72話 終焉
崩壊していく闘技場。
魔力で練られたそれは、召喚術師達の心象風景を映し出す固有結界にも似た決闘場でもある。
世界を断絶するこの結界が無効化されるのはデュエルの勝敗がついた時のみ。
間違いなく悠馬はデュエルに勝利したのだ。
「勝った……」
辛勝、ではない。
召喚術師として真正面からのぶつかり合いからの勝利。
持てる技を費やして得られたそれは悠馬に感無量の想いを抱かせた。
勝利を譲られたカタチとなった前回とは違う。
今回は自分の力と相手の力。
秘儀と秘儀をぶつけあった結果得られた完全なる勝利だ。
召喚術師としての自分が一回りどころか10回りは成長した感じさえする。
接戦の先、均衡の行く末にこそ辿り着ける至高の領域があるのだろう。
悠馬は今、やっとその頂を目指し足を踏み入れた所だ。
苦難や更なる困難がこれからも待ち受けているだろう。
しかし今日という日の勝利、糧は決して忘れない。
それは刻印の様に悠馬の心に刻まれたのだから。
感慨深げに浸る悠馬だったが、周囲の崩壊は止まらない。
あざやかな朝日に照らし出される砂漠。
悠馬の見守る前で全ては結界ごと天変地異を迎えたように崩れていき――
無抵抗に微笑むリカルドと悠馬だけが残された。
「決着はつきました」
「ええ。そうですな」
「ならば約束を履行してもらいたい」
「無論ですとも。
ただ、ユーマ殿――」
「分かってます。
でも安心して下さい。
六界将の面々にはこの世界の再生の為、馬車馬のごとく働いて頂きます。
命を絶つことは簡単です。
けどそんな安易な逃げは赦さない。
自らの野望に賭けた代償は死の安らぎでなく苦渋に満ちた生を以て償ってもらいます」
「手厳しいですな。
しかし……安心致しました」
「それでどうやって魔方陣を止めればいい?
この魔孔はどうすれば閉ざす事が出来るんですか?」
「答えはシンプルなのですよ、ユーマ殿」
悠馬の問い掛けにリカルドは飄々と歩み出す。
デュエルによる絶対のギアスで縛られている今、危険はない。
だからこそ悠馬は彼の行く末を見守った。
彼はガーディアンに囚われているロクサーヌの前に来た。
一礼し、暇を告げる様に微笑む。
「長き間、世話になりました」
「逝くのか、リカルド?
この我を置いて!」
「貴方様はこの世界に無くてはならない方。
ならばこそ、この失敗を教訓にこれからも救われぬものをお救い下さい。
あの日の吾輩のような者を増やさぬ為に」
「……分かった。
それがお前の力を借り受ける条件であったな。
約束しよう」
「結構。
それではイズナ殿とアネット殿を頼みます」
「最後の最後まで他の者の心配か。
ふっ……お前らしい」
「これが性分でございますれば」
苦笑するロクサーヌに慇懃無礼な一礼を行い魔孔へ歩み出すリカルド。
思わず制止しようとした悠馬だったが、リカルドの言葉に止められた。
「これが答えです」
「えっ?」
「外部からは干渉する事が難しいこの魔孔ですが……
内部からなら比較的容易に閉ざす事が出来る。
無論、空間干渉系のスキルを持っている事が前提ですが。
吾輩のバクズベアードとしての力がまさかこのようなカタチで役に立つとはね。
忌まわしき実験にも意味があったと喜ぶべきでしょう。
そして魔方陣の停止も同様です。
魔方陣の基点である吾輩がこの世界から消えれば全て自動的に停止する」
「まさか! やめっ」
「さらばです、ユーマ殿。
人の世を頼みましたぞ」
悠馬が駆けつけるより早く魔孔に身を躍らせるリカルド。
手を振り爽やかな笑顔を浮かべているのが憎々しい。
そしてリカルドが吸い込まれた次の瞬間、
ガラスを引っ掻く様な甲高い音と共に魔孔は世界より消え失せた。
驚きの顔を浮かべるアナスタシア。
こうして名高き英雄の犠牲と共に、この戦いについに幕が下りたのだった。
後の世に「魔女戦争」と呼ばれた戦いはこうして終結した。
大陸の支配を目論む氷嵐の女王。
彼女が仕掛けた血の魔方陣を止める為、魔導学院が主体となった連合軍が発起。
危うい所でその野望を喰い止めた、と歴史書には記されている。
多くの英雄・勇者が生まれ出たこの戦い。
だが、特筆すべきはランスロード皇国の将軍リカルド・ウイン・フォーススターであろう。
彼は女王の圧政から人々を守り抜いた七色召喚術師<カレイドスコープ>ユーマや聖姫の守護者カナメと共に毅然と女王に立ち向かいこれを討伐。
今わの際に女王が残した次元を蝕む呪いを打ち払う為に、その身を捧げた。
戦乱から時が経過した今でもその死を悼む者は多く、戦後の復旧に勤め、驚く程の生活水準上昇を大陸にもたらした<賢皇の再来>ロクサーヌ皇の治世もあり市井の間で彼の名が登らぬ日はない。
反抗拠点となった城塞には銅像が建てられその偉業を讃えるようになった。
城塞自身も多国籍管轄下に置かれ城塞都市として交易要所となった。
初代の市長には反乱軍のリーダーとして避難民をまとめ上げてきたイシュバーンという帝国貴族がつき、以後市民権を持つ住民たちにより代表協議制へと移行するようになる。
この流れが自由民権運動へ繋がっていき王政から民政へと大陸で移行していくのだが……それはまた別の話であろう。
さて……大陸に平和をもたらした立役者。
七色召喚術師のその後は、というと――
大変お待たせ致しました。
長くの応援、本当にありがとうございました。
次回最終話になります。




