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59話 生贄

「さて、悠馬君――」


 事情は話し終えた、とばかりにロクサーヌは悠馬に問い掛ける。

 壮大で回りくどい、あまりにも遠大な計画。

 急には理解が及ばず言葉が出ない。

 そんな悠馬を説き伏せる様にロクサーヌは情熱的に誘う。


「我々の崇高な使命は話した通りだ。

 今現在、不利益を得ている弱者。

 歴史に埋もれ消えゆく憐れな魂。

 全てを救うには世界の仕組みそのものを変えなくては駄目なのだ。

 この出来損ないの試練場そのものを叩き壊し再構築する。

 決して――利己的な目的ではない。

 弱きモノ達の嘆きを止める為、君にも協力してほしい」


 迷う悠馬に向けられるロクサーヌの双眸。

 それは他の六界将達も同様だ。

 期待を孕んだリカルドの瞳。

 沈着冷静なるイズナの視線。

 興味深そうなアネットの目。

 心配そうに悠馬を見守るアナスタシア達。

 皆の見詰める中――悠馬は苦渋する。

 奴等の言い分は決して素っ頓狂な代物ではない。

 当たり前の幸せを当たり前に甘受させてやりたい。

 全ての弱きモノ達に対し。

 誰の得にもならぬ事に身命を注ぐ。

 今だけでなく過去をも救おうとする者達。

 それこそが六界将<ヘキサグラムグローリア>なのだろう。

 確かにロクサーヌの言う通り崇高な使命。

 だが悠馬の胸の内に潜む衝動が叫ぶのだ。

 過ちではない。

 されど間違っている、と。

 

「悠馬、何を難しく考えてるのさ」

「要……」

「例えるならさ、

 僕達は勇者ヒューリーと賢者ルグレリアなんだよ。

 そしてこの娘は――悲恋に散ったメリザ姫。

 運命がさ、そういう配役を望んだ。

 ならば与えられた役目をこなすしかない」


 悠馬を気遣う様な要の言葉。

 思わずビクっと反応する悠馬の身体。

 驚愕を顔に出さない様に最大級の努力をしながら、悠馬は微笑みかける要に問い返す。


「俺がヒューリーで――

 要がルグレリア?」

「そう」

「そして……お前に捕らわれたレミットがメリザ姫だと?

 お前は――そう言うんだな?」

「うん」

「……ならば俺の返答はただ一つだ」


 悠馬が凛然たる口調で不敵に嗤う。

 瞬間、全身から放たれる覇気。

 活力と自信に満ちた生命と意志のオーラ。

 要との詳細不明な固有名詞のやり取りにどのような意味が込められていたのか?

 先程までの迷いは振り切れ、悠馬はさっぱり晴れ晴れした表情で告げる。


「いかなる高名な使命だとて――

 今を生きる人々の営みを壊す権利はない。

 過去に遡り不平等を無くす。

 それは立派な目的だし賛同できる部分もある。

 けど――だからこそ駄目だ」

「駄目、とは?」

「お前等<ヘキサグラムグローリア>のやろうとしているのは子供の遊戯盤遊びと一緒だ。

 盤面が、持ち駒が悪いから引っ繰り返す。

 最初からやり直す、と。

 だがその盤面(世界)は――

 どれだけ悲劇に満ちていても――

 どれだけ愚かしく見えても――

 その時代に生きた人々が懸命に積み上げてきたものなんだ。

 少ない持ち駒で、それでも何とかしようと足掻いてきた結果なんだ。

 お前等の行為はそれを嘲笑うものだ。

 何故もっと上手に出来ない?

 我々ならもっと上手くやる、と。

 超越者による独善的な歴史の制定。

 それは琺輪により管理された箱庭を変えると意気込むお前等と何が違う?

 未来に向けて世界を変えていきたい、というなら俺は仲間になった。

 しかしどうせやり直すなら、と今の世界を踏み台程度にしか考えていない六界将ども。

 そんな思想に俺は決して相容れない」

「つまりは?」

「交渉は決裂だ。

 俺はお前等の仲間にはならない」


 毅然と言い放つ悠馬。

 その言葉を受けたロクサーヌは失望が隠せないといった感じで天を仰ぐ。


「そうか……

 残念だよ、悠馬君。

 決意は固いのだね?」

「ああ」

「ならば――

 我々としても非情なる手段を取らざるをえないな。

 いけるか、イズナ?」

「承知」


 渋い承諾の声と共に空間へ奔る稲妻。

 次の瞬間、要に束縛されていたレミットの姿は掻き消え、アナスタシアは玉座から蹴り飛ばされ壁にめり込んでいた。


「何を――」


 問うよりも早く、アナスタシアという重石から解放され唸りを上げる魔孔。

 凄まじい吸引を放ち始める魔孔前に、悲鳴を上げるレミットと無造作に髪を掴み留まらせるイズナの姿が現れる。


「いったい何をしている!」

「第二プランだよ、悠馬君」

「第二プラン?」

「そう――

 君の協力を得られる事が最上だった。

 異世界からの客人まれびと

 正しき天秤の諮り手。

 不均衡を是正する抑止力を欺く為に。

 しかしそれが叶わぬというのならば――

 次善の策を取らせてもらうしかないな」

「何を……何をする気だ!?」

「君と同質にして異質なる素質を持つ者。

 即ち因果改編の出現が違うアンチ抑止力――

 不均衡を強制的に消去する力を持つレミット君。

 彼女を生贄に根源への扉を開く」

「なん……だと……」

「やれ、イズナ」

「許せ……とは言わん。

 だがこれも弱き者達の怨嗟の円環を止める為。

 憎むなら自分を憎め」

「やめろおおおおおおおおおお!!」

「ゆう、ま……」


 雷を纏ったイズナの腕が、レミットを背後から貫く。

 呆気なく掴み出される心臓。

 血に塗れドクドクと動くそれが――

 咆哮する悠馬の前で無情にも握り潰され血飛沫を上げる。

 何かを言い掛けるレミット。

 しかし空気が漏れるばかりで言葉にならない。

 胸に大穴が空き、片方の肺が無い状態なのだ。

 無理もないだろう。

 ただ、悠馬へ伸ばされた手。

 救いを求め最後に伸ばされたであろうその手が――

 力無く垂れ下がる。

 可憐な双眸から零れる一滴の涙。

 レミット・ウル・マリエル。

 悠馬の愛した少女は、

 こうして何を為す事もなく死の眠りにつくのだった。

 







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