3
――火事か!?
いや、火柱が上がるなんて火事のレベルじゃないぞ!!
図書館から突如噴き出た炎は、眺めている間にみるみる小さくなっていった。
周りを見回してみるが、辺りの人は図書館を見ながら小声で話しているだけで、そこまで驚いている様子はない。
子供達は炎が噴き出た直後こそ気にしていたものの、何事もなかったかのように遊んでいる。
そこまで驚くことじゃないのか?
いや、図書館から火柱が立ったのに驚かないのはおかしい。
普通はありえないはずだ。
もしかして、火が噴き出るような何かが図書館にあるのだろうか。
そんなテーマパークのアトラクションじゃあるまいし……。
いや、例えアトラクションだとしても危険だ。
――では、何だ。
頭の中を疑問符が埋め尽くしていく。
積もった疑問は不安へと変わり、俺の胸を締め付ける。
図書館へ向かう足も次第に速くなり、気づくと全力で走っていた。
……やっと…着いた。
む、無駄に走ったせいで…思ったよりも息が……。
……ふぅ。
目の前に立つと、改めて建物の大きさに驚かされる。
高校の校舎と同じくらいじゃないか?
それよりも大きいかもしれない。
――たかが図書館だろ?
期待と不安に胸を膨らませながら、入り口の扉をゆっくりと引く。
お、重い……。
よく見ると、扉の厚さも10センチ以上あるようだ。
まるで防音ドアみたいだな……。
なぜこんな扉になっているのかは分からないが、とりあえず前へと進む。
ヒュゥと空気を切りながらドアが閉まった。
図書館独特の紙の匂いが鼻をくすぐる。
数歩進んで部屋の全体像が見えるようになった。
……なんと、一部屋しかないのか。
三階建てになっている図書館の壁全てが本棚で埋め尽くされ、部屋の中央には大量の机と椅子が配置されているのに加えて、アンティーク調のシャンデリアが辺りを照らしているせいか、とても厳かな印象を受ける。
高校の校舎を凌駕するほどの大きさを活かして、その壁を覆いつくすほどの本を貯蔵しているとなると、一体何冊の本があるのだろうか。
途方もない数の本に、どこから手を付ければいいのか分からない。
ましてや、貸し出しのカウンターなどが見当たらないとなると、一体どこで借りればいいのだろうか……。
とりあえず、一番近くの本棚を見てみる。
『シュレトリアーノ皇国物語 上』
『シュレトリアーノ皇国物語 下』
なんともファンタジーチックというか、厨二チックというか……。
どうやらここは小説の類のコーナーのようだ。
推理小説が置いてあるなら、ぜひとも読みたい。
試しに推理小説を探してみるか。
……無い。
まぁ、あの商人があんな顔で買い取ったことを考えると、推理小説は無くてもおかしくはないか。
それじゃあ、どれか読んでみようかな――。
「お好きな本、見つかりましたか?」
突然聞こえた声は、とても小さく優しい声だった。
振り向くと、一冊の本を抱きしめた少女が立っていた。
白髪、猫のような尖った耳、背後にちらりと見える尻尾。
これがケモミミ少女か。
もし元の世界に連れていったら、知り合いの何人かは発狂しそうだ……。
「あ、えっと、その…私はここの司書のミルカです」
少女はそう言うと、大げさに頭を下げた。
多分、本人にとっては大げさではないのだろうが……。
「俺は炎月っていいます。ついさっきこの世界に転移してきたばかりで、この世界がどんな世界なのかを知りたいなぁって思って来たんですけど……」
「貴方も異世界から来た人なんですか!! 今日は異世界人さんがよくいらっしゃいますね……」
――多分、優香のことだろう。
苦笑いをしているのを見るに、相当てこずったんだろう。
……分かる、分かるよ、うん。
「あ、ごめんなさい。この世界について知りたいんですよね。それならさっきの人と一緒に――」
「どこに行ったかと思ったら、こんなところにいた!!」
こ、この声は、まさか……。
「あ、ちょうどいいところに……」
本を何冊も抱えながら悪魔が近づいて来る。
あの声、あの背丈、あの無駄に大きい目。
向こうも俺に気付いたようで、まるで一時停止ボタンを押したかのように動きを止めた。
そして、その両手から本が滑り落ちていった。
「あぁ…本はちゃんと丁寧に扱ってくださいよ……」
ミルカが健気に本を回収する。
そんな事はお構いなしに、こいつは動きを止めている。
「なんで…なんであんたがこの世界にいるのよ!!」
はぁ…面倒くさいことになった……。
まぁ、仕方がないか。
「俺もこの世界に転移してきたんだよ。どうして転移したのかは分からん」
「あんたもそこら辺の記憶が無いわけ? …ったく、使えないわね」
「それはお互い様だろ」
ミルカが目をぱちくりさせながら、俺と優香の顔を交互に伺っている。
「えっと、お二人はもしかして…お知り合いなんですか?」
「そうよ、ミルカ。こいつは私の幼馴染のふれ…睦月よ」
「ムツキさん? エンゲツさんではなくて…ですか?」
あぁ、ややこしくなった。
絶対バカにするぞ、こいつ。
「エンゲツ? 何その厨二病みたいな名前」
「俺の異世界ネームだよ」
優香が口元に手を当てだした。
眼が完全に笑っている。
……指まで刺し始めやがった。
「あんたが…エンゲツ?」
ついに笑い声が漏れ始めた。
こいつのこういうところには、本当に腹が立つんだよな。
「あのなぁ…別になんだっていいだろ……」
「そうだけどさ……。まぁ、名前を変えて正解だとは思うわよ」
「それってどういうことだよ」
「教えなーい」
――はぁ?
なんでそうなるんだ。
やっぱりこいつは何を考えてるのか分からん。
「えっと、お二人共。案内を再開してもいいですか?」
「あ、ごめんごめん。再開して?」
なぜお前が決めるんだ……。
「そ、それでは…この図書館には異世界人さんがこの世界の歴史や魔法などを覚えるために作られた特別なプログラムが存在します。お二人には、そのプログラムを完遂していただきます」
ほぉ、なんだか面白そうだ。
……隣の優香がものすごく目を輝かせている事には、あえて突っ込まないでおこう。
「特別なプログラムと言っても内容は至って簡単です。この紙に書いてある5つの文章を完成させてください」
なんだ、聞く限り本当に簡単そうじゃないか。
解答用紙に目を通してみる。
……前言撤回、なんだこれ。
―――――――――――――――――――――
⑴ 「ウォータ・( )・スピア」は( )属性の魔法で、( )属性の魔法を掻き消す。
⑵ この世界、( )には4つの大陸が存在し、ウバガンが存在するのは( )大陸である。
⑶ この世界には( )種類の人種が存在し、共生している。
⑷ 異世界人はこの世界で過ごすうちに、( )。
⑸ 異世界人が元の世界に戻る方法は( )。
―――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――
Memo
・依頼人はグラッチェル=ルエル(伯爵家)
・捜索対象:ルエル所持の奴隷
・逃げ出した原因は不明
・可愛い?
・身長は150センチ程
・頭がいい
・失踪したのは優香
・俺の記憶が変化している
―――――――――――――――――――――