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――いつまでも思考停止している訳にはいかないな。
この問題が提示された時点である程度は覚悟していたが、実際の事となるとどうしたものか……。
とりあえず、これについては優香が戻ってきてから考えよう。
先に問題を解いておかないと、また優香に小言を言われてしまう。
「まだ終わってなかったの? バカ睦月」
そうそう、こんな感じに――。
後頭部に矢の如く刺さる視線が痛い。
逃げなければ……。
「ちょっと、どこ行くのよ。まさかそうやってサボる訳じゃないよね?」
あぁ、肩をつかまれた。
これは…つかむというより、指がくい込んでいる。
なんて握力をしてるんだ、こいつ。
きっと、般若のような形相をしているに違いない。
「す、すいません……」
肩に食い込ませていた指を、やっと離していただけた。
指は離れてるのに、まだ痛むぞ……。
なぜ俺はこんなやつを大切な人だと思っていたのだろうか。
もし、ルエルの依頼を受ける前に戻れるのであれば戻りたい。
「まったく…私はひとしきり魔法のことを覚えてきたって言うのに、あんたは一体何をやっていたのよ」
この短時間でひとしきり覚えてきたのか。
こいつの能力の高さは、本当におかしいと思う。
俺にも少しは分けてほしいものだ。
「まぁ、4問目と5問目は解いておいたよ」
「お、一番気になるところじゃない。どれどれ……」
優香は答えを見てすぐ、俺が先ほど読んだ本を手に取り読み始めた。
まぁ、あれを見れば当たり前だよな。
記憶の喪失と、元の世界への帰還方法。
異世界転移した身としては気にならないはずがない。
それにしても、あんな風にページをパラパラめくっただけで本当に読めてるのか?
1ページ読むのに1秒もかけてないぞ。
こいつは速読もこなしてしまうのか……。
そうこう考えている間に全てを読み終えたのか、優香は本を閉じていた。
「確かにこれはちょっと信じがたいわね。だけど、記憶が無くなるっていうのは都合がいいかも」
「都合がいい? 元の世界の記憶が無くなっていくんだぞ?」
記憶が無くなるなんてたまったもんじゃない。
推理小説が好きだった自分まで失ってしまうのかと思うと…いや、考えたくもない。
「だって考えてもみなさいよ。元の世界に帰るにしても、帰り方の検討もついてないんじゃどうしようもないでしょ?」
「まぁ、それはそうだけどさ……」
記憶が無くなってしまったら、元の世界に帰ろうとも思わなくなってしまうのではないか?
「それに記憶が消えていくなら、そのうち帰りたいとも思わなくなって、この世界で幸せに暮らせると思うけど?」
「この世界でずっと暮らすっていうのか!?」
――信じられない。
なんでそんなに冷静でいられるんだ。
俺は元の世界でやり残したことがたくさんあるのに……。
「そうよ。あんな世界で過ごすより、よっぽどマシじゃない」
「マシなもんか!! お前はいいかもしれないけど、俺にはやり残したことが――」
気づくと、俺は思わず立ち上がっていた。
ここは静寂が遵守される図書館。
周りからの視線が痛い。
ミルカも瞳を潤わせながらこちらを見てくる。
まさか俺がミルカの二の舞になるとは……。
優香に至っては軽蔑のまなざしをこちらに向けている。
いや、お前のせいだからな?
「と、図書館では静かにしてください……」
ミルカ、わかってはいるんだよ?
とりあえず場を収めるためにも、もう一度席に着く。
「……とにかく、俺は元の世界を忘れてこの世界で暮らすことは出来ない」
「はいはい、分かったわよ。とりあえず、さっさと問題を解くわよ」
くっそ、テキトーに流しやがった。
俺がイライラしても仕方がない。
ひとまず気持ちを落ち着かせよう。
「とりあえず、1問目の答えはこうね」
優香がすらすらと空欄を埋めていく。
⑴ 「ウォータ・ウェポン・スピア」は水属性の魔法で、炎・風属性の魔法を掻き消す。
水属性が弱点となる属性が二つもあるのか。
どうやら、本当にこの短時間でひとしきり覚えてきたようだ。
「仕方ないから、非常識なあんたにも分かるように教えてあげるわよ」
……むかつく。
いかん、落ち着け俺の心よ。
優香が説明するに、属性の種類と優劣はこうだ。
地属性は炎・雷属性に弱く、水・風属性に強い。
水属性は地・雷属性に弱く、炎・風属性に強い。
炎属性は水・風属性に弱く、地・雷属性に強い。
雷属性は風・炎属性に弱く、水・地属性に強い。
風属性は水・地属性に弱く、雷・炎属性に強い。
なるほど、それぞれ二つずつ相性のいい属性と悪い属性を持っている訳だ。
地属性が植物だとすると、イメージしやすいな。
植物は炎や雷で燃えてしまう。
水は植物には吸い取られるし、電気は容易に伝導する。
炎は水がかかったり、風が吹いたりすると消えてしまう。
電気は実体のない風と炎には伝導しない。
風は雨や植物に遮られてしまう。
よし、分かりやすくなった。
とりあえずこれはメモっておこう。
ついでにメモの整理を……。
「ん? あんたいいもの持ってるじゃない。 どこでそれ手に入れたのよ?」
――しまった。
このままでは優香に奪われる。
「もらったんだよ、商人から」
「もらったって、タダで手に入れたって言うの?」
こいつ、日本語も分からなくなったのか?
「……まさかとは思うけど、その商人に何か売った?」
「そりゃ、一文無しだったからな――」
「ちょっとこっちに来なさい」
言い終わったか否かというところで、優香がいきなり俺を外へと引っ張り出した。
ミルカがきょとんとした顔で、こちらを見ている。
一体こいつは何がしたいんだ?
「ここなら大丈夫でしょ」
着いたのは図書館のすぐ横にある裏道。
近くには誰もいない。
なんだってこんなところに……。
「話の続きよ。あんたが売ったモノって何?」
なんだ、そんなことか。
てっきりもっと変なことを言われるかと思った。
それなのにどうしてこんなに真剣な顔をしているんだ?
「その時に持ってた推理小説」
俺の答えを聞いて、優香が大きく息を吐きながら頭を掻きだした。
何かおかしい事でも言ったか?
確かに推理小説を売ったのは、もったいなかったかもしれないが……。
「あんた、それは絶対に誰にも言っちゃだめよ」
「なんで?」
たった一冊の本を売っただけだぞ?
それに誰かに教えて手伝ってもらった方が、遥かに取り戻しやすいんだが……。
「この世界で犯罪を主体とする小説を扱った者は皆、死刑になるのよ」
……………………死刑だと!?
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⑴ 「ウォータ・ウェポン・スピア」は水属性の魔法で、炎・風属性の魔法を掻き消す。
⑵ この世界、( )には4つの大陸が存在し、ウバガンが存在するのは( )大陸である。
⑶ この世界には( )種類の人種が存在し、共生している。
⑷ 異世界人はこの世界で過ごすうちに、記憶が無くなっていく。
⑸ 異世界人が元の世界に戻る方法は分かっていない。
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Memo
・依頼人はグラッチェル=ルエル(伯爵家)
・捜索対象:ルエル所持の奴隷である優香
・俺の記憶が変化している
・地属性は炎・雷属性に弱く、水・風属性に強い。
・水属性は地・雷属性に弱く、炎・風属性に強い。
・炎属性は水・風属性に弱く、地・雷属性に強い。
・雷属性は風・炎属性に弱く、水・地属性に強い。
・風属性は水・地属性に弱く、雷・炎属性に強い。
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