95、移動と村
王女様は現在、幸せそうに微笑んでいた……。
その右手はアゼルの首に回され、膝の上にはイーゼス、腰の横にはウルが静かに置物の様に停止している。
普通に見た目が鳥であるイーゼスはともかく、アゼルとウルには恐怖を感じても不思議では無いのだが……どうやら大丈夫らしい。
一応ここが迷宮の中であり、僕が移動する事で王都まで安全に移動できる事は伝えておいた。
「私には、貴方を信じて待つ以外には何も出来ない事を理解しております。それまでこの子達と一緒に待つ事に致します」
との返事があったのだが、とても六歳とは思えない対応だと感じた。
しかし、
「あの王家のお姫様なら、六歳でもそんなにおかしくは無い反応のはずだよ」
との見解が元老魔術師から告げられた。
その王家の中でも特にメリルリアナ様は素直で真っすぐな性格だったらしく、その素直さが災いしての今回の騒動だったようだ。
なんにしても王女様が大人しく待ってくれるのであれば、後は王都へ移動するだけなのでとてもありがたい事は間違いない。
食事に関しては《アイテム》内にそれなりに調理済みの物が入っているし、姉さんに頼んで領主様の所で追加で作って貰えば今後も問題は無いだろう。
懸念材料は取り敢えず片付いたかな。
それでは、早速移動開始といきましょうか。
◇ ◇ ◇
現在、僕だけが迷宮を出て移動していた。
移動手段があれば良かったのだが、残念ながらこんな状況を予想していなかった為に用意はしていない。
馬や姉さんが作った移動用ゴーレムは《アイテム》経由では出し入れ出来ない。
生物や魔法生物を入れる事が出来ないからだ。
今までに例外として【活動停止中のカオススライム】が入った事があるのだが、おそらく起動する前のゴーレムと同じ様な状態だったのではないかと予想されている。
因みに起動前のゴーレムならば《アイテム》経由で移動出来るのだが、残念ながら僕には起動する事が出来ないので全く意味が無い。
一応元老魔術師にも聞いてみたのだが、自分の迷宮に湧いてくるゴーレムを《迷宮の虜》にするだけで済んでいた為にやった事は無いとの事。
それならば、僕の迷宮内にいる魔獣の中で移動に適した者が居ないかどうか探した結果……惨敗でした!
あまり気にしてはいなかったのだが、どうやら現在の僕の移動迷宮には大型の魔物は少ないらしい。
この辺りは結構ランダム性が強いと姉さんが言ってはいたのだが……とてもとても残念です。
まぁ、命の危険が伴っていた王女様の件は解決し、ヴァルツァー五爵がわざわざこんな位置に居る僕に対して行動を起こすとは思えない。
王都への道中に出てくる可能性がある魔物の大半は、今となっては僕に攻撃を当てる事自体が難しい位に実力の差が広がっている。
油断をしてはいけないが、それでも危険と言える状況にはそうそうならないはずだ。
そんな訳で、僕は黙々と田舎の荒れた街道を進んでいく。
ここまでに何度かゴブリンと遭遇したが、それ以外には特にこれと言って何も無かった。
僕の故郷の村も似たようなものなのだろうが、全く人と出会う事は無い道を延々と進んでいる。
村があるのは、多くても精々半日に一回程度だろう。
この近辺なら下手したら一日に一つでもおかしくは無い。
それ故なのだろう。
人の手が加わっている場所がちらほらと見えてくると、ついつい目でその様子を観察しながら移動していた。
ちらほらと畑が見え、現在の時期から考えたら十分に育った作物が綺麗な緑の絨毯の様に広がっている。
偶にではあるが作業をしている人も見かけるようになり、近くに村がある事が窺えたが……どうも違和感を感じるようにもなっていた。
どうも、僕を見かけると逃げるように進行方向へ走って行く男の人と、遠ざかるように離れていく女の人が多い。
老齢の方などはそこまでではないまでも、こちらに対してあまり友好的ではない視線を向けてたたずんでいる様だ。
着ている物は質素……というのも微妙な程のボロを身に纏い、生気の薄い肌の色が印象的だ。
痩せているを通り越したガリガリの身体は病的と言えるほどで、まともな食事をしていない事は見ただけで分かる。
現状を見る限り、この地方がそこまで作物の育成に厳しい様には見えない。
そうなると……昨年が飢饉に見舞われる程の不作だったと言う事だろうか?
