40話 交渉
「さて……このまま突っ立っていても何も解決はするまい。
皆を集め、今後の事について話し合う事にするとしよう」
「そう、だな」
「ん。建設的な意見」
「ですねぃ」
「賛成です」
場を仕切り直す意味もあるのだろう。
努めて沈着冷静なバーンの呼び掛けに一同は賛同した。
浮かれる城塞内の者を掴まえ伝達を頼む。
各主要人物へ声が掛けられ、再度会議室へ集まる。
先程と違うのはそこに紅蓮術師ドラナーと停滞魔術師メイアが参加している点だろう。
たった二名の違いだがこの差は大きい。
この場に二人がいるのは個人としてではない。
己が所属する立場の名代としての意味合いも兼ねる。
それはつまりAAクラスの召喚術師の参戦のみならず、レミットの親にしてドラナーの後ろ盾であるマリエル公爵の援助が確約されたという事。
さらにお目付け役とはいえ導師級魔術師<メンバーズ>であるメイアも同席するという事は、公的ではないが永世中立を信条とするサーフォレム魔導学院も女王の侵略行為に対し異を唱えるという事に繋がる。
だからこそ先程までと違い、二人の自己紹介を受けた会議参加者の顔は明るい。
喧々轟々と議論していたのが信じられないほどである。
無論、犠牲者が出なかった圧倒的な勝利もその要因の一因であろう。
戦勝に浮き立つ会議室を戒める様に、持ち回りの議長であるコーウェルは開始の宣言を告げる。
とはいえ、ほぼ結論はでているのだ。
あとはどうするか?
それを決断する為にも悠馬達に語り掛け、礼を述べる。
「まずはありがとう、ユーマ君。
ここに集いし者達を代表し、私から改めて礼を言わせてもらう」
「いえ、自分は為すべきことをしただけです。
でも……犠牲者が出なかったのは本当に幸いでした」
「君の働きとイシュバーン殿の指揮、そして何より屈強なドラゴンを従えたドラナー君のお陰だろう。
久しぶりだね、ドラナー君。
壮健そうで何よりだ」
「あ~コーウェルセンセもお元気そうで」
握手を交わし合う二人。
事情を知っている悠馬はともかく、親しさに満ちたその様子に他の者達は疑問に思った。
目線で問われたコーウェルの口からドラナーとの出会いと悠馬の知己である事を説明され、一同は驚きの声を上げる。
「ユーマ君から話を聞いて、また会いたいと思っていた。
最近は随分と励んでいるみたいだね。
皇都での勇名はこんな辺境にまで鳴り響いているよ」
「何の因果か色々と騒動に巻き込まれちゃいやして。
まあ、トラブルシューターを自称するトラブルメイカーであるユーマの兄さんと関わったからには仕方がないかもしれやせんが」
「だが、優れた人物は世に出るべきだ。
君の力……腐らせるにはあまりも惜しいと以前告げただろう?」
「過大評価し過ぎですよ。
あっしは自分の領分を弁えてるんで」
「はは。変わらないな、君は。
良くも悪くも昔のままだ」
「権力や金なんぞには興味がないんですよ。
それでも少し前向きになれたのはユーマの兄さんと……まあ、惚れた女の影響ですわ」
頭をバリバリ掻きながら応じるドラナー。
照れ隠しではなく本当に本心から話しているだけなのだろう。
悪びれず淡々と心境を語る様子は間違いなく真実だ。
この場にカレンがいなくて良かったと悠馬は思う。
告白にも似た今のドラナーの言葉を聞いたら妄想が暴走、大気圏を突破し月に至るに違いないだろうから。
「それはめでたい事だ。
大事にしてあげるといい」
「そうですねぃ」
「守るべき者がいる、というのは何も代え難い原動力になるものだからね。
私も娘がいるからそう思う。
そして――メイアさんでよろしいかな?」
「ええ。お初にお目にかかりますね。
メイア・ステイシスです。
学院より青の称号を賜っております」
「ドラナー君の付き添いとはいえ、魔導学院の導師をお招き頂けるのは光栄の至りだ。
先程も魔術による支援を拝見しました。
皆を代表し、感謝致します」
「心配は御無用です。
誤解のない様に述べますが、学院は原則国家間の紛争には介入致しません。
あれはあくまでワタシ個人の配慮によるもの。
ドラナーさんのお友達であるドラゴン達への支援です。
混同してもらっては困ります」
「……左様ですか」
涼し気な顔で朗々と語られるメイアの解説に、集まったメンバーは難しい顔をする。
思惑が外れてしまったのか?
周囲に漂うどこか落胆したの雰囲気。
肩を竦めたメイアは、眼鏡を指で押し上げるとクスリと笑みを浮かべる。
「ただし、それは通常時のお話。
今回の様な侵略行為に関しては別です。
裁定者を気取る訳ではありませんが、今回の様なケースには学院の総力を以て当たらせて頂きます。
それが学院のルールであり世界の法ですから」
茶目っ気を含んだウインクのおまけ。
魅力的なその行為に皆の緊張は雪解けの様に融解した。
やはり交渉が上手いな、と悠馬は思う。
緩急に加え剛柔を交えた折衝。
知らない内に自分のフィールドに招く手管は見事としか言い様がない。
自分は不器用だという自覚がある。
いくら頑張っても、ああはなれない。
だからこそ物事は単純明快シンプルにいかなくては。
「……良かった。
ならばこれからもよろしくお願いします」
「はい。
神代より続くサーフォレム魔導学院の真価を御披露しますね」
「頼もしい限りだ。
それでユーマ君、何やら話があると聞いたのだが」
「ええ、よろしいでしょうか?」
席から立ちあがる悠馬。
皆の注目が十分集まった頃合いをみて、切り出す。
「機は満ちました。
女王の本拠地である廃城<コキュートス>を叩きます」
悠馬の決断に、会議室の空気が凍った。




