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……あの店主から離れたはいいが、これからどうするかな。
とりあえず道をふらふら歩いていると、道案内の看板らしきものが目に入った。
迷っていても仕方がないので、近くによって確認してみる。
看板は親切にも日本語で書かれていた。
親切というよりも、店主との会話といい、道中ですれ違った人々の会話といい、この世界の標準語は日本語のようだ。
そんな日本語の案内板を確認したところ、どうやら俺が転移したのはウバガンという街らしい。
それも街の東部にある商業エリア。
――道理でやけに露店が多いわけだ。
とりあえず、この世界のことを詳しく知らぬまま探偵として働くのは無理だろう。
まずはこの世界について詳しく知るために、図書館のようなものが無いか探してみる。
……案内板を見る限り、東部には無いようだ。
加えて探すと、この街の図書館は中心部に一つだけ存在することがわかった。
図書館が存在するということは、ある程度文明が発達しているという事だろう。
それなら機械があってもおかしくはないと思うが……。
そんなことよりも、今は図書館だ。
案内板と今来た道を照らし合わせながら、中心部へと向かう。
――その前に、道に迷った時用に案内板を撮っておこう。
先ほど手に入れたスマホも太陽光でちゃんと充電されていた。
まずはカメラを起動して…なんだこれ、手ぶれ補正機能までついてるぞ。
思ったよりいいものを手に入れたようだ。
しっかりと案内板を撮ったところで中心街へと歩みを進める。
歩くうちに初めて見るものも減っていき、少しだが余裕が出来てきた。
先程は詳しく分かっていなかったが、どうやら大根や料理などの食べ物は元の世界と同じものが売られている。
知らないものも売られているが、どこか見覚えがあるような気がする。
多分、自分が知らないだけで元の世界にあったのだろう。
なんとも現実チックな異世界だな……。
観察しながら歩いているうちに、ちょっとした広場に出た。
広場の中央にある大きな噴水で、子供たちが無邪気に遊んでいる。
噴水広場とでも呼ばれていそうだ……。
そんな噴水広場だが、中心街への道に何やら人だかりができている。
まぁ、いきなりあの小説のせいだとは思わないが、これから探偵をする以上首を突っ込んでみてもいいかもしれない。
とりあえず、町の人々と同じように野次馬精神を全開にして近寄ってみる。
「か、金ならいくらでもやる 誰か、誰か私の奴隷を探してくれ!!」
おぉ、いかにも貴族っぽい格好をした青年が取り乱しているぞ。
必死に周りの人に縋りついているが、みんな顔を合わせてヒソヒソと話すばかりで、彼を助けようとする人はいないようだ。
――これはまたとないチャンスだ。
まさかこんなところで生徒会に所属していたことが功を奏すとは思わなかった。
元の世界で住んでいた田舎街では、家から居なくなった認知症の老人を生徒会一同でよく探していたものだ。
まぁ、嫌でも生徒会長の奴に引っ張り出されていたんだが……。
元の世界のことを思いだしていても仕方がない。
やじ馬の群衆をすり抜け、何とか青年の元へとたどり着く。
取り乱していた青年もこちらに気が付いたようで、胸ぐらをつかむ勢いで迫ってきた。
「おぉ、やってくれるのか!! ありがとう!!」
青年は俺の手を握ると、勢いよく縦に振り始めた。
誰もやるなんて言っていないんだが……。
まぁ、手間が省けたからいいか。
「自分にどこまでできるか分かりませんけど、とりあえずやれるだけやってみます」
握りしめられた両手をさりげなく解きつつ、興奮した青年を落ち着かせる。
この様子からして、おおかた使役しているのは愛玩奴隷といったところだろう。
ここまで興奮するとは、よほどその奴隷が大事なんだな……。
「し、失礼。私はグラッチェル伯爵家の長男、グラッチェル=ルエルだ」
伯爵家か……。
これは報酬が期待できそうだ。
「僕の名前は――」
ちょっと待てよ。
これは名前を変えるいい機会かもしれない。
ここが異世界ということは、自分の名前を知っている人はいないはずだ。
もちろん、自分と同じようにこの世界に転移してきた人は別だが、元の世界で知人がいなくなったという話は聞いたことがない。
いや、むしろそんなことが起きていたらニュースになると思うが……。
まぁ、転移しそうな事件が起きたという話も聞いたことがない以上、おそらく知人は転移していないだろう。
それなら、名前を変えても問題はないな。
さて、どんな名前を付けようか……。
「だ、大丈夫かい?」
「あ、すみません……」
――まずい、考えている時間がない。
ここはいっそ、本名を言ってしまおうか。
いや、ここで言ってしまえばこれからも本名で過ごすことになる。
一月生まれだから睦月なんていう、安直な名前はもうこりごりだ。
いっそのこと、『ふれいむつき』なのだから、フレイムに月で『炎月』なんてどうだろうか。
どこか厨二病くさいが、仕方がないか。
「ぼ、僕の名前はエンゲツです」
「エンゲツ? 変わった名前だね」
「そ、そうですか?」
か、変わった名前?
珍しい名前じゃなくて、変わった名前だと……。
つまり、この世界に他にもエンゲツって人がいるのか。
しかも、その名前はどこか風変わりな名前。
――考えすぎだと、信じよう。
「まぁ、そんなことよりもすぐに頼めるかい?」
「その前に、いくつか聞いてもいいですか?」
そう言っている間に、スマホを起動しメモアプリを開く。
本当にスマホを手に入れておいてよかった。
「ルエルさんの所持していた奴隷は、どうしていなくなってしまったんですか?」
「それが、気が付いたらいなくなってしまっていたんだ。逃げ出すような子じゃなかったんだけど……」
原因不明かつ逃げ出すような人じゃなかった、と……。
相当待遇が良かったのだろう。
「では、その奴隷の特徴を教えてもらえますか?」
「あの子はもともと異世界の出身らしいんだけど、ものすごくかわいいんだ。 顔が小さくて、それなのにとても目が大きくて!! 身長は僕の肩くらいなのに、とても賢くて――」
俺のことはそっちのけで、まだ奴隷について語っている。
その奴隷に惚れ込みすぎだろ……。
異世界出身で身長は大体150センチ程。
聞く限り子供っぽい容姿だが、頭はキレるようだ。
とりあえず、ルエルが言う異世界は元の世界のことだろう。
元の世界出身で奴隷とは、転移しても良い生活が送れるとは限らないようだ。
なんとも残酷な……。
「とりあえず、一通りの特徴は分かりました。最後に異世界出身の奴隷なら名前があったと思うんですが、覚えてますか?」
「名前、名前……」
ルエルは顎に手を当て、空を見上げた。
なんとも分かりやすい人だな。
「思い出した!! あの子の名前は――」
その後に述べられた名前。
まさか、その名前がルエルの口から出るとは思わなかった。
「――ユウカだ!! ワタヌキユウカだ!!」
思わずスマホが手から滑り落ちそうになる。
ワタヌキなんていう、珍しい苗字の人間は一人しか知らない。
ルエルが言っている身体的特徴もぴったりと合致する。
まさか、知り合いどころか旧知の中のアイツが転移しているとは……。
俺の幼馴染であり、高校の生徒会長。
四月一日 優香。
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Memo
・依頼人はグラッチェル=ルエル(伯爵家)
・捜索対象:ルエル所持の奴隷
・逃げ出した原因は不明
・可愛い?
・身長は150センチ程
・頭がいい
・連れ去られたのは優香
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