17、領主の娘
領主様から今回の件についての御礼の言葉を頂き、僕がとてもとても恐縮している間、お嬢様の少し茶色がかった瞳が僕をずっと興味深そうに見ていて恐ろしく居心地が悪い。
僕としては曖昧な笑みを返すのがやっとだ……。
領主様のお話が一段落した所でお嬢様が口を開き、
「お父様、私としては是非ルーク様にお願いしたく思います」
そう言った。
「ふむ、お前が気に入ったのならば良いだろう。ガラエス殿、例の依頼をルーク殿に出したいと思う。よろしく頼む」
当事者の僕が置いてきぼりで話が進んでいます……。
ルヴェールさんも例の依頼とやらを知っていたらしく、僕に説明してくれた。
「今回の件で探索対象となっていた魔法具に関係する話なのですが、次の春が来たらシェリー様は王都の学院へ入学する事になっていらっしゃいます。問題はこの時の王都への移動なのですが、領主様の部下を護衛にする事が出来ないのです」
「その事情については私から言おう。領地を持つ貴族の子供は十二歳で学院に入学して三年間学ぶ事になる。これは初代国王陛下が国の法として決めた事の一つであり、守らない訳にはいかない決定事項だ。そして問題になるのは、この入学の際に十八歳を超える同行者を禁止している事にある」
領主様がここで紅茶を一口飲んで喉を潤す。
続けて説明された内容は、初代国王時代ではまだあまり治安や各諸侯の動向も油断できる状況ではなかった為、王都から一定距離に集合場所を設置して、入学者を王都軍がまとめて護衛していた事が始まりだという。
王都への過剰な戦力の流入を避ける事で問題の発生を緩和していたらしい。
この際に王都へ入ることが出来たのが十八歳までであり、この習慣が変化して今では各自で十八歳までの人員で王都まで行く事が義務となって居る。
当然危険があるため、同じ歳の子供が居る貴族はあらかじめ近隣の同じ立場の者と連携を取って送り出す事で危険を減らす努力をしている。
そして今回の問題は、この六爵領の近隣に学院へ通う貴族が居ない事だ。
そこで、どうにか危険を減らす為にと打った手が今回の魔法具と言う事だった。
この魔法具はある程度のダメージを無効とし、限界が来ると最後の魔力を開放して設定した場所へ強制帰還させることが出来る物らしい。
「今回の件でもハッキリしたのだが、やはり私を邪魔に思う者が居る事は確実なのだよ。囮として使用した馬車は全て何らかの妨害や襲撃を受けている。このままでは確実に妨害を受けて入学の義務を果たせぬ事になるだろう」
「ルーク様はその御歳で素晴らしい実力を持っていらっしゃるとお聞きしておりますし、実際にお会いしてとても誠実な方だと思いました。是非私を助けて頂けないでしょうか?」
領主様とお嬢様の話を聞きながら徐々に考える事を再開していき、どうすべきかの選択肢を導き出す事を始めていた。
出来れば関わらずに済むのが一番だ。
噂程度しか知らないとはいえ、今回邪魔をしたのは二つ隣の領であるバルツァー第五爵の可能性が濃厚だ。
先代の領主の時代に悪政を行っていた為に粛清されたのだが、後継ぎである現五爵もあまり性根の良い方ではないらしく、粛清に加担した領主達に裏から色々と嫌がらせを行っているらしい。
しかし、既に僕個人に対して指名依頼が出されている。
目の前で直接頼まれているこの依頼を受け無いのは可能ではあるが、よほどの理由が無い限りは街の有力者であるこのメンバーからは良い印象を持たれないのは確実だ。
一旦整理をしよう。
絶対に受けたくないのかと言われたらそこまででもない。
お嬢様が危険な目に遭うと言われているのに無視出来る程僕の神経は太くは無い。
出来るならばこの可憐なお嬢様を守りたいとすら思う自分も居る。
見つめられる居心地の悪さに反して、純粋なその瞳には惹かれる物がある事も感じているのだ。
では実際に僕が護衛として同行する場合を考える。
果たして僕はお嬢様を守れるのか?
