25、馬小屋と伝統
ゲルボドをそのまま連れて行っても問題にならないと姉さんは自信満々に言うが、僕にはやはり問題があるのではと疑問に思えてしまう。
ここまで亜人とは違う所を見せられたら、人扱いするのが当然だと思うからだ。
「確かにゲルボドは亜人では無いわ。でもね、今の王都での法ではリザードマンは亜人であり、リズーマンは存在自体が無いのよ。すなわち王都へ入るまではゲルボドは亜人扱いするしかない。勿論中に入ってリズーマン族を認めさせる申請をするけどね」
「そうなると、亜人を連れて居る事になるけど、問題にはならないの?」
「師匠から聞いた事が有るんだけど、安全が保障された状態なら亜人を街へ持ち込む事も出来るらしいわ。研究の為とか悪趣味な貴族のペットとかでね」
それなら姉さんが研究対象としての持ち込みって形か、最悪お嬢様に頼む事になるかもしれないが何とかなるかもしれないな。
そう結論が出た辺りでお嬢様達がお風呂から出てきたので姉さんが簡単に説明をすると、お嬢様は賛同してくれた。
「ゲルボド様は立派な知性をお持ちなのに、亜人扱いされるなんて許される事ではありません。私でお役に立てるのなら出来る限りのお手伝いをさせて頂きますわ」
「有難うシャ――――! とても助かるシャ――――!」
…………それにしても、どうしても気になる事が有る。
ゲルボドの語尾に『シャ――――!』が常についているのだが、最初は爬虫類系の肉体による特有の息漏れなのかと思っていたのだがどうも違う気がしてきた。
ハッキリと自分で『シャ――――!』と言っている様なのだ。
その疑問をぶつけてみたが、
「自分で言っているので正解シャ――――! まぁ口癖みたいなものシャ――――!」
そうは言いつつ、しっかり理由もあるようだ。
ゲルボドはリズーマンの村から冒険者になる為に街へ出たのだが、この時に共通語を教えてくれた同族があまり上手く発音出来なかった為に息漏れが多かったらしい。
特に最後に『シャ――――』とハッキリと聞こえる位、息が漏れていた為に、ゲルボドがそういう物だと真似をしてしまい、後で違う事が判った時には癖になってしまっていたので開き直ってそのままと言う訳だ。
……まぁ、この点は放置でいいや。
この後は順番的に姉さんとルルさんがお風呂に入る番だが、三人位は余裕で入れる大きさなのでミラも連れて行った。
次に僕が入る訳だが、ゲルボドの生態的にお風呂に入れるのか聞いてみたが、問題無いとの事なので一緒に入る方向になった。
ただ、個人的に湯船の中で浸かるのは苦手らしいので体を洗う程度にするとは言っていたが、お湯自体は好きとの事。
姉さん達が出た。
そこで不思議に感じる事が一つある。
お嬢様以外の人には特に何も感じないのに、何故かお嬢様を見るとドキドキする。
お風呂上りなんて特にそう感じる。
お嬢様相手には、いまだに緊張してしまうのだろうか……?
早く慣れないと駄目だな。
さて、姉さん達が出たので次に僕達が入る事になった。
そこでゲルボドが装備を外している時に一番気になって居た胴装備を見せて貰った。
見た目的には布にしか見えなかったのだが、本当に布でした。
特殊な布に強化の魔法が付与されているらしいが、驚愕の強度を持っていた。
下手な鎖帷子より強力な耐刃性能のある布が何重にもなって居る為、金属鎧に匹敵する物らしい。
元居た世界には装備に職業制限があるらしく、専用職業しか装備できない特殊装備だそうだ。
僕はゆっくりと湯船に浸かっていたが、ゲルボドは洗い場に布を広げてそこに横になって寛いでいた。
湿気は好きだが長時間お湯に浸かるのは苦手らしい。
ゲルボドから元の世界の事をそれとなく聞いてみたが、基本的にはこの世界と同じ位の文明の世界の様だ。
元の世界に戻りたいのかを聞いたら、戻りたいと言っていた。
「早く戻って、エリーさんやザイオウしゃんと一緒に迷宮に行きたいシャ――――!」
そう言うゲルボドには、あまり危機感や絶望感は無さそうだ。
そこで、僕にはある疑問が浮かんだ。
姉さんは何故ゲルボドを連れてきたのだろう?
