57話 目的
「そんな人の枠を超えた能力……許される訳があるまい」
「無論、制限はある。
彼女は先代のアネットに比べ未だ三文節が限界だ。
しかし反動が無くなった分使いやすくなったともいえるな」
「意味が分からない。
お前達は……いったい何が目的なのだ?
妾の魔導人形を巻き込み策謀を張り巡らす。
何故、こんな回りくどい真似をする?」
沈黙を破ったのは女王だった。
魔族固有の復元能力さえ封じる闇撫の触手。
玉座ごと自らを貫きウネウネいやらしく動くそれを忌々しそうに一瞥しながら、アナスタシアは問い掛ける。
最もなその疑問に応じたのはやはりロクサーヌだった。
「だからこそ、それを語ろうと思っているのだがね。
君達はせっかちで困る。
まあいい、では解説するとしよう。
我々が自らの手を使わずこんな搦手を使う訳。
それはひとえにカウンターガーディアンを恐れる故に、だ」
「カウンターガーディアン?」
「そうだ。
霊長の守護者、抑止の守護者などに分類される彼等。
彼等は人の世を滅びに導く理由に起因し、起動する。
人族が無意識下に臨む希望の結晶、勇者とは違う。
ただ滅びの要因を速やかに消し去る舞台装置だ。
残念ながら彼等とは相容れない。
一度、それで失敗しているのでね」
「……その守護者とはなんなのだ?
違いが分からぬ」
「霊長の守護者とは即ち、霊長(人族)の存命を目的として、人が自ら生み出してしまった<霊長を滅ぼし得る原因>を排除しようとする存在の事だ。
人々の味方だと思うかもしれないが……
それはある意味正解であり、間違いだ。
あくまで霊長全体の存命を優先するものであり、存続の邪魔と認識されれば容赦なく切り捨てられる無慈悲な処刑機械といえばいいか。
どこにでも浮き上がる不気味な泡のような。
我が抱えるシンクタンクの推測によれば、その正体は全人類に共通する本能とも共通無意識とも言えるものらしい。
いわゆる普遍的無意識――
人間全ての根源は繋がっているという概念だな。
精神生命体、アストラルを主軸と魔族である君の方が詳しいのじゃないかね?」
「……ならばもう一つは?」
「これは世界(琺輪)の抑止力だ。
霊長の守護者が人間自身の作り出してしまった滅びの要因を排除する存在であるのならば――こちらの担当分野はその逆。
両者は根本的には別物だが……
霊長と世界、いずれかが致命的な状態に陥った場合、共倒れとなる危険性の高い現代においては、結果的に同じ方向に向かって行動している事になっているな。
我々が真に恐れるのはこちらだ。
霊長の守護者は別名<琺輪の守護者>とも呼ばれる。
歴史上に埋もれ消えて行った、不遇の実力者達。
世界が彼等を隷属し、永遠の奴隷としたのがそれだ。
油断できない相手だが……所詮は人間。
始末屋としては優秀。
だが――こちらも手駒を揃えれば互角以上に持ち込める」
「確かにお前達ならそれが出来よう。
高位魔族である妾をも凌ぐ力の持ち主たち。
ならば何故、抑止力とやらを恐れる?」
「至極簡単。
これは回避しようがないからだ。
滅多に動く事が無いこれら。
しかし目を付けられた瞬間、すべては御破算だ。
因果を歪め、存在そのものが消されてしまう。
さすがの我らもそれは避けようがない。
だからこそ悠馬君、君が必要なのだ」
「俺?」
突如話を振られた悠馬は困惑する。
守護者、ガーディアンが絡む話は悠馬も興味を惹かれた。
内罰的で今は俯き謝罪の言葉を呟く囚われのレミットに違和感を感じずにはいられないが、熱心に耳を傾けてしまっていた。
そこに沸いたロクサーヌの指摘。
――何故、自分が?
訳が分からないといった悠馬へロクサーヌが優しく語り掛ける。
「悠馬君、君の持つその<因果干渉能力>は非常に稀少だ。
君の生まれ持ったタレントは因果を超越する。
おそらく君の周りではトラブルが絶えないはずだ。
それも到底有り得ない様な。
記憶がないかね?」
「確かに……そうですわね」
「ん。該当してる」
「どういう意味だよ!」
「身に覚えがないとでも?」
「故意ではないのは認める。
ただ、いい加減容疑は認めるべき」
「うぐぅ」
深々と頷き納得するアイレスとティナ。
さしものの悠馬も反論できない。
この半年間。
もはや計測器が壊れるくらいの破廉恥なトラブルが闇増していた。
そりゃあもう、洒落にならない程に。
実感の籠った被害者たちの声。
切実なそれは繊細な少年である悠馬の肺腑をグッサリと抉る。
「不思議だと思わないかね?
あまりに都合の良いその成り行きに。
何故ならそれは君が無意識下で望む事なのだ。
君の力はその願望を汲み取り発動する」
「あらあらまあまあ」
「ん。やっぱりユーマはスケベ」
「でもまあ?
ユーマ様も健康なオトコノコ、ですし?」
「思春期の少年は飢えたケダモノ。
それを考えればむしろユーマはまだまともな方。
ん。変態紳士の称号を授けよう」
「素敵ですわ」
「やめろ……もうやめてくれ。
俺の心を殺さないで。お願い」
いかなる強敵にも屈しなかった悠馬の心が折れかかっていた。
心を許した味方による精神波状攻撃。
このままだと何もしないで再起不能である。
ピクピクと這いつくばり虫みたいに痙攣する悠馬。
その様子に身を以て実情を知っている要も苦笑していた。
リカルドやイズナ、アネットも憐れみの視線を向ける。
慌ててロクサーヌがフォローを入れる。
「ま、まあそれは君が意図しない事だ。
因果干渉は無意識に発動する。
決して悠馬君が悪い訳じゃない……筈だ。多分」
「フォローにならないフォローをありがとよ。
それで、俺に何をさせたいんだ?」
「仲間になってほしい」
「……はっ?」
「先程も述べたが……
君の力は因果すら超越する。
そう、抑止力すら欺けるほどに。
君が我々の意義に賛同し仲間となればこれほど心強い事はない」
「……ならば聞かせてくれ。
貴方達<ヘキサグラムグローリア>の目的とはなんだ?」
「我らの目的? それは――」
ロクサーヌが声を細める。
まるで今から告げる事が、
聞かれてはいけない誰かに洩れない様に、と。
「積み上げられた人類史の改編。
偏見と偽りに満ちた旧世界の棄却。
新たなる世界への改革だ」




