53話 抵抗
バクズベアード。
それは世界と世界の境。
俗にいう異次元空間に生息する列強種族の一種である。
その外見は巨大な目玉の肉球に無数の触手と竜の咢に似た大口が付いているとしか言いようがない。
目玉の暴君とも称される彼等はハイレベルの位階存在だ。
次元と虚空を渡り移動する種族固有のスキル。
異能同種を自在に招く権能。
麻痺・催眠・冷凍・分解など様々な効果を持った光線を放つ触手。
何より恐ろしいのは異名ともなったその眼の力だ。
可視範囲内にある魔術効果を無効化する特殊能力。
永続化が付与された武具でさえその範囲内では一時的に効果を喪う。
理屈は召喚術師の展開するフォースフィールドと同質。
しかしこちらは眼の視えている範囲内のみに作用するというという制約がある分、遥かに威力が向上している。
実際、眼を閉ざした暴君はその恐ろしい能力を発動出来ない。
催涙弾や目潰し(弓手による射撃)などはかなり有効な手段だろう。
英雄叙述詩などではよく見られる展開である。
繰り返し語られる古典というのは、実体験を基に伝承された非常に効率が良い手段もその内に含むからだ。
最近では煙幕からの粉塵爆破で始末された個体もいる。
まあそれは運の良かったケースの話であろう。
通常なら完全武装の騎士一個小隊が総がかり。
もしくは魔術支援を受けたAクラス以上の冒険者でもなければ対抗できない。
一概には強さを語るべきではないだろうが、半精神生命体である魔族と並んで相対したくない敵上位に間違いなく入るだろう。
実をいえばティナの推測は半分は当たりだが半分は誤りだった。
確かに神秘を打ち消すのはより上位の神秘だ。
そういった意味合いでは廃城に固有結界を展開するリカルドの結界内では転移は発動しない(正確に言うと空間移動という概念にのみ発動を阻止出来る)。
だがそれは転移という枠組みに限っての話だ。
悠馬の放った符の発動を妨げることには至らない。
召喚術師の扱う召喚符は確かに空間を経由する。
しかしその本質は魂に語り掛ける使役するという至上の御業だからである。
されど悠馬の符はいとも簡単に無効化された。
だからこそ悠馬は思い至ったのだ。
そいつはサガのヴァイタルガーダーの中に、確かに存在した。
ガーディアンとして破格の力を持ち、
条件次第では即座に限定的勝利を得る事を可能にする存在。
それこそが――バクズベアードである。
悠馬は無意識に握りしめていた拳を開く。
いざという時に備え筋肉が強張っていては元もこうもない。
リカルド、そしてロクサーヌの言う事が本当ならこの場を切り抜く事は難しい。
頼みの綱はアイレスの<魔操糸>だったが……
それも先程、雷魔術の遣い手により阻止されてしまった。
まさに四面楚歌。
完全にお手上げ状態だろう。
そう――通常なら。
悠馬の底知れぬ所は常に最悪の事態を想定して布石を打てる事だ。
慎重に成り過ぎて失敗することも確かに多い。
しかし再挑戦がある地球のデュエルとは違い、超常の力を持つ召喚術師とて死ぬ時は死ぬのだ。
この半年程の異世界ライフで嫌というほど悠馬は思い知らされた。
自分は英雄にはなれない。
レミットが懸念する勇者なんて最も他だ。
だからこそ臆病でもいい。
皆を守る為なら、なけなしの知恵を絞り出して必死に足掻いてやる。
幸いな事にすぐさま殺される事は無い様だ。
ならば今は少しでも情報を聞き出すことを優先しなくてはならないだろう。
投了にはまだ早い。
逃し掛けた勝機を掴む為、悠馬は切れそうな糸を懸命に手繰り寄せるのだった。




