序章<召喚>
「……負けました。投了です」
少年の言葉の後、大きな歓声が上がる。
取材に来ていた記者たちの無神経なフラッシュ。
感想を聞きに来る無遠慮な知り合いたちの詮索。
そのどれもが敗北した身にはガラスのように冷たく突き刺さる。
居た堪れなくなった少年は対戦者への挨拶もそこそこに荷物を纏めると、会場であったホテルを足早に去るのだった。
「はあ……また負け、か」
薄暗くなり始めた路地をトボトボ歩きながら少年は呟く。
少年の名は久遠悠馬。
都内の高校に通う17歳だ。
顔立ちは細めで、美形という訳ではないがまあまあ整ってはいる。
そんな悠馬が先程から溜め気混じりに呟いてるのはつい先程まで行っていたカードゲームの大会の結果だ。
サモンオブガーディアンズ。通称<サガ>。
それは20年近い歴史を持つ古参のカードゲームである。
7色の色に分かれた様々な魅力あふれるカード達。
さらに世界初のプロ制度や賞金制トーナメントの導入などを積極的に取り入れている為、世間の注目度も高い。
悠馬は高校生ながら都内でも有数のデュエリストで、先程参加した大会も、海外で行われるプロツアーの日本選手選抜大会だった。
10回戦に及ぶ予選を潜り抜け、いよいよ決勝戦。
勝った方が海外への切符を得る戦いで悠馬は負けた。
相手は悠馬のライバルであり同じ高校に通う級友でもある九条要。
使ったデッキ<4枚制限のカードで組まれた大会用の持ち札>は今思い返しても悪くなかった。
ここ半年間ずっと使い続け、馴染み、温めてきたデッキだった。
そう、要の使うデッキとの相性は決して悪くない。
だが気が付けばストレート負けを期していたのは事実。
こういう事はこれまで幾度もあった。
プレイングだけではない。
何かが自分には欠けている。
以前要に何が足りないかを聞いてみた事がある。
その時要が答えたのは、
「デッキの声を聞く事」
だった。
オカルトじみた答えで、他の者が言ったなら一笑に付すところだ。
だが高校生にしてプロのデュエリスト。
並み居る強豪を押しのけた日本選手権最年少優勝者で少女の様に可憐な容姿を持つ要の言う事なら何となく説得力があるから不思議だ。
負けた事は悔しいし、哀しい。
けどまだまだ高みに昇れる自分を確認できたのは幸いだった。
「そういえば……」
先程の決勝戦終了後の撤収間際。
敗北に打ちひしがれる自分に要が話し掛けてきたのだった。
ありきたりな慰めではない。
それが敗北者に対し時に残酷な思いを抱かせる事を悠馬も理解している。
だからこそ要の言葉は耳に残った。
君がさらに強くなる事を望むなら、と。
そう要は囁き、悠馬にそっと渡してきたのは1枚のカードだった。
あの時は冷静な判断が出来なかったが、多分自分を心配してくれたのだろう。
ライバルの配慮に恥ずかしくなると同時、高揚を覚えるのも確かだ。
(俺はまだまだ……強くなる!)
そんな想いを改めて誓い、自分のミスは無かったかどうか、先程の試合を回想しながらも要の渡してくれたカードを取り出してみる。
妙なカードだった。
確かに<サガ>のカードではある。
だが自分は見た事も聞いた事もないイラスト。
そこには異世界と思しき景色と不思議な紋章が描かれていた。
(もしかして絶版カードか?)
20年もの歴史があるカードゲーム故、自分が生まれる前に発売されたものはすでに生産されていないものがある。
このカードもその類いかと思った悠馬だったが、奇妙な事に気付く。
何か熱いのだ。
そう、見るだけで心から叫びたくなるような……
溢れる衝動を強引に押さえ、路地裏へ入る。
辺りを見回し人気が無い事を確認する。
本能的にそれが必要だという事を理解していた。
そして誰もいないことを認識した途端、自然と悠馬は呟いていた。
「ゲート……オープン」
その言葉を発した次の瞬間、
眩い閃光と共に悠馬の姿はこの世界から掻き消えるのだった。