27話 未来
「な、何!?
何が起きたの!?」
「大丈夫だ」
地震の様な振動が響くが直撃ではない。
恐らくティナの展開した城塞結界が全力干渉した音だろう。
瞬時に判断した悠馬は狼狽するレミットを優しく抱き締め、宥める。
温かく慈愛に満ちた抱擁。
細身なのに筋肉質な肢体。
安定したリズムを刻む鼓動が耳に響く。
全身を覆う気恥ずかしさ。
不安と恐怖はどっかに飛んでいってしまい、レミットはすぐさま落ち着きを取り戻した。
「あっ……ありがとう、ユーマ」
「ん? 気にするな」
「でもいったい何が……」
「多分、これは――」
『敵襲! 敵性召喚術師及び女王配下の軍勢多数!
戦闘担当員は総員、迎撃準備!』
城塞内に入り巡らされた伝声管が悲鳴を上げる。
指令室に直結している管から伝えられたのは女王軍の襲撃の知らせだった。
やはり、という思いが強い。
昨日捕らえた召喚術師からの連絡、もしくは帰還しないことを受けて本拠地の露営を警戒。
すぐさま城塞殲滅の為の兵を派遣したのだろう。
召喚術師として腕前のみならず、どうやら盤上の指し手としても優秀な様だ。
悠馬達も警戒を怠っていた訳ではない。
だが今回は敵が一歩上を行く感じだ。
幾度か戦場における女王の戦術指揮を拝見していたが……あまりにも早い判断。
的確で合理的、尚且つ巧妙。
迷いのないその采配には悠馬は苦い唾を飲みこむ。
『ユーマ、そこにいるか!?』
バーンの慌てた声が伝声管から響く。
「ああ、いるぞ」
『良かった。
ならばすまん、すぐに出撃してくれ。
我もすぐに向かう』
「敵の規模は!?」
『今までで最大、としか言いようがない。
城塞のガーダー達にもスクランブルを掛けた。
正直支え切れるか分からん』
「俺も援護に回るか?」
『いや、お前は召喚術師達を頼む。
今回は例の四騎の残りが全員来ている。
3対1で辛いと思う。
が、お前しか任せられる奴がいない。
我とティナも手が空き次第救援に向かう。
それまで――何とか耐えてくれ』
悲壮なバーンの依頼。
しかし悠馬は爽やかに笑いながら返答する。
「心配するな、バーン。
迎撃に出るのはガーダー以外、俺一人でいい」
『なっ!?
正気か、ユーマ』
「ああ。
こんな事もあろうかと俺も策を練っていた。
皆にはもう少しだけねばってくれるよう言ってくれ」
『分かった。お前の事を信じよう。
だが敵の召喚術師らの相手はどうする?』
「奥の手を出す」
『……使うのか、アレを』
「ここで使わないでいつ使う。
まあ正直、女王戦用に温存しておきたかったが――
そうも言ってられない状況だろう。
ここでお披露目してやるさ」
『了承した。
死ぬなよ、ユーマ』
「お前もな、バーン。
指揮は任せたぞ」
会話を打ち切ると悠馬は背後を振り返る。
そこには何かを言いたそうで何も言えないレミットがいた。
長い療養生活で筋力の衰えた脚で懸命に立ち、悠馬を静かに見つめている。
悠馬も言葉が出ない。
ただ無言でレミットを抱く。
悠馬の胸元におでこを当てながらレミットは祈る様に囁く。
「戻ってきて」
「レミット……」
「戦うな、とか逃げてなんて言えない。
でも……ユーマがいなきゃ、あたしの世界は終わるの。
だから勝って。
生きて戻ってきて。
無事に戻ってこなきゃ――許さないんだから」
「分かったよ。
約束だ……俺とレミットの」
「うん」
交わされる小指のエンゲージ。
絶対に生きて戻る。
フラグなんぞに負けてたまるか。
自分には幸運の女神の加護があるんだから。
涙を零すレミットに軽く口づけ元気付けると、後ろ髪を引かれる思いを強引に断ち切り悠馬は部屋から駆け出す。
敵を迎え撃つため。
未来をこの手で掴み取るために。




