を張られ再度倒れ込む。
こうして悠馬こと<ユーマ>と、レミット・ウル・マリエルの出会いは最悪なカタチで幕を上げるのだった。