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10話 飛翔

 いきなりの召喚、そして戦闘。

 怒涛ともいうべき展開に頭が追い付かない。

 だが……どうにか一段落着いた様である。

 けど油断は禁物だ。

 もしかしたら先程撃退した男達の仲間が近くにいるかもしれない。

 追撃を警戒した悠馬は馬車から少し離れた洞窟に身を潜め、レミット達と情報を交換し合う。

 その結果分かったのは、ここは間違いなく異世界であるという事だ。

 自分のいた地球とはまた違う、琺輪世界<リャルレシス>と呼ばれる世界。

 そこは召喚術師達が覇権を競い合う、弱肉強食の理が支配する魔境。

 レミット達は政変による争いを避ける為、親類の所へ逃亡してる最中だったらしい。その際に雇った護衛に裏切られ襲撃されてしまったとの事。

 レミット達の事情を聞いた悠馬は、今度は包み隠さず自分の事を説明し返す。


「……という訳で、どうしてこの世界に自分が召喚されたか分からないんだ。

 レミット達の窮地に現れたのは、本当に偶然だし。

 知り合ったばかりで申し訳ないけど、元の世界に戻りたいというのが偽りなき俺の本音だ」


 アイレスが用意してくれたティーカップを両手で掴みながら本心を語る。

 湯気の立つ香茶が陶磁器を通し指先を温める。

 嗅ぎ慣れない芳香が悠馬の心を鎮静させていった。

 本当に不可思議としかいえない。

 ホンの1時間前、

 自分は要とプロツアー日本代表を賭けてデュエルをしていたのに。

 今はこんな洞窟でとびきりの美少女達とお茶をしている。

 一方、悠馬の事情を打ち明けられたレミットとアイレスは納得したような表情を浮かべた。


「そっか……ユーマは異世界からの客人まれびとだったのね。

 でも、それなら納得かも」

「ん? 何か変か、俺?」

「ええ……まずは言葉、ですわね」

「言葉?」

「そう。ユーマは不思議に思わない?

 貴方のいた世界とこの世界は全然言葉が違う。

 けどあたし達は問題なく会話を成立している」

「言われてみれば……」

「それはね、魔導書に秘められた数多の力の一つ、翻訳機能のお蔭だと思う」

「翻訳?」

「そっ。召喚術師は様々な存在と交渉することにより魔導書の力を増強させる。

 その際に意志の疎通が出来ないと不便でしょ?

 だから魔導書は双方の翻訳をしてもくれるの。

 その交渉する存在の中には、無論あたし達みたいな人間も含まれる」

「なるほどな。

 確かに他文明と交流する上でネックとなるのは言語の違いだしな。

 レミット達から見たら、今の俺との会話ってどんな感じなんだ?」

「ユーマの話す言葉は聞き覚えもないし分からない。

 でも意味はしっかり通じてる。

 意識して唇を観察してないと違和感を感じないほどだけど」

「ふ~ん」

「それに一番の違和感はユーマの態度ね」

「ん?」

「それほどの力の持ち主なら、普通傲慢になるもの。

 けどユーマはいたって普通。

 それって凄い事よ? ね、アイレス」

「レミット様の言う通りですわ、ユーマ様。

 ユーマ様の様な純粋さはホントに貴重なものです。

 ただ……御忠告をよろしいでしょうか?」

「え? あ、はい」

「哀しい事ですけど、過ぎた力を持った者は驕り高ぶります。

 その末路はまこと悲惨なものです。

 どうかユーマ様も召喚術師サモナーとしての力に溺れない様お気を付け下さい」

「ああ……そうだな。

 アイレスさんの言う事は何となく分かるよ」


 教育と称して初心者をカモにする奴等。

 右も左も分からない者にデッキの優劣を示し、傲慢に指導し自分の思い通りに操ろうとする。

 自分の周りにもそんな奴等はいた。

 古参のデュエリストの中には良い人も沢山いたし、悠馬にとって師匠と呼べる人物も過去にはいた。

 ただそういう一部のデュエリストのせいで悔しい思いもした。

 TCGに限らず、対人戦とは他者がいてこそ成り立つのに。

 きっとああいった手合いの前には、勇ましく写る自分専用の姿見があるのだろう。


「なるほど。そういう事情でしたか。

 まさか異世界から召喚されたデュエリストとは、ね。

 どうりで半端な力しかないあっしでは兄さんに歯が立たない訳だ」


 陰鬱な韻を以って洞窟に響く声。

 読経の様に鷹揚のない声に悠馬は思わずデッキを見詰める。


「レミット達の言う通りなのか、ドラナー?」

「ええ。間違ってはいやせん。

 あっしを含め、召喚術師ってのはどっか壊れてる輩が多い。

 それは多分人の身には過ぎた力故の事でしょう」


 溜息さえ聞こえてきそうだ。

 悠馬は隷属し、魔導書デッキの一部となったドラナーを見て見る。




<紅蓮の踊り手ドラナー>


 AP 0

 DP 2000

 SP 紅① 他①


『特記』 


 紅蓮の踊り手ドラナーが場にいる限り、貴方のターン終了時に火蜥蜴を一匹、自動的に召喚できる。

 火蜥蜴の能力はAP1000 DP1000

 さらに一個体に付き1回のみ<纏いのブレス『攻撃・防御時にDP1000のダメージ』>を発動出来る。


 現界値 残10

 



