11話 宣誓
「いい加減諦めろや」
目の前に立つ軽薄そうな男が、幾度目か分からない降伏勧告をしてくる。
昨夜の襲撃からおとりを買って出て早10時間。
逃げながら戦うのはこれ以上は無理だ。
愛馬は倒れ、仲間はいない。
更に酷使されたカレン・レザリスの身体は悲鳴を上げていた。
このまま全てを投げ出せたら、どんなに楽だろう?
欲をいえば泥の様に眠ってしまいたい。
しかしカレンは長剣を支えに踏み止まる。
重い鎧。
連戦による汗に塗れた身体。
蓄積する疲労。
だが……それがどうした?
自分が戦う事で主君の姫君であるレミットが助かる可能性がある。
ならば自分は無様でも抗い続けるのみ。
「ふざけるなっ!
私はまだまだ戦える!」
「ったくそれが面倒だ、っての。
早く諦めろよな」
カレンの目の前に立つ男、賞金狩りの召喚術師であるダズは苛立ちを隠さず再度魔導書からガーダーを召喚する。
醜い豚鼻を持つ人型妖魔、オークだ。
猪の様な獰猛さに加え、女性と見れば襲い掛かる凶暴性。
辺境では女性にとって小鬼妖魔に次いで危険な妖魔である。
純潔を散らされるだけに留まらず、生き地獄を味わらされる。
カレンは鉛の様な身体を引き摺り剣を構える。
こうして呼び出されるガーダーはいったい何体目だろう?
20を超えた辺りから数えるのをやめてしまった。
魔導書特有の力場<フォースフィールド>に守られている召喚術師本人をどうにかする術はカレンにはない。
ただ召喚されたガーダーは別だ。
特に目前の男は魔導書のランクが低いのか、召喚されるのは低位のガーダーのみ。
幸い自分の技量で対応できるレベルだから何とかなっている。
でもそれもそろそろ限界だろう。
魔導書の枚数切れを待つのがカレンの狙いだったが……どう見積もっても、半分以上はある。
あの数を生きて潜り抜けると思う程、カレンはおめでたくない。
(お嬢様……すみません。
私はここまでのようです……)
せめてあと何体か道ずれにしてやろう。
そう思い身構えた瞬間――
急に足元が掬われ、カレンは無様に転倒する。
驚愕したカレンは足元を確認する。
そこにいたのは巧妙に足首に絡む、周囲に溶け込む保護色の大蛇。
カレンは見た事がないが、カメレオンの様な性質を持ってるのだろう。
動揺を隠し切れないものの、一刀の元に斬り捨てる。
ただその隙をオークは見逃さなかった。
持ち前の膂力でカレンに圧し掛かってくると、強引に抑え込んでくる。
豚鼻から洩れる荒い鼻息。
加減を知らず鎧の隙間から伸ばされる手。
カレンは嫌悪感に身を捩る。
「ブヒっブヒ」
「っや、やめろ!!」
「や~~~っと捕まったか」
オークに押し倒されるカレンの姿に、ダズがいやらしい目を向けてくる。
そこにあるのは実験動物の最後を見る様な感情を交えない意志だ。
あまりの恥辱にカレンは叫ぶ。
「くっ! 殺せ!!」
「い~~~~や、駄目だね。
さんざん手こずらせやがったんだ。
てめえはオークの好きにさせる。
その後はブタの餌。
てめえの次は、賞金の懸けられたあのレミットってガキだ」
必死に抵抗するカレンにダズは愉しそうに告げる。
絶望するカレン。
このまま凌辱されるだけに留まらず、自分は守るべき人を守れずに死ぬのか。
(そんなのは……嫌だ!)
栗色の長髪を振り乱し、可憐な容姿を歪めながら女騎士カレンは抵抗する。
しかし力の差は歴然である。
このままカレンはオークの慰みもの(18禁的展開)になってしまうのか?
勿論――そうはならなかった。
「ブヒイイイイイイイイイイイイイイイイイ!?」
突如劫火に包まれるオークの体。
熱は多少伝わってくるも、不思議な事にカレンの身体を焼く事は無く、オークの体のみを炎上させている。
余程の力なのか、あっという間にオークは消し炭となった。
窮地を脱した事が信じられず、カレンは思わず呆然とする。
一方、ダズは激しく動揺していた。
「こ、これは……召喚された炎!
いったい何者だ!?」
姿を求め、ダズは頭上を仰ぐ。
眼を凝らせば、遥か頭上にいるのは馬車を抱えた逞しい鷲獅子。
その背の上にいるのは魔導書を携えた少年。
次の瞬間、少年は躊躇なく身を躍らせる。
魔導書から迸る紅の輝き。
それは少年の身体を纏う長衣となる。
召喚術師の基礎能力<ドレスアップ>だ。
同時に生じた力場が重力を軽減する。
「詳しい事情は俺には分からない……」
地面へ音もなく着地した悠馬は、ダズを睨みつける。
その背に肌も露わなカレンを庇いつつ。
「ただ……召喚術師の力を悪用するような奴は――
この俺、久遠悠馬が相手だ!」
凜と告げられる悠馬という少年の宣誓。
カレンはその毅然とした態度に、未だ知らない未知の衝動と胸の高鳴りとを感じるのだった。
アレな展開を期待した方はごめんなさいw
定番のお約束です、はい^^
次からはデュエルになります。




