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序章 異世界探偵誕生

 何故にこうなった。


 俺はついさっきまで高校から帰宅していたはずだ。

 確かに授業の疲れもあって、ぼんやりしていたかもしれない。

 それでも今の状況は明らかにおかしい。


 目の前に立ち並ぶのはレンガで組まれた洋風の家々。

 どう見ても田舎の田んぼ道とはかけ離れていた。


 辺りを見回してみるが、見知っている建物など何一つない。

 それどころか、明らかに人間ではない種族が歩いている。

 ダックスフントのような頭に人間の身体がくっついている。

 さながら、獣人といったところか。


 ここまで考察したところで、ここがどこなのか段々と分かってきた。

 つまり、ここは異世界だ。

 それも、獣人や魔法などファンタジー要素ありありのようだ。

 向こうの方にいる主婦らしき女性が手軽に魔法を使っているところを見るに、誰でも使うことが出来るのだろう。


「おい!! そこのお兄さん!!」


 不意に後ろから話しかけられた。

 振り向くと、後ろには小さな露店のようなものが広がっていた。

 その奥で中年サラリーマンのようにふくよかな店主がこっちへと手招きしてくる。

 その格好は布を適当に縫って作ったようなズボンとベストだけで、商いをしているには少し怪しい。

 しかし、ここで人と話す機会を逃すのは惜しい。

 仕方がないので、店の前へと向かう。


 驚くことに、店主が広げている品々は携帯電話やゲーム機など、どう見ても元の世界のものだった。

 そのせいで怪しさが増したが、ここまで近づいてしまっては引き返せない。


「初めまして、お兄さん。あんたも違う世界から転移してきたんだろ?」


 そう言って、こちらに笑みを向ける店主。

 転移してきたことを知っているとは、どういう事だろうか。

 こういう異世界物のセオリーだと、転移してきたことは極秘事項みたいなもんじゃないのか?


「おーい、お兄さん聞こえてるか?」


 ほれほれと店主が目の前で手を振ってくる。

 まぁ、今のところはそういう世界なのだと受け止めておこう。


「あぁ、すみません。ちょっとボーっとしてて……」

「転移してきた人はみんなそうやって言うんだよね。バカみたいに『ボーっとしてて』ってさ」


 転移してきた人が他にもいるのか?


 いや、そうであれば店主が転移してきた俺に何も抵抗がないのに納得がいく。

 異世界転移してきたという嘘みたいな話も、数が多くなれば信じるよな。

 この店の物品は、俺よりも前に転移してきた人たちの所有物だったのだろう。


「んで、お兄さんは何を持ってるんだい?」


 そうだ、俺の持ち物を確認していなかった。

 転移する直前の記憶が正しければ、通学用の鞄とその中に筆記用具や教科書など入っているはずだが……。


 俺の左手には、繰り返し何度も読んでボロボロになった推理小説だけだった。

 格好は制服からなぜか普段着になっていた。

 それもめったに着ない勝負服。


 不思議で仕方がないが、今はそんなことは気にしていられない。


 気にするべきは、店主に渡せるものはこの本しかないということだ。

 この本で店主は納得するのだろうか。

 それ以前に、何故店主は俺の物品を奪おうとしているのだろう。

 いや、多分奪うのではなく買い取るのだろうが……。


「お兄さん、渋るね~。まぁ、元の世界で大切にしていたものだから仕方がないか」


 ほぉ、ここに置いてあるのは誰かしらの大切にしていたものだということか。


「そんな悪人をさげすむような眼で見ないでよ。これは一種の慈善事業なんだよ」


 慈善事業?

 人の大切なものを買い取ることが慈善事業だというのか。


「信じてくれてないみたいだね。それじゃあ、お兄さん。今、金はいくら持ってるの?」


 金?

