転〈1〉
「リアに手を出すとはいい度胸だな、ロッシュ。」
親の敵でも見るような厳しい眼差しで青年は少女を睨みつける。少女は震えながら僅かに後ずさる。
「知りません。やってないです」
「いい加減にしろ!」
「わざわざリアが一人でいる時を狙って殴ったんだろ!!」
「ほんとにやってません。お昼は私用事があって…」
昼休み、用事を終えて教室に帰ってきたら、いきなり罵倒されました。
教室内でフローリアン・レイス子爵をも守るようにして数人の生徒が取り囲み、メルを睨みつける。
睨めつけるって言っても、緊張感も殺気も戦場の方がけた違いだから生ぬるいんだよね。
一応怯えたフリをしておく。調子のんなとか言われて怪我したら面倒だし。
「嘘つくなよ!」
「嘘なんかじゃ!!」
ってか毎回わざわざ、私がやったんだろうって確認に来なくてもいいのに。何で言いに来るんだろう?レイス子爵を守ってる自分カッコ良い!!みたいな感じなのかな。でも、早く終わってくんないと次副隊長の授業だしヤバいんだよね。
ッガラ
お互い言い合っていると、先生が入ってきた。
「何の騒ぎだい?」
ほら、来たー。さっき私が怪我してたから、ちょっとまだ怒り気味なんだよ。
お願いだから刺激してくれるなよ。
「先生。」輪の中心にいた人物。ヨハン・ホールドが前に進み出て発言する。
「彼女が、ミス・フローリアンに対して暴力を働いたんです」
彼がそう言った途端、レイス子爵は、ワッと泣きだした。なんか必死に言ってるけど、泣きながらで何言ってるのか全然わからん。
「それは、何時頃の話ですか?」
「昼休みの間です」
「おかしいな。ロッシュさんには、その時間私の手伝いをしてもらってたんだが…」
「…え?」
「じゃ、じゃあ、魔法を使ったとか?」
「それは、ありえない。彼女には応接室へ書類を運ぶのを手伝ってもらったけど、防犯上応接室では魔法が使えないように特殊装置が置かれている。彼女は昼休みの間からそれこそついさっきまで、応接室で来客の対応を手伝ってもらってたんだよ」
「それって、つまりどういう事?」
教室中に困惑が広がる。そりゃそうだ、今までのように今回も私が犯人だと思ったのに私にはアリバイがあるんだから。
でも今一番焦ってるのは、顔には出してないけどレイス子爵だろうな。まさか、今日も一人食事をしている予定の私にアリバイがあるなんて思いもしなかっただろうしね。しかも教師という証言者までいるんだから。
「…もしかしたら、レイス子爵に暴力を振るった方が魔法を使ったのかも。」
「え?」
「つまり、誰かが魔法を使いロッシュさんの姿をしてレイス子爵に危害を加えることで、学園を混乱に陥れているのではないかということだ。」
先生の言葉にクラスはざわめく。まさか、でも、といった声があちこちで聞こえて来る。
「すまないが、レイス子爵とロッシュさんは一緒についてきてくれないか?この問題は警備隊に報告した方がよさそうだ」
「あ、あの。私あまり大きな問題にしたくなくて…警備隊だなんて…」
「レイス子爵。他人になり変わる魔法は、王国法27条31項に触れる犯罪だ。その魔法が使われた可能性がある限り、我々は警備隊に報告する義務がある」
「あの、っでも…私の勘違いかもしれないし…」
「勘違い?君は確かにメルニア・ロッシュを見たんだろう?ああ、もしかしたら錯乱呪文も使われたのかも。やはり警備隊に依頼して徹底的に調査してもらうべきだ」
「…っ」
「レイス子爵それからロッシュさん。一度教員室へ行こう、詳しい話はそこで。みんなは自習だ。ホールド君、悪いが後をお願いしても良いかい?」
「はい。任せてください。」
そうして、私達は副隊長に連れられて教員室で、警備隊の事情聴取と魔法操作履歴検査を受けた。結果、私はシロ。当たり前である。
レイス子爵はやたら時間がかかったが一応錯乱魔法は受けていない。ただし、私を見た事と暴力を受けたという証言には疑問が残るという検査結果だったらしい。
ちなみにこれは、警備隊に潜入している隊員に聞いた話だ。うん、お前ら何してんだよ!?見つけた時はすっごく吃驚したよ!?
とりあえず、これで教師陣に対して疑問を植える事が出来た。
後は、あの仕掛けが彼らにいい影響を与えてくれるといいんだけど…
天才魔法使い:ヨハン・ホールド