自分と同じ異世界人だからだろうか?
それとも、何か目的があるのだろうか?
そこで思い当たる事は、姉さんがこの世界で生きて行く事に満足なのだろうかという事。
もしかして元の世界に戻る手段を求めて、ゲルボドを探しにいったのではないのか?
その答えを知りたいと思いつつ、すぐに聞く勇気は自分には無い事を自覚してしまう。
僕には生まれた時から一緒にいる、居て当たり前の人間が居なくなってしまうかもしれない恐怖。
もし、帰りたいしこの世界に未練は無いなどと言われたら僕はどうすればいいのかがわからない。
そんな後ろ向きな考えが浮かんで来る自分に呆れる思いを感じながら、頭の中では堂々巡りを繰り返す。
どの位時間が経ったのかを認識出来ない位考えに没頭していたらしいが、ゲルボドがそろそろ出ると言って出て行った。
今は考えても仕方が無いと頭を切り替えて僕もお風呂からあがる事にした。
お風呂から出るとミラを中心に色々話をしながら盛り上がっていた。
お嬢様達よりも更に年下なので妹の様に可愛がっている感じなのかもしれない。
暫くはそのまま話をしていたが、ここ数日ゲルボドと野宿を繰り返して疲れが溜まっていたミラの意識が怪しくなって来たので女性陣は二階へ移動した。
そういえば、最近何となくお嬢様を目で追ってしまう事を自分で気が付いているのだが、ようやく貴族のお嬢様に対しても居心地の悪さを感じなくなって来たと言う事だろうか……?
みんなが二階に上がるのを見送りながら、僕はふとそんな事を考えて居た。
ミラ一人増えた位では二階は問題無い様だが、他にあるのは僕が個人用のベッドを一階で《アイテム》に出し入れしながら使っている分しか寝具が無い。
街へ出るまでに使っていた物や、追加で作った一回り大きい野宿用の箱を使用する事も考えるべきか。
そう思案していると、
「それじゃオヤスミシャ――――!」
そう言ってなんの迷いも無くゲルボドが馬小屋へ入って行った。
すぐに様子を見に行くと、藁が積んである場所に自分の寝床を作っている所だった。
「ゲルボド、そんな所じゃなくこちらで寝たら?」
寝具自体は無いがクッション等が沢山あるし、何とかなると思うので誘ってみたが、
「シャ――――? 冒険者の基本は馬小屋で泊るシャ――――!」
と言って断られた。
ちなみに、後日確認したら余程お金が無い冒険者以外は、普通に宿に泊まるらしい。
ゲルボドの仲間も、普通に宿に泊まっていたとの事。
ゲルボドだけは昔からの伝統とやらで、頑なに馬小屋で寝泊りしていたらしいが……。
◇ ◇ ◇
翌日からの移動は人数が増えたので、役割を変更する事になった。
ミラは当然荷台の中でお嬢様達と一緒だ。
問題はゲルボドだが、荷台に入るには図体が大きすぎる。
又、普通に戦力として役に立つ人材なので、すぐに戦闘出来る場所に置いておいた方が良いのだが、簡易ゴーレムの代わりに馬に乗っても目立ち過ぎる為に却下。
結論としては御者席でローブを被りながらという事になった。
僕は馬に移動して馬車の前を進み、簡易ゴーレムの乗った馬を後方の守りとして配置する事でとりあえず様子を見る方向だ。
移動は比較的順調に進んだ。
出て来る魔物もそれ程多く無く、僕が先行して魔法を撃つだけで終わる程度が殆どだった。
しかし、問題が無いとは言えない事が一つ発生している。
時々だが、僕の《危険感知》に引っかかる存在があるのだ。
特に何かをしてくるでも無く、時々見えない程度の距離へ近寄って来ては離れて行く。
その繰り返しだ。
何回か追いかけてみようとしたが、近寄って来るのは大抵林等の馬で追いかけるには適さない位置ばかりだった。
明らかに知性のある相手が敵だと思って間違いないだろう。
野盗にしては追いかけて来る距離が長すぎる気がする。
そろそろバルツァー五爵とやらの手の者が来るのかもしれない。
気を引き締めてかからないといけない時がやってきたかな。
僕には人間相手の経験が殆どない……しかし、そんな事を言っている場合では無い。
全力でお嬢様達を守って見せる!!




