第3章 記録
「えっと……これか?」
放課後の図書室。
落ちかけた夕陽が、黄色いカーテンの隙間からオレンジ色の光を送り込んでくる。
テスト前ではないので利用者は少なく、数人の生徒が無言で本を読んでいた。カウンターの司書のお姉さんが暇そうにパソコンをいじっている。
図書室は静寂に満ちていた。ページをめくるはらりという音が間をおいて響く。
俺は図書室の民間伝承のコーナーをうろうろしながら一冊の本を手に取った。
このコーナーには、この地域の歴史や伝統、その辺の本が数冊おかれている。もっとも、利用者は少ない。
『魔術師の記録』
俺が手にした本の背表紙には、掠れた明朝体でそう書かれていた。
ずいぶん古い本だ。借りられたことは少なそうで、埃をかぶっている。
俺はしばらくその背表紙を眺めた後、その本をカウンターに持っていく。
暇そうにしていた司書のお姉さんが、顔を上げた。普通、高校生が興味を示さない本に目を落として怪訝そうな顔をする。
「なにかわかるといいが」
図書室を後にして、俺は呟いた。
俺の名前はアルト、別名有田ユウト。この世に4体しか存在しない、人造人間だ。
現在、俺は個人的な興味から俺たちを作った魔術師と生命の生成について調べていた。
ユズハは「別に気にならない」と言って流し、アクアは「調べるなら止めないけど」と言ったっきりでカンナは相変わらずの無表情で俺を見ていた。
気にならないものなのかよくわからないが、俺は気になる。気になるときは調べるに限る。
というわけで俺は目下調査中なのだ。
3年3組の教室に戻る。放課後の教室には異様な静けさが漂っていた。
クラスメイトは皆部活に行ったり補習に行ったりして教室にはいないのだ。
カーテンを開けっ放しの窓から入ってくる夕陽が床に四角い模様を描いている。
俺は自分の席に着くと、さっき借りた本を広げた。
素っ気ない表紙に、薄い赤色の文字でタイトルが書かれている。
俺は軽く息を吐いて、表紙をめくった。
要約すると、以下の内容になる。
魔術師が生まれたのは、俺たちの住むこの町。
魔術師は小学生のころから美術の成績が飛び抜けてよく、グランプリをとったことも一度や二度じゃない。
そんな中彼の興味を惹いたのは、玩具屋や百貨店などで売っている人形だった。
もとは趣味から始めた人形作り。彼は紙粘土をもとに人形を作っては名前を付けて友人に見せていた。
そして時がたつとともにどんどんと人形作りに打ち込んでいった。
中学を出るころには、彼の作る人形はそのリアルさから近所で有名になっていった。
高校へは行かず、ずっと部屋で人形を作り続けた。いわば中毒というやつだ。
どんどん人形を作っていくに重ね、彼は作るだけでは足りなくなってきた。
ただ作るだけではつまらない。生きて、動いて、言葉を発してほしい。
そんな思いから、彼は錬金術を学び始めた。
人々は仕事をせず部屋にこもってわけのわからない研究を続ける彼を恐れた。
彼が『魔術師』と呼ばれたのはこのぐらいからだ。
何年も、何年も。起きているときはずっと、研究を重ねた。
周りから気味悪がられ、距離を置かれていることにも気づかず、睡眠時間を削り、食費は大半を研究につぎ込んだ。
当然ながら、そんな生活は、彼の健康を蝕んでいった。
しかし、彼はそれに気づかない。ただただ、研究と実験を続けた。
そして彼が70を超えるころ彼は生命生成の方法を見つけた。
彼は4体の人形を作ると、それらに命を吹き込んだ。
人形は目を開き、現在も問題なく動いているという。
それが俺たちというわけだ。
何故、嫌われてまで、人形なんて作りたいんだろう。人間の考えることは理解に苦しむ。
もっとも、そうじゃなかったら、俺はここにいないんだけどね。
情報量が増えすぎて重くなってきた頭の疲れを飛ばすように、俺は大きく伸びをする。