92、老魔術師1
老魔術師が交換条件を出し合う事でお互い穏便に済ませようと言い出した事には、正直な所驚いている。
現在、老魔術師がこちらに提供できる条件として、まともな状態に戻った王女様の身柄……となっていた。
しかし、王女様は邪法に蝕まれ、完全に魔人と化していた。
はたして今更まともな状態に戻れるのか?
その疑問が払拭できない限り、信じる事は出来ないのが実情である。
その点に関して、まずは確認してみると、
「確かにそれを信じられないのでは交渉など出来はせぬだろうな。では、現在の王女の状況などから説明していこうかのぅ」
そう言って、一言何かを呟いた。
老魔術師の言葉に合わせて杖の上方一mといった所に、直径五十cm位の少しぼんやりとした映像が映し出される。
その映像には王女様の姿が映し出されているのだが、身体の表面が黒い膜状に剥離し、それが更に分解しながら一方向に流れていく。
それとは逆に、おそらく老魔術師から流れている白っぽい粒子が置き換えられるように付着していくのが見えた。
「これは、この杖によって隔離してある空間内で行われている現在の状況だよ。黒い粒子は邪気に侵された魔人の構成要素、私の肌と同じ色の粒子は人間としての構成要素だ。即ち、現在私が魔人化し、王女は人間として再構築されている……という訳だね」
老魔術師はそう説明しながら、自分を侵食していく黒い粒子を指で示した。
「それは……あなたが魔人になる、という事ですか?」
そう尋ねると、
「ああ、そうだ。私には……目的を実現するための時間が足りなかった。それ故、非合法な事にも手を染めたし、非道な事も行ってきた。それらは全て、私が目的を最優先にしてきた結果だ。犠牲になった人達に詫びるつもりは無いが、悪いとは思っているよ。……まぁ、取り敢えずそれは置いておこう。結論から言えば、私は目的を達成する為の時間が欲しかった。君が関係している所では、ヴァルツァーの依頼を受けたのも延命の効果がある魔法具が報酬であった為だ」
と言い、そこで一旦区切る。
話しながら観察していたのだが、王女様とは違って真っ黒になる訳ではなく、最初から褐色の肌になって行くようだ。
しかも、見た目自体が若くなっていくのが目に見えて分かった。
話し方も最初とは変化している事からも、肉体の若返りに精神が影響されている可能性が高い。
「王女が使った魔法具は邪法によって肉体を侵蝕するものだったのだが、本来は私が耐性をつけてから使用する予定だった物なのだよ。私の寿命はもういつ終わりを迎えてもおかしくなかったからね。まぁ、最後の賭けの為に持っていた魔法具でこんな事になるとは思ってはいなかったがね」
「王女様は魔人になって明らかに変貌していましたが……あなたは大丈夫なのですか?」
「ああ、その為の対策は打ってある。しかも、侵蝕に耐えられるか定かではなかったが、王女が構築した魔人の肉体と置き換えるのならば、ほぼリスクもなく魔人になれるはずだ。そして、置き換えによって王女は私の人としての存在に侵食され、人間に戻るという訳だ。ただし、このまま人として戻っても色々不都合が生まれる為、様々な情報を抜き取らなくてはならないがね」
だそうだ。
更に質問をしようと口を開くと、
「まぁ、私が与える物に関する条件はある程度明かした。今度は君に幾つか質問させて頂こう」
そう言ってきた。
そして、元老魔術師からの質問は僕にとっては結構意外なものだった。
「君は転生者かね?」
というものだったからだ。
「……いえ」
そう言うと、少し考え込んだ上で質問を続けてきた。
「では、君の家族に転生者は?」
だそうだ。
これは……何らかの確証をもって質問しているようだ。
姉さんが転生者なのを隠した方が良いのかどうかを少しだけ悩み、答えた事によるデメリットがほぼ浮かばなかった為にこう答えた。
「……いる。ただし、誰かを伝える前に一つ質問をしたい」
「OK。何かな?」
「何故、転生者が身内に居るとわかったんですか?」
「ああ、それは簡単だよ。君を《識別》した時、特殊情報に《???》という見えない項目があるのは理解しているかい?」
「はい」
「その見えない情報は、この世界には無い物だけがそうなって表記されるのだよ。ここで面白いのは、転移者……生きたままこの世界に来た場合にはそうはならない。まぁ、これはあくまでも過去の記録等から予想した私の考えなのだが、転移者は世界の壁を超える際にその能力がどんな物か判明するのに対し、転生者は魂に内包された記録とでも言えばいいのか……能力が実際に使える状態ではない為に読み取る事が出来ないのではないか……と、そう考えている」
ふむ……だからゲルボドの《スペルセービング》や魔法は名前が見えていたのか。
「でも、それって誰が読み取っているんでしょうか? 世界自体……ですか?」
「いや。《識別》やその下位スキルだけではなく、そういった情報を能力で見る事が出来る表記の管理は、おそらくだが女神や邪神の部下の仕事のはずだ。笑えるのがたまに誤字があって、しばらくすると直っている事がある点だね」
「そうなのですか?」
「ああ。まぁ、それらの詳しい話は私の目的に繋がるので後にしようか」
《???》の特殊情報持ちが転生者やその関係者の証だというのならば、おそらくこの場を誤魔化しきれるものではないだろう。
王女様の受け渡しを拒否される危険は避けたい……。
と、なると……素直に言ってしまう方が無難か?
