36話 言訳
「馬鹿な……」
「いったい何が……」
呆然と呟くキャロットとゴルベーザ。
無理もあるまい。
目下で繰り広げられる光景に脳の処理能力が追い付かないのだ。
迎撃魔導装置の想定射程外である超近接距離からの自爆攻撃。
数に任せたそれは激流となり阻むものはない筈だった。
しかし二人の目下で氷人形の軍勢は次々崩壊していく。
突如襲来した、数多のドラゴン達によって。
先程の爆発と閃光はドラゴン達が誇る必滅のブレスだったのだ。
痛みや疲れ、何より恐怖を知らぬ為、人間相手には恐るべき兵士となった氷人形の軍勢。
だが、それ故に本能的に危機を察して撤退する等の自発的行動は取れないという弱点があった。
通常なら即座に散開すべき事態だろうが、指揮官である四天騎が捕縛されている以上、ただ与えられた命令をこなす木偶でしかない。
命令に忠実で従順なるが故の無能。
何故なら頑なに密集陣形を取っているというのはドラゴン達にとっては程良い的でしかなかったからだ。
まあもっとも、十体の空を飛ぶドラゴンを前には、たとえ万を超す軍団とはいえ太刀打ちすることは叶わないだろうが。
災害の様な脅威を氷人形へ振りまくドラゴン達だが、特に驚嘆すべきは群れを率いる一際大きい龍だろう。
小さな砦ほどもある巨躯に畏怖すべき双眸。
ゆっくり吸い込まれる荒々しく吐き出す。
その度に民家ほどもある口から解き放たれるのは重金属が融解した灼熱の吐息。
比重の重いそのブレスに抗う術はなく、棒倒しゲームの様に氷人形達を溶かし薙ぎ払っていく。
誉れも高きその名は、荒ぶる暴君<殲滅龍グ・イレイズ>といった。
「間に合いましたかねぃ……?」
一匹のドラゴンから飛び降りた人物は悠馬の背後に着地するなり陰鬱そうな声で問い掛けてくる。
「き、貴様は!?」
「まさか!?」
その姿を見たキャロットとゴルベーザは驚愕する。
女王から脅威度Aのカテゴリーで申し送られていた召喚術師。
懐柔出来ない時は必ず殺せと言われていた紅蓮術師。
その名は――
抑えきれぬ喜びをたたえた笑顔を浮かべ、振り返った悠馬は頷く。
「ああ。
最高のタイミングだったよ……ドラナー!」
「それは重畳」
今にも抱き付かんばかりの悠馬の言葉に素っ気なく応じるドラナー。
しかしよく見れば陰気くさい唇の端は笑みを形作る様に歪んでいる。
他者へ関心を示す事の少ないドラナーにとって、カレンと悠馬だけは別格だ。
灰色だった世界を明るく照らして導いてくれた。
二人にはどれだけ感謝してもし切れない。
和気あいあいと言葉を掛け合い再会を喜び合う悠馬とドラナー。。
四天騎もここにきてようやく事態が飲みこめてきた。
女王陛下に策略があったように、この小僧にも対応策があったのだ。
いかなる展開を想定していたかは知らない。
ただ現実的な問題として、こうやって一方的に蹂躙されてしまっている戦場が形成されてしまった。
これは小僧と侮って悠馬を抑えきれなかった自分達のミスでもある。
幸い拘束はされているが声は出せる。
悠馬は気付いていないようだが獣人であるキャロットの咆哮は魔術と同様の効果をもたらすことが可能なのだ。
今からでも遅くない。
自爆戦術から対空戦闘にシフトすれば最悪の盤面は避けられる。
ドラゴン族は耐魔に優れ強靭な肉体を持つがその腹は存外脆い。
氷人形達の武器には攻城戦用のバリスタをいくつも持たせている。
あれを使えば――
とドラゴン達を見る二人は再度絶句する。
守られていた。
強靭なドラゴン達が矢除けを含む様々な防御魔術によって。
よく観察すればバフの影響下である様々な淡い燐光を放っているのが確認できたのだ。
(それでも出来る事はある!)
悲壮な決意で口を開けたキャロットは気付く。
意識がゆっくり弛緩していく不思議な感触。
指を一つ動かすのにも、思考するのにも物凄い時間が掛かる。
これは……麻痺ではない。
自分の意識時間と外部の時間の流れが違うのだ。
内面時間の乖離。
高等魔術どころではない。
最早魔法に近い固有時制御の力。
……これはドラナーの仕業か?
動かない身体で目線だけを向ける。
瞬間、認識した。
ドラナーのローブの陰からスルリと出てきた人物を。
眼鏡を掛け、紅とは違う青のローブを纏った女性を。
軍服にも似たローブへ刻まれている紋章を見間違う訳が無い。
この女は――
怨敵である魔導学院<ナンバーズ>の所属。
その単語が脳裏に浮かんだのを最後に、二人の召喚術師は停滞する世界へ誘われるのだった。
「危ない所でしたね、ユーマさん」
「メイアさん……」
「はい、ワタシです」
突然の登場に驚く悠馬に、メイアはチャーミングなウインクを送る。
緊急時に対応出来る様、隠蔽魔術を用いてドラナーに同行していたらしい。
束縛した四天騎が何かしら悪巧みを企んでいたのは悠馬も気付いた。
敢えて動かせ、すべての手札を晒させてから叩こうと静観してはいたのだが……メイアには甘く映ったらしい。
腰に手を当てて少し怒ったようにメイアは悠馬に説教を行う。
「駄目ですよ、ユーマさん。
状況に応じて待つことは重要です。
ですが、先んじて対処をさせない事が一番です。
後の先は決まれば鮮やかですが外せば一手喪う。
先制の機会をみすみす逃すのは、力ある者の傲慢と見なされますよ?」
「それは……
いや、違いますね。これは言い訳だ。
確かにメイアさんの仰る通りですね。反省します」
「ん。分かれば宜しい」
「まあ、その迂闊な所が兄さんの良い所ですがねぃ。
完璧な人間に対し、手助けなんていらないでしょうから」
「そう言ってもらえると俺も嬉しいけど」
「まっ、あっし達の登場が間に合ったから何よりですわ。
朝の急報を受けた時は間に合うか不安でしたから」
「ああ、本当に。
マジで助かったよ、ドラナー」
「あら?
ドラナーさんばかりお礼を言われるなんてズルいです。
ワタシには感謝してくれないんですね、ユーマさんは」
「も、勿論メイアさんにも感謝してますよ?
貴女の助力がなかったらこんなスムーズに事は運ばなかったし」
「それって……
ワタシじゃくてサーフォレム魔導学院の力を当てにしてません?」
「いや、そうじゃなくて……
まいったな」
「フフ、冗談です。
ユーマさんの困る顔が見たくて意地悪をしちゃいました」
頭をかいて困り果てる悠馬を見ながら、メイア・ステイシスは堪え切れない、とばかりに大きく笑うのだった。
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