66話 忠誠
「デェエル?」
「ええ。
召喚術師たちが秘儀を交わし合う決闘。
吾輩たちが勝利したあかつきには見逃して欲しいのです。
無論、能力を封じて貰って構いません」
「誰が見ても圧倒的に優勢な状況。
俺がそれに応じる義理があると思いますか?」
「ないですな」
「ならば何故――そんな申し出を?」
「何、吾輩たちにも交渉材料が残っているからですよ」
「交渉材料?」
「そうです。
大陸全土で発動している血の魔方陣。
これを無効化しない限り数多の血を吸い込み続ける。
吾輩たちが敗北したならばこの魔方陣を停止させましょう」
「……割りに合わない。
残念ですけど、この腐れた魔方陣の解析は既にメイアさん経由で魔導学院に頼んでいるんですよ。
狂乱が火種を呼び、新たな血を招く忌まわしい術式。
神代から続くという歴史が本物なら、必ず止めれるはずだ」
「確かにかの魔導学院ならば魔方陣を停止させる事は可能でしょう。
しかし……はたして間に合いますかな?」
「……何?」
「吾輩たちがこの魔方陣を発動させる為、下準備にどれほどの年月を費やしたか御存知か?
才気に溢れた術師に、いにしえの知識が集う魔導学院。
ですが……これだけの規模の魔方陣を解析するにはそれらを以てしてもある程度の年月が掛かる。
さてはて。停止のコマンドワードを探り当てる間に、いったいどれだけの血が流れるやら」
「……くっ」
「そしてこれが一番の交渉材料なのですが……
先程からうねりをあげている魔孔。
世界を隔てる障壁の綻び。
怨嗟渦巻く次元への境界。
アレに吾輩が干渉出来るとしたらどうしますかな?」
「なん……だと」
「吾輩の展開した固有結界はまだ解消されていない。
かろうじて今もこの廃城を覆い尽くしている。
ここに吾輩の力を交えれば、魔孔は今よりも大きな孔となるでしょう。
そうなればアナスタシア殿を以てしても塞ぎ切れないことは必須。
溢れ出た呪いは瞬く間に世界を破滅へと導くでしょうな。
おそらく吾輩たちに気取られ、逃亡される事を懸念したのでしょう。
ここへ忍び込む事を優先させ、ヴァイタルガーダーに力押しで結界を破壊させなかったのが仇となりましたな。
固有結界は矮小なる者でも格上を倒す事を可能とする神秘。
吾輩は躊躇わず身命を投じますぞ」
「この状況下で、そんな事が出来ると本気で思っているのか?
残念だがそんな真似をさせるほど、俺は――俺達は甘くない」
「重々承知ですよ。
しかしユーマ殿、貴公らにとって耳寄りな話もある」
「……どういう意味だ?」
「広げる事が可能ならば――その逆もまた然り。
魔孔を閉ざす事も出来るのですよ」
「……ハッタリだ。
高位魔族であるアナスタシアですら、魔孔が拡大しないよう干渉するのがやっとだったと聞いた。
貴方にそんな事が出来る筈がない」
「嘘か真か、貴公もお気付きでしょう。
それはデュエル前の決闘誓約で判別する。
掛札が釣り合わないデュエルは原則、魔導書が認めない。
何より勝敗後の約束履行は絶対ですからな。
履行できないものを報酬としたデュエルは施行できないのですよ。
それに貴公らに喪うものはない。
前提として勝敗に関わらず吾輩たちの力を封じるという事を約束しましょう」
「……何故だ」
「ふむ?
何故、とは?」
「どうしてそこまでして逃げ延びようとする。
力を喪い、大義すら見果てた末に何があるんだ?」
「我が主の命と、これから」
「…………」
「ユーマ殿。
貴公がロクサーヌ様をどう捉えているか、吾輩には分かり得ぬ。
鬱屈した偏見より衆生を解放する救いの御子か。
あるいは集団自殺を図る悪の首魁と思うか。
それは個人の物差し、価値観により変わる。
森羅万象。
全ては流転していくものなのでしょう。
ただそんな中で変わらぬものもあるのですよ。
吾輩にとってロクサーヌ様に対する忠義こそがそれです。
狂信ではない。
盲信でもない。
吾輩は『人』として彼を信じた。
ならば何もかも賭けて殉じるまで。
その先に目指すべき理想郷が築かれると信じて」
「もう、変わらないんですね」
「ええ」
「……ならば貴方に掛ける言葉は決まっている。
万色にて無色なる光明。
天翔ける大橋の代行者。
虹輝を纏いし守護者を統べる者。
久遠悠馬の名において宣言す。
英雄、リカルド・ウイン・フォーススター。
汝に……デュエルを申し込む!」
魔導書を媒介とした互いの力場が相対する力場を侵食していく。
自らの理こそが唯一である、と。
多元時空を超え、
莫大なマナを湛え、
より広大な<場>を構築していく。
これこそが召喚術師の決闘。
互いの秘儀を尽くす古の作法。
それは即ち――
「揺るがぬ闘志と清浄なる光輝。
潰えぬ決意と洛陽の陽炎。
我が忠誠を掲げ、今ここに誓約す。
汝、クオン・ユーマ汝の申し出を受けよう」
召喚術師達の決闘誓約の成立。
その瞬間――
世界の全てが弾け、決闘を行う闘技場へと再構成される。
召喚術師にて決闘者たるデュエリストの戦い。
魔戦の火蓋が切って落とされようとしていた。