そこで気が付いたことが一つ。
屋敷のホールに居たメンバーは全員ここに居る。
もしかして、《通話》を阻害していた状況は改善させているのでは?
そう考え、姉さんに連絡をしてみたのだが、
『ルーク、ヴェルツァー五爵の部隊は全て排除したわ。それから何回か《通話》で連絡していたのだけれど、何故か繋がらなかったのよ。現在ホールに向かっていたのだけれど、そちらは大丈夫?』
と、普通に繋がった。
『取り敢えずは落ち着いているんだけど……ちょっと面倒な状況になっていてね。あまり長く話は出来ないので必要な事だけ手短に聞く感じになると思う』
『……OK。もう一度確認するけど、危険に晒されている状況では無いわけね?』
『うん。そこまで緊迫はしてないと思う』
『で、まずは何が聞きたいの?』
『取り敢えず聞きたいのは、姉さんが転生者だってバラす事に問題があるかどうかかな』
『あんまり大々的に公表するんじゃ無ければ問題は無いけれど……どういう状況なの?』
『王女様が完全に暴走して魔人って状態になってしまったんだけど、お嬢様を攫った例の老魔術師が現在身柄を確保していて、人として戻した上でこちらに渡せるというんだ。ただ、その為に条件を出されている中に姉さんの情報を要求されている所……かな』
そこで少し考えた感じの間があったが、
『そういう状況なら言ってもいいわ。その代り、それを知りたいという理由を出来る限り引き出しておいて』
『わかった。それじゃ、また必要があり次第連絡する』
そう言って、一旦《通話》を切った。
元老魔術師は《通話》の間も特に気にすることなく待っている感じだ。
《通話》をしていたのがバレているのか……単純に考える時間を与えてくれているのかは不明だが、どちらにしても短気な対応をする事は無いようだ。
「転生者の家族から名前を言う事への許可は得ました。ただ、その前に何が目的で今までの行動を起こしていたのかを聞いておきたいのですが? その理由次第で交渉が決裂する可能性がありますので……」
取り敢えず、出来るだけ情報を引き出しておきたいのでそう言ってみた。
それに対し、
「良いだろう。私の目的は……自分の世界へ帰る事なのだよ。君の家族と同じ様に、転生して来た存在と言う訳だ」
と、元老魔術師が答えた。
この答えは正直な所、予想していなかった。
しかし、姉さんも帰りたがっている可能性があるのでは? そう考えていた時に思った疑問を、つい反射的に返してしまった。
「あなたはこちらに来てから数十年経つはずなのですが、元の世界の元の時間に戻る事が可能なのですか?」
と。
それに対し、
「いや……。それは判らない。ただ、私は別に同じ時間に戻る必要は無いのだよ。単に元の世界に戻り、そこで死にたいのだ……。里奈が居たあの世界で死にたい、それが私の願いだ」
との答えが。
正直、何故そこまで固執するのかが僕には理解出来ない……。
そこで、その質問をぶつけてみた所、
「君はこの世界をどう考えている? 百年毎に復活する魔王と勇者。まるでゲームの様に管理されたスキルや情報……。いや、この世界で生まれた君には理解出来ないかな……?」
と言われた。
意味自体は理解できるが、おかしいと感じた事は確かに無い。
「取り敢えず……だ。私は、この世界に魂が束縛される事が嫌なのだよ。里奈が死んだあの世界に戻り、あの世界で死にたい……その為に私はずっと足掻いてきた。その結果、悪事にも手を染めて来たが……後悔はしていないよ」
そう言った元老魔術師の顔には一瞬だけ苦い表情は浮かんだが、言葉通りにふっきれた顔をしていた。
流石にここまでこちらからの質問ばかり多かった為、そろそろ僕からも次の情報を出すようにと促された。
姉さんから許可も出た事だし、
「僕の身内の転生者は、双子として生まれた姉さんです」
そう言うと、
「ふむ。それでは、お姉さんの名前を聞かせて頂けるかな?」
と、次の質問に続いた。
「エルです」
そう答えたのだが、
「いや……こちらの名前ではなく、転生前の名前が知りたい」
だそうです。
姉さんに再び確認した所、前世の名前には特に知られて不利益になる事は無いそうなので問題ないと言われた。
なので、
「風祭 絵里奈……それが姉さんの名前です」
そう答えた。
その言葉に、元老魔術師は明らかな反応を見せた。
驚愕……それが一番しっくりする表現だろうか。
これは、何か色々とある感じ……かな。