 ポケットの中をまさぐってみると、合計520円と駅への入場券が入っていた。

 携帯や財布を持っていないことや、入場券が既に使用済みになっていることがとても不思議だが、それよりも金か。

 とりあえず、手に持った520円を店主に見せる。


「あぁ、それじゃないよ。この世界の金、ソトラ」


 そう言って、店主は見知らぬ貨幣を見せつけてきた。

 異世界の金なんて持っているはずもない。

 詰まる所、今の俺は一文無しということか。


「少しは自分の立場が理解できたみたいだね」


 こいつは一文無しの俺から大切なものをもらう代わりに、生きるための金をやろうと言っているわけだ。

 なんともあくどい。

 俺が選ぶ選択肢はほとんどないじゃないか。


「それじゃあ、少し聞いてもいいですか?」

「お、おう。何でも聞いていいよ」


 さすがにいきなりこんなことを言う人は少ないのか、店主は少し動揺している。

 まぁ、これで少なくともここに売ってるものの『価値』は分かるようになった。

 『売る』という一択だったのが、『相手の言い値で売る』と『高値で売る』という二択にできた訳だ。


 さて、肝心なのはこの本の『価値』だ。

 これに一体どんな『価値』があるのか。


「それじゃあ、これは何ソトラですか?」


 一番手近なソーラー式充電器を手に取ってみる。

 正直、これが大切なものだとは思えない。

 もしかしたら、これの開発に一生を賭けた人が来たのかもしれないが……。


「あぁ、それは何なのか私にもよく分からないんだ。まぁ、お兄さんみたいな人からしたら使えるものかもしれないから、1ソトラかな」


 なるほど、1ソトラか。

 もしUSBケーブルが無かったら、本当に使えなかっただろう。

 しかし、そのままUSBケーブルが刺さってるんだよな。

 しかも隣にはスマートフォン。

 もしセットで買えるのであれば、買っておきたい。

 まぁ、それは自分が十分な金を手に入れた時だな。


 さて、ガラクタが1ソトラだとして……。

 次はこいつかな。

 今度はいかにも高そうな金のネックレスを手に取ってみる。

 元の世界なら、数十万はいきそうだ。


「これは?」

「あぁ、それなら…まぁ、1000ソトラが妥当だね」

「1000ソトラ!? 金ですよ!?」

「そんな驚くことかい? 金なんて魔法使えばいくらだって出てくるからな…。まぁ、その形にするまでの労働力を考えて1000ソトラだね」


 まさか金にそこまで『価値』が無いとは思わなかった。

 これだと、鉱石全般に『価値』が無いことになる。


 いや、ちょっと待てよ。

 鉱石に価値がないのだとしたら、1000ソトラは高すぎないか?

 金の塊に穴をあけて、繋げていくだけだろ?

 労働も何も、機械を使えば――。


 そこで俺の頭の中に一つの答えが浮かんだ。

 その答えを裏付けるために辺りを見回す。

 八百屋の札を見る限り、野菜は100~1000ソトラで売られているようだ。

 …っと、それを探してるんじゃなかった。


 ……無い!!

 機械はおろか、自動で動くものが何一つない。

 確かに考えてみれば、ここはファンタジー要素ありありの異世界だ。

 機械がないのは当たり前なのだろう。

 しかしそうすると、物の『価値』が一気に変わる。


 まず、労働の『価値』が非常に高くなる。

 その為、人間の手で作るのが困難なものほど『価値』は高くなる。

 なるほど、道理で街の人々や店主の服があまりにも簡素なのか。


 つまり、ここに置いてあるものも案外侮れないぞ……。

 特にあの毛布だ。

 人の手で織るのはまず無理だろう。

 しかも、身に着けるととても暖かい。

 絶対に重宝するはずだ。


「…それなら、これは何ソトラで――」

「おっと、そいつには触らないでくれ。もう貴族の坊ちゃんと契約が成り立っているんだ」

「あの、ちなみに値段は……」

「家一つ分と同じ、10万ソトラで売れたよ」


 なんと、この毛布が家と同じ価格なのか。

 ここまでだとすると労働の『価値』が高いのは間違いないようだ。

 そうだとすると、家が10万ソトラなのは安すぎないか?

