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38話 謙虚

 女王配下の氷人形軍勢を壊滅後。

 城塞内に戻った悠馬達を迎えたのは叩きつける様な大歓声だった。

 拳を突き上げ咆哮する男。

 祈りを捧げ、涙を流し絶叫する女。

 そこにあるのはいずれも生ある事を感謝し、悠馬を讃える内容だ。

 無理もあるまい。

 誰もが死を意識した絶望的な状況下からの、あざやかな逆転劇。

 しかも怪我人はいるも死傷者は無しとの報告がきている。

 城塞の者でなくともこれが快挙であるという事は理解できるだろう。

 祭りの様な熱気に浮かれるのは当然といえた。

 同行しているドラナーとメイアも苦笑するしかない。


「凄い歓声ですねぃ。

 皆、口々にユーマの兄さんの事を褒め称えてますわ」

「本当ですね。

 まるで英雄叙述詩ヒロイックサーガの1シーンみたい。

 この熱狂度は皇国の英雄リカルド様に匹敵するでしょう。

 ……今なら王様にでもなれるんじゃないですか、ユーマさん?」

「真意を探るような会話はやめてください。

 心配しなくても建国するような愚行はしませんよ。

 敵対する女王と同じ事をする訳ないでしょう?」

「あはは、バレちゃいましたか?」

「露骨過ぎです」


 悪びれず、てへペロするメイアに悠馬は溜息混じりに答えた。

 女王の包囲網を形成する上で各国と連携を図る際、自分の存在を危惧する者達がいる事を悠馬は漠然と察していた。

 仕方がない、と悠馬は思う。

 良くも悪くも悠馬の名は売れ過ぎてしまっていた。

 最近の酒場では吟遊詩人がこぞって悠馬の武勲を謳っている。

 名声であれ悪名であれ、いつの時代も人々が求めるのは分かりやすい構図だ。

 最北という辺境の地で民衆を守り悪辣な支配者に立ち向かう召喚術師。

 見返りを求めず、という無欲なスタンスは大衆に受け入れられやすい。

 悠馬自身にその気がなくとも周囲の者達が放っておかないのだ。

 幸いピエタの者達は悠馬の意志を尊重してくれているが、多数派となりつつある避難民の者達から何回かアプローチを受けた事がある。

 彼等にしてみれば今後の庇護を約束される悠馬の下にいた方が最良だ。

 暴君でもないし自然環境や妖魔の脅威から身を守れる。

 何より物資が豊富であるのがいい。

 飢えず暖かく満たされる、安全な住居。

 こんな最高の環境を知ってしまったら、元の貧しく厳しい生活には戻れない。

 とはいえ各国にしてみれば日々増えていく城塞の避難者人数の報告を受ける度、気が気ではない。

 女王の軍勢を塞き止める防波堤としては優秀。

 だが、民の声に押されれば人は変わる。

 まして女王軍に対抗できるほどの召喚術師だ。

 深淵を覗く者はいつしか自分が怪物に成り果てるという。

 ならば……いつの日にか悠馬自身が氷嵐の女王の様な支配者に成り代わるのではないか?

 悠馬を危険視するのは当然の成り行きであった。

 城塞の人々の状況を見る限り、その懸念は当たるとも遠からず、といった印象をメイアは感じ取った。

 魔導学院のスタンスとしては、内政干渉はせず。

 なれど侵略行為に関しては断然と立ち向かう。

 それで一抹の疑念を払拭する為、カマを掛けたのだ。

 結果はシロ。

 宮中並に陰謀渦巻く学院上層部と渡り合ってきたメイアの鑑定眼はかなり正確だ。

 悠馬は本気で憮然としている。

 どうやら幾度も誰かに言われナーバスになっているようだ。

 不愉快全開、といった表情を隠しもしない。

 その反応を悠馬らしいと納得する一方、安堵もした。

 魔導学院も善意でメイアをドラナーに同行させた訳ではないのだ。

 ひっそり悠馬を監視し、状況に応じて対応させる。

 返答次第では学院に報告後、悠馬を『始末』しなくてはならない所だった。

 火消しとしての本業はなるべく携わりたくない。


「やったな、ユーマ!」

「ん。よくやった、ユーマ。

 私も誇らしい」


 喋る気力も無くし意気消沈している拘束状態の四天騎を警備担当者に引き渡した悠馬に司令室から駆け付けたイシュバーンとティナが声を掛ける。

 道行く度に興奮した者にもみくちゃにされ大分ボロボロの悠馬だったが、トドメとばかりにバーンに髪をぐしゃぐしゃにかき乱されティナの熱烈なハグを喰らう。

 応じる悠馬も喜色を隠し切れずやり返す。


「ああ、上手くいったよ。

 バーンの指揮も的確だったしな」

「これぐらいの事、我にとって造作もない。

 だが犠牲者が出なかったのは何よりだ」

「自爆攻撃は予想外だったけどな」

「まったくだ。

 女王も馬鹿じゃない。

 あの手この手を考えてくる」

「じー……」

「勿論、この勝利は城塞を守ってくれたティナのものだ。

 あの自爆にも耐えきった結界術は見事だった。ありがとう」

「ん。もっと褒めるべき。

 褒めて感謝して崇め奉るべき」

「そこまではどうかと思うが……」

「ついでに寵愛を捧げるべき」

「いや、その発想はおかしい」

「む。反抗的。

 ユーマに勝利を導いたその七色の魔導書の編成。

 それは他の誰でもない私のお陰だというのに」

「そういわれればそうだが……

 具体的な編成をしたのは俺だしなー」

「むむ。

 感謝が足りない。

 ならばいい、最近不足がちな悠馬成分を補充する!」

「俺に拒否権はないのか……」


 悠馬に抱き付きながらあーでもないこーでもないと文句を言うティナに、悠馬はなんだかなぁと応じる。

 ただ、喋らなければ清楚な巫女装束の美少女であるティナ。

 抱き付かれ嬉しくない訳がない。

 これは浮気じゃない、あくまでスキンシップ……と心の中で言い訳をしつつ顔がにやけるのを必死に取り繕う。

 傍らのバーンはいつもの事とはいえ呆れ顔だ。

 悠馬分を十分チャージしたのかティナが離れる。

 そして今更気付いたようにドラナーとメイアに向き合う。


「ん?

 居たの、ドラナー?」

「久しぶりの再会だというのに……

 随分辛辣ですねぃティナの姐さんは」

「嘘嘘。冗談。

 また会えて私も嬉しい。

 メイアも久しぶり。

 その節はユーマ共々世話になった」

「良かった~覚えていてくれて。

 忘れられちゃったかと思いました、ワタシ」

「ふふん。

 さすがに恩人の顔は忘れない」

「不都合な記憶はすぐに忘れるがな」

「ああ」

「それは言わないお約束!」


 どや顔で謙虚な胸を張るティナに対し、悠馬とバーンは真顔で突っ込む。

 顔を赤くして懸命に抗議するティナの姿はコケティッシュで可愛らしい。

 ドラナーとメイアは笑ってはいけないと思いつつも口元が綻ぶのを堪え切れなかった。







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