これは、村の様子を確認してから、必要そうであれば食料の提供も考えた方が良いだろう。
全ての人を救える訳は無いが、出会ってしまった人達を見捨てる事が出来るほど僕は強くは無いのだ……。
甘いと言われても仕方がないが、こればかりは性分としか言えない。
幸い、僕には移動迷宮と姉さんが用意した調理道具があるのだ。
魔物の肉ならば大量に提供出来るうえ、僕自身の負担は単純に時間位でしかない。
僕と姉さんでは移動できる速度が圧倒的に違う訳だし、合流出来るまでの時間が少し伸びる程度ならば人助けを優先したいと言うのが僕の考えなのだ。
そう考えをまとめながら歩いて行き、周囲の状況をより正しく把握する為に観察したのだが……、どう考えても豊かな土地と住民の生活レベルがアンバランスにしか見えない。
全員が来ている物はボロボロな物か植物を編んだ簡素な物ばかりだったし、遠目からでも判るほどに痩せ細っている者が多い。
村の規模は判らないが、農地の広さから考えると僕の故郷よりも大きくても不思議ではない。
しかし、作業をしている人の数が圧倒的に少ない気はする。
もしかしたら、そこら辺も痩せ細っている原因なのかもしれない。
まずはそこら辺の事情を確認しよう。
そう考えながら、僕は道を進んだ。
◇ ◇ ◇
少し進むと村へと着いたのだが……どうにも歓迎されていない感じがする。
町の入り口には村長か長老といった感じの老人が明らかに警戒しながら僕を迎え、その後ろに二人の男性が立っている。
武器を持ってはいないのだが、こちらも敵意を隠そうともしていない。
武器に関しては、村の入り口付近にある家や小屋の辺りに隠れている他の村人が持っているらしく、弱いながらも《危険感知》の反応を相当数感じていた。
やはり何か問題があり、外部の人間を警戒していると言った感じかな?
僕は老人の前まで行って、まずは挨拶しようと考えていたのだが、
「ワシはこの村の村長だ。お主、この村に何か用があるのかの?」
と、結構な距離がある段階で聞かれた。
そこで、
「僕の方からの用は特にありません。ただ、ここへ来る最中に見かけた村の方の様子から、何か困った事が起きているのではないかと感じ、協力できる事がないかを確認する為にやってまいりました」
と、用意していた台詞を伝えた。
村長を始め、後ろの男性達は僕を値踏みするようにしばらく見ていた。
そして、
「……気持ちは有難いが、お主一人でどうこう出来る問題では無い……。この村にとっては更なる問題が起きない様にそのまま立ち去ってくれる方が嬉しいと言っておこう……」
と言われた。
問題となっている事が有るのは確定……と。
そうなると、ますます確認が必要となるな。
普通に考えて僕一人で食料問題が解決できるとは誰も考えないだろうからね。
そこで、
「問題を起こされたくないと言う事は理解しました。ただ、折角なので確認させて下さい。村人の方を見かけた際に、食料不足によって痩せ衰えた感じを受けました。食料の提供が必要であるならば、ある程度は可能なのですが……必要はありませんか?」
と、率直に聞いてみた。
その問いに全員が驚いた表情を見せたがすぐに一転し、
「お主一人でどうこう出来る量ではない……。この村全員が飢えているのだ。そもそも、領主に搾取されてこの村には代価として支払う物等無い! 金になる物も、今となっては若い娘達さえ毟り取られているのだ!! この領の村など全て似たようなもの……知らぬとは言わせぬぞ!!!」
そう、怒りの表情で怒鳴りつけてきた。
領主による搾取……?
これは……無視出来ない話になってきたようだ。