 生きるのに必要な野菜が、元の世界と同じくらいの価格で売られているということは、ほぼ1円が1ソトラなのだろう。

 しかしそうすると、家が10万円ということになる。


 ……なるほど、だから家が全部レンガ造りなのか!!

 多分、家は魔法で作り上げているんだろう。

 鉱石を作り出せるなら、地属性の魔法とかありそうだしな。


「なぁ、お兄さん。いい加減売ってくれるものを出してくれないか?」

「あ、すみません」


 質問攻めの俺に店主も少し苛立ってしまったようだ。

 まぁ、おかげでものの大体の価値を把握することが出来た。

 転移した直後は回っていなかった頭も少しは調子が出てきたようだ。


 さて、どうしたものか。

 この本は間違いなく高値で売れる自信がある。

 なにせ、『バレずに人を殺す方法』が書いてあるのだから。

 まぁ、そっくりそのまま実行するようなことは無いだろうが……。

 しかし、これを売ってしまったら凶悪な殺人犯を生みだしてしまうことになる。


 その犯人を食い止めるには、どうすればいい?

 売らないという選択肢が最善なのだろうが、売らなければ俺が一文無しだ。

 他には、…一人目の犠牲者が出たところで絶対に犯人を突き止め、この本を回収する。

 つまり、探偵になる選択肢か……。


 探偵になれば依頼を達成した分の報酬がもらえそうな上、本も回収することが出来そうだ。

 しかも目の前には、おそらくカメラとメモ機能が付いたスマートフォン。

 そしてそれに対応したソーラー式充電器。

 そして推理小説オタクからすれば、探偵になれるなんて夢のようだ。


 よし、これに決定だな。

 そうと決まれば、まずはそのための資金がいくらかかるか……。


「お兄さん!! いい加減にしてくれ!!」


 とうとう店主が怒ってしまった。

 とりあえず、30万もあれば大体のものは揃うだろう。


「すみません!! 少し考え事をしてて…僕が持っているのはこれです」

「なんだい、散々渋って結局ただの本かい? 全く…それなら300ソトラだよ」


 やっぱり、そう言われると思った。

 店主は品物の大体を見た目で判断するようだ。

 仕方がない……。


「そんなに安くは渡せませんよ」

「はぁ? 何を言っているんだい」

「この本に書かれている内容を一部読み上げますから、それを聞いて判断してください」


 怒った店主も俺のひねくれた性格に呆れたのか、ため息をついた。


「……わかったよ。だけど、それを聞いたらすぐに売ってくれよ?」

「もちろんです」


 まぁ、この推理小説は短編集で様々な事件が描かれている。

 その一つ目の事件の種明かしの部分だけを読み上げる。

 影武者を使って相手を殺し、自分は別の人物を訪ねてアリバイを作るという簡単なトリックだ。


 読んでいくうちに店主の顔がみるみるうちに青ざめていくのが分かる。

 それがあまりにも面白いせいで続きを読みたくなるが、やめておこう。


「どうですか?」

「……いくら…い」

「え?」


 先程の威勢の良かった声からは想像できないほどの小さな声に、思わず聞き漏らしてしまった。


「いくらがいい?」

「30万ソトラで。あ、あとこれとこれを下さい」


 すかさずスマートフォンと充電器を手に取る。

 これを忘れてしまっては悔いが残る。


「分かった、30万ソトラだな。その二つは勝手に持って行ってくれ」


 完全に顔が暗くなった店主は後ろを向くと、フヒヒと奇妙な笑い声が上がったような気がした。


 店主がこちらに向き直すと、その手には紙幣の束が三つ握られていた。

 やっぱり大金は偽造しにくい紙幣に限るよな。


「ありがとうございます」


 渾身の笑みを店主に向けながら金を受け取り、さっさとその場を後にする。

 店主がずっとフヒヒと笑っていて怖いので、今後あの店には関わらないようにしよう。


 さて、これから頑張るぞ……。


 第二の人生、探偵ライフを!!

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