29話 誅罰
「七色の召喚術師……だと」
「は、はん! ハッタリさね。
そんな力、人の身で扱い切れるわけがない!」
信じられないものを見た為か、口々に否定の言葉を投げ掛けるゴルベーザにキャロット。
無理もあるまい。
通常なら一色、素質に恵まれた者で二色。
召喚術師として十年に一人の才能を持つ者ですら三色がやっと。
七色使いのデュエリストなど歴史上一人しかいないのだ。
大召喚術師ユーナティア・ノルン。
魔導書に依存する召喚術を体系付けし、万人へと導いた始祖。
現在における琺輪世界の繁栄は召喚術を基礎としたものだ。
女王を心酔する二人だが、ユーナティアの功績は無視出来ない。
昨今の召喚術師の地位向上は彼女の尽力によるもの。
ならばこそ信じられないのだ。
こんな小僧が、七色を扱うなど。
唯一人ヤンユンだけが上昇し迫る悠馬を正面から見据え呟く。
「あれは末那識<セブンセンシズ>?
いいえ、阿頼耶識<エイトセンシズ>に到る者?
彼が――そうだというの?
分かった、あたしは一度戻る。
母様自身も判断して」
謎めいた言葉を残し、混乱する二人を尻目に魔導書を再展開。
鮮やかな術式でその場から転移するのだった。
「さて、何か言い残す事はあるか?」
目前で消えたヤンユンが気になるが、まずはこの二人だ。
女王に仕えるこの二騎によって少なからぬ被害を今まで被ってきた。
奴等は最大戦力を整え襲撃してきた。
先手必勝、先に攻勢を掛けるという考えは常に正しい。
しかしそれは諸刃の剣でもある。
城塞にこれだけの兵、尚且つ虎の子の四天騎をも派遣した。
という事は、女王を守る軍勢はかつてないほど弱体化している。
そこでバーン達による本拠地の判明が活きてくるのだ。
ピンチはチャンス。
この逆境を利用し、逆に女王の喉元へ喰らい付く。
その為の下準備もしてきた。
うまくいけばもう少し。
ならば自分に出来るのは時間を稼ぐ事のみ。
悠馬は虹色の輝きを放つ戦闘衣ひるがえし挑発を続ける。
問い掛けに沈黙する二人を呆れたように見ながら手招きをする。
「ほらほら、どうした?
忠実なる女王の狗共。
号令がなければ喋る事も出来ないのか?」
「言ったな、小僧!」
「テメエ、後悔させてやるよ!」
「威勢だけはホント、立派だな。
ワンワンワンワンとまあ、随分やかましいものだ。
ならばしょうがない、可愛がってやるよ。
ほれほれ、掛かってこい。
仕方ないから相手をしてやるさ、この駄犬ども」
「ゆ、許さんぞ貴様……
言うに事を欠いて我ら誇り高き四天騎を狗と呼ぶのか!?
お前の臓腑を引きずり出し、己が口に放り込みながら血と後悔に塗れた謝罪をその命尽きるまでさせてくれるわ!」
「ほざくなよ、この腐れ〇〇。
お粗末な☆☆☆を握り潰し二度と減らず口を叩けぬようにしてやるよ!」
怒髪天をつく、とはこの事だろう。
烈火のごとき憤怒をみせるゴルベーザにキャロット。
しめた、と悠馬は内心ほくそ笑む。
舌三味線に限らず対人ゲームは言葉の刃の応酬でもある。
ブラフに煽り、いかさまにハッタリ。
悠馬もサガの対戦において様々な嫌がらせを受けた事がある。
しかし日本選手権八位は伊達ではない。
軟弱そうに見えるが鉄の心をその身に宿しているのだ。
誹謗中傷、さらに陰湿なネット叩き等いかなるものぞ。
硝子の様な繊細さは生憎持っていないのだ。
それに――今まで悠馬が遭った事のある、嫌な対戦者を模倣した鬼畜なまでの舌鋒で挑発した甲斐はあった。
二人は怒りに我を忘れている。
身についた召喚術師としての用心さから単独で襲い来る事はないが、氷人形の軍勢に攻撃指示を出しもせず悠馬のみを怨敵と定めたようだ。
これならばやり様はいくらでもある。
「ならば四の五言わず、掛かってこい。
そうだな……お前等単体では相手にはならないから、特別ハンデとして『皇帝戦』ルールで相手をしてやる。
雑魚は雑魚同士、つるんで来い」
「どこまで愚弄を!」
「後悔させてやる!」
1対1が原則のデュエルだが、多数対1を想定した競技ルールも中にはある。
その中の一つが皇帝戦だ。
皇帝に対し多人数で決闘を挑むという方式だ。
皇帝役は参加する人数分のシールドと人数分のドローを出来るというメリットはあるも、マナ域は変わらない為人数が多くなれば多くなるほど不利になる。
余程の実力差が無い限り、同時に多数を相手取る訳にはいかない。
まして相手は氷嵐の女王が誇る召喚術師<四天騎>である。
誰が聞いても悠馬の提案は無謀に思える。
当の本人以外は。
「万色にて無色。
天翔ける大橋。
虹彩を纏いし皇帝の御名、久遠悠馬の名において宣言す。
<不壊>のゴルベーザ。
<獣爪>のキャロット。
汝らにデュエルを申し込む!」
魔導書を媒介とした互いの力場が相対する力場を侵食していく。
自らの理ことわりこそが唯一である、と。
多元時空を超え、
莫大なマナを湛え、
より広大な<場>を構築していく。
これこそが召喚術師の決闘。
互いの秘儀を尽くす古の作法。
それは即ち――
「死と歯車に誓い、今ここに誓約す」
「獣と狂爪に誓い、今ここに誓約す」
「「我らが名は偉大なる女王アナスタシア様に仕えし四天騎。
汝、クオン・ユーマに誅罰を与えん!!」」
召喚術師達の決闘誓約の成立。
その瞬間――
世界の全てが弾け、決闘を行う闘技場へと再構成される。
決闘術師たるデュエリストの戦い。
魔戦の火蓋が切って落とされようとしていた。
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