第4章 恋愛
カンナの夢をみて数学教師に精神をズタズタにされた翌日の昼休み。
瞬間的に無政府状態に陥った教室を後に、私は廊下に出た。
人造人間は基本食事を必要としないが私はカフェテリアに向かう。
理由としては二つあって、一つは食事をとることで『人間』としての意識を高めておき、さらに正体がばれるのを防ぐ。
もう一つは、単に人間が行う『食事』という動作がなかなか気に入っているからだ。
本当はお弁当を持ってきてクラスメイトとワイワイやりたいが、残念なことに私たちの中に料理スキルを持つ奴はいない。
カンナは料理経験皆無。カンナの手料理には少し興味があるが、作らせたら恐ろしいことになりそうなので頼まない。カンナも自ら作ろうとはしない。
ユズハはその逆。料理は結構するが、その味の悪さときたら。以前、卵焼きと称した焦げた黒い塊をフライパンの上で楽しそうに炒めている姿を見て以来、私は彼女の料理に一切手を付けないと誓った。
アルトはいちばん料理がうまいいわゆる『家庭形男子』だが、料理は好きじゃないらしく、あまりしない。
私?私は……、カンナ≦私<アルトと答えておく。カンナは未知数なので、何とも言えないけど。
だから、食事をしようと思ったらカフェテリアまで足を運ぶ必要があった。友人たちはお弁当なので、一人で。
いつも通りスタスタと廊下を歩いているとき、見覚えのある姿が視界を横切った。
カンナ、あるいは人間に化けた永井カイト。
背は、決して高くない。本来の端正な顔立ちより、若干貧弱なイメージを与える。肌は、相変わらず不健康なまでに白い。
カイトは、俯いて私と同じ方向に歩いていた。カフェテリアにでも向かっているのだろうか。
……カイトがカフェテリアにいるの、見たことないんだけどな。その性格上、カフェテリアみたいな喧騒は苦手だと私は思っている。
そう考えると、一気に興味が沸いてきた。声をかけようと近づいたところで、ビクッとして足を止める。
カイトは、人間だろうといつも無感情なその瞳に、戸惑いのような期待のような、よくわからない色を浮かべていた。
カンナにしろカイトにしろ、どこまでも無表情なのがその魅力なのに。
これは、絶対に何かあった。半ば確信した私は、気づかれないように後を追う。
必ずこの目で見届けてやる。
これまでの流れで気づいてると思うんだけど、私はカイト、いやカンナに恋愛感情というものを抱いている。
普通、人造人間が恋愛感情なんて抱かないはずだ。つくづく不思議なんだけど、これはおそらく魔術師が私たちに『感情』たるものを与えた結果だ。
カンナは無口で鈍感で、滅多に会話なんてしないけど、いつからか、私の視界にはいつも彼の姿が入っていた。
いや、いつからかははっきりしてる。何年か前の、そう、まさに初めて会った日からだ。
カンナは別に私のこと何とも思ってないだろうけどね。
そうこうしているうちに、私はカフェテリアに着いた。
カイトはしばらくきょろきょろと何かを探したあと、とことこと一つのテーブルに近づいていく。
ここからじゃわからない。誰かとしゃべっているみたいだけど、その相手が女子じゃないことを痛切に願……
次の瞬間、目に飛び込んできた光景に私は息をのんだ。
一つのテーブルを挟んで座る、カンナと一人の女子。
瞬間、私の願いは、儚い音とともに砕け散った。
カイトと二人で一つのテーブルに座る、憎むべき女子は。
胸までのカールの髪。全身からあふれる、『女の子オーラ』。
私のとってもよく知っている、そして私とカイトの関係をしっかり知っている、
ユズハの人間体、湯浅ハル、だった。
目の前が真っ白になった。
カフェテリアの喧騒が、遠く聞こえる。
入り口で固まっている私を押しのけるように、生徒がカフェテリアに入ってきた。
ふらふらとよろめいた私は、二人に背を向けるとカフェテリアを離れた。
「裏切り者が」
思いの丈が、フィルターされることなく、口の端から零れ落ちる。
何をする気も湧かなかった。いっそ、屋上から飛び降り自殺しようかと思ったが、不幸なことに人造人間はその程度じゃ死なない。
不老不死の体が、恨めしい。
ハルは、泣いて謝罪したって、許さない。この泥棒クソビッチが。
心に浮かんだ、ありとあらゆるハルへの呪詛を口の端から垂れ流しながら、私は死人のように教室に向かっていた。