クリムゾンベアは倒せた。無法な冒険者も倒した。
しかし、あれらは一対一であったり、相手がこちらの攻撃を理解出来なかった為に勝ったに過ぎない。
複数の襲撃犯から自分以外の人間を守りながら戦えるか?
まず無理であろう。
全員がしばらく考える様子だった僕を急かす事無く待ってくれていた。
「まず確認したい事が有りますがよろしいでしょうか?」
「勿論だ。危険を伴う依頼である以上、納得するまで質問してくれたまえ」
領主様の許しが得られたので僕は疑問を口にしていく。
「僕は自分一人で大勢の襲撃者からお嬢様を守り通せるという程、実力を持っている訳ではありません。となると、どういった構成での移動になる予定なのかを確認させて頂きたいと思います」
「現在決まっているメンバーとしてはシェリーと二名のメイドとなっておる。三年間の間は年に二回ある長期休みにも出来るだけここへは戻らない予定ではあるが、どうしても帰る事もあり得るので同行するメイドも十五歳までとしている。シェリーも含めてそれなりに自衛手段を身につけてはいるが、いかんせん実戦をこなしてはいないので是非とも君にお願いしたいのだよ。勿論これからも時間が許す限り追加の人員は探すのだが、信用出来る十八歳までとなると中々見つからない可能性は高い」
現在僕が知っている限りではこの街に居る十八歳までの冒険者は殆ど居ない。
この街の仕事は初心者には難易度的に都合が良いが、少し上にあがると許容量が少ないために、ある程度で王都に近い幾つかの街へ移動するパーティーが多い。
若者だけで組まれたパーティーにその傾向が強いので現在は全て移動して帰って来ていない。
特に冬のこの時期は仕事が無いのでまず戻って来ないだろう。
僅かな残りは僕の様に年長者のパーティーにお世話になって居るのだが、足手まといになる事を前提に面倒を見て育てている所に、一時的にとはいえ引き抜かれるとなると良い返事は中々貰えない。
「最悪、僕とその御三方という事もあり得る、そういう事ですね?」
「そうなるな。出来る限り手は尽くすが実力を伴った若い冒険者となると我が領には殆ど居ないのでな……」
「流石に僕もお世話になって居るパーティーや現在は魔法を学ぶ為に冒険者としての活動を中断していますが、姉が早ければ春位から冒険者に復帰する可能性もあるので相談しない事には返事をする事は出来ません。取り敢えずは持ち帰って相談させて頂きたいのですが……」
「もちろん今必ず返事をする必要は無い。あまりいつまでも返事が無いと言うのは流石に困るが、仲間や御家族と十分相談して結論を出して貰いたい。今回の魔法具の事はあまり公言しないで貰いたいが、シェリーの護衛の件は普通に話して貰って構わない」
領主様との話はとりあえず持ち帰っての相談との事で一応の決着がついた。
その後もお嬢様の瞳は相変わらず僕をロックオンして離さず、
「ルーク様、是非とも前向きに御検討、宜しくお願い致します」
そう言ってお屋敷から送り出された。
◇ ◇ ◇
馬車に揺られてすぐにドッと疲れが押し寄せてきた。
グッタリとした僕にルヴェールさんが申し訳なさそうに声を掛けてきた。
「こんな事になってしまって御免なさいね。こればっかりはこの領地にあるギルドとしての最低限協力する必要がある義務の範囲なのよ」
まぁ、確かにそうだろうなと思える範囲なのでギルド側に落ち度は無い。
「それは理解していますので大丈夫です」
問題は実際の所どうするかだ。
パーティー自体は固定メンバーという形では無いので問題無いだろう。
そもそも姉さん次第では春には抜ける事も話してある。
流石に魔法を覚えたての姉さんまでお世話になるような厚かましい事は出来ないからだ。
そうなると姉さん次第という事になる。
今回の話に姉さんを連れて行くには危険すぎる。
僕が往復して戻って来るまでここで修行して貰うのが一番なのかな。
そんな風に色々考えながらクレリアさんの工房まで送って貰った。
姉さんがその晩の用事全てを終えて部屋に戻ってから、僕は今日あった事を説明した。
そして姉さんが出した答えは僕の予想とは違う答えだった。