 そこには上記の様な能力を持つカードとなったドラナーがいた。

 APはアタックポイント。

 これが強い程、敵対者のDPを貫き他ガーダーを排除しやすくなる。

 DPはディフェンスポイント。

 直結にいえば防御力である。

 この値を越えた攻撃を受けない限り、召喚が解除される事は無い(ダメージは同一ターンのみ累積する)。

 SPはサモンポイント。

 対象者を呼ぶ為のコストである。

 これが高くなるにつれ強力なヴァイタルガーダーを呼ぶ事が可能となるのだ。

 最期に現界値だが、これは隷属化を行った者固有の値である。

 つまりドラナーはあと10回召喚すると隷属から解放されるという意味だ。

 これらの事を踏まえるに、ドラナーは直接的な攻撃力こそないものの、比較的安いコストで強力な特殊能力を持つA級ガーダーであった。


(すんなり魔導書との同一カード化が上手くいって良かった。

 レミット達に反対もされなかったし。

 しっかしまあ、それにしても……)


「……随分と楽しそうだね、ドラナー」

「ええ。兄さんの魔導書は凄く居心地がいいんです。

 現界値を越えてもこのまま住みつきたいくらいですな」

「あ、そう」


 何やら明るいドラナーの声を聞いてると真剣に隷属化について悩んだのが馬鹿らしくなる。

 実際これは対象者が悠馬だからそんな穏健に済んでるのであって本来はもっと悲惨な状態なのだが。


「ねえ、ユーマ」

「ん?」

「元の世界に戻る当てはあるの?」

「ん~正直にいえば、無いな」


 こちらの世界に召喚される切っ掛けとなったと推測されるあのカード。

 確かに手にしてたのに、あれはいつのまにか消えてしまっていた。

 あれと同一に近いカードの力があれば、日本に戻れるかもしれない。 


「なら……あたし達の旅に同行しない?

 あたし達の行く先は叔父のいる魔導都市<エリュシオン>。

 神代の時代から続くサーフォレム魔導学院なら帰還する手掛かりがあるかもしれない」

「そうなんだ……

 ならば同行させてもらうかな」

「でも……いいの?

 あたし達は狙われてるし……

 いらぬトラブルに巻き込むかも」

「これも何かの縁、最後まで付き合うさ。

 それにさ、」

「ん?」

「レミット達みたいな可愛い子を放っておけない。

 狙われてるなら尚更だ。

 幸い今の俺には守るべき力があるし」

「あ、うっ……うん。

 えっと……ありがと!」

「まあ(パンツ見ちゃったからとは言えないし)ね」

「え?」

「な、なんでもない!

 いや、マジで!」

「??」


 訝しがるレミットに悠馬は慌てて弁解する。


「さて、それなら早めに移動するか。

 こんなところにいたら余計な遭遇を招きかねないし」

「それなんだけど、ユーマ」

「何だ?」

「さっきの襲撃で馬が逃げちゃったの。

 探し直すと時間が掛かるし」

「ああ、なるほど」

「それにね」

「うん?」


 真剣なレミットの眼差し。

 おそらくこれこそが本題なのだろう。


「探しに行きたい人がいるの。

 カレン・レザリス。

 最後まであたし達を守ってくれた騎士。

 昨日までは一緒だったんだけど……

 あたし達を逃がす為に囮になって……けど、カレンならきっと!」

「皆まで言うな、レミット」

「え?」


 洞窟から出た悠馬はデッキを手にする。

 莫大な力を持つ魔導書より招かれるのは逞しい四肢を持つ鷲獅子グリフォン

 漕ぎ手のいない馬車の上まで羽ばたくと、苦も無く持ち上げる。

 そして「クエ?(早く乗らないの?)」とこちらを見詰めてくる。


「こいつはガーダーの中でも特別目が良い。

 まだ間に合うだろ?

 今からでも遅くない。探しに行こう!」

「(涙目)ありがとう、ユーマ!!」


 恥じらいもなく抱き付いてくるレミットに赤面しながら、ユーマ達は馬車に乗り込む。

 カレンという騎士の安否を確認する為に。

 そしてユーマの指示の下、鷲獅子は力強く羽ばたくと馬車を手に大空へ舞うのだった。








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