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特殊能力者の快楽

The Stairway to Everywhere

作者: なむなむ

 私は今大量のサルに追われている。ジャングルの中だ。そこら中にあるツタをつたって、サルは私に迫っている。あれがなんて言う種別なのかは分かりはしないが、兎に角、私は窮地に立たされていた。

 というのも、私は丸腰である。仮に何か武器があったとしたら、撃退も容易であっただろうが、生憎現在の手持ちは無い。だから、走って逃げなければならない。しかし、既に20分は走り詰め。息もたえだえだ。でもまだ走る。走って走り続けて何処へ。

 

 ドアのあるところへ。

 ドア、何でもいい。回転扉だろうが自動扉だろうが引き戸だろうがなにかしらのドアを見つけなければならない。何故か。それは私が能力者だからだ。


 そうこうしているうちに、ジャングルを抜けた。視界が開け、周りには簡素なものではあるが建物群が見えた。どうやらジャングル土人の集落らしい。

 私はその家々の中から手近なものを選んでラストスパートをかけた。体力も限界がみえてきていた。

 後ろからはサルたちの甲高いなきごえが聞こえていたが、それにドスドスという鈍い音がまじる。サルも木からおちたらしい。ジャングルの中で暮らすことをきめたサルは、地上に降りるのを避けるために枝や幹をつかむ腕を発達させた。それゆえ、歩行速度はさほど速くはない。

 しかして私は多少の余裕をもってそのただ草の重なり合っただけの、かろうじてドアであると認識できるものを引きのけて中へ入った。


 ジャングルの中にある家だ。中は木漏れ日のあふれる自然たっぷりの感じだと思うかもしれないが、違う。

 私の左右にはコンクリート打ちっ放しの壁が、背面にはここで唯一の光源である開きっぱなしのドア。そして、前面には10数段の階段がある。

 ドアを閉めた。一瞬の暗闇の後、どこからか明かりがともった。それにより階段の先が見えるようになった。ドアがある。


 ここは、完全孤立の4次元空間。ここ自体はどこでもないただの空間だが、出入り口に関しては注目すべき点がある。下のドアから入って、階段の先にあるドアを開くと、3次元空間、つまり私達が普段いる世界のいずれかのドアへ出ることができる。要は不便などこでもドアのようなものだ。

 しかし、4次元空間に3次元人が入り込んで無事なものか。その答えは、私が現に存在していることからも明らかだ。無事なのだ。ただ、自由度が低いため、私自身はxyzより上位の方向へは進めない。

 とにかく、難しい理屈はぬきにして、私の特殊能力というものは「ここ」の使用権をもつことであった。この能力とはもう長いつきあいになるが、その馴れ初めを記すのはよしておく。

 

 しばらく考え込んでいたが、私は階段をのぼり、ドアノブに手をかけた。ひんやりとした感触がてのひらに伝わる。この時点で行き先を決めなければならない。私は行き先を隠れ家に決めた。


 隠れ家は、すてられた古い寺である。私は故あって放浪の旅を続けているが、とりあえずの身をおちつける場としてこの寺を利用していた。

 私はいつものように寺の中へはいり、仏壇のある間をとおって奥の部屋へむかった。そこにはいつも使っているふとんがある。

 私が奥の部屋にはいると、誰もいないはずのふとんの上に、1人の少年がいた。少年は、やせ細っていて、着ている服もみすぼらしい。それに、ほおもこけていたが、両眼だけは、本能をむきだしにしたものではなく、理知的な光をたたえていた。

 その少年は顔を上げ、私をちらと見ると、再び視線を下にやった。

「誰だ」

という私の問いかけにも応じない。しばらく待って、もういちど

「おい、なにかこたえろ。それともなにか、お前は聾唖だってのか」

と声をかけると、少年は首をよこにふり、

「違うよ」

と一言だけこたえた。呆れたようすだった。私はそれにすこしムッとして、

「ここはおれが住んでるんだ。でていけ」

と言うと、少年はなにがおかしかったのか、口角をひかえめに上げて言った。

「おにいちゃんの家じゃないでしょ。お寺だよ、ここ。おにいちゃんがいるのもそれは勝手だし、ぼくがいるのもおなじことだよ」

返す言葉もなかった。


「そういえば、おなかすいたね」

「急になれなれし過ぎだぞ」

私と少年との邂逅ののち、私は少年に危険をかんじなかったため、互いの境遇を話し合った。それにより、多少は少年のことを知ることができた。

 少年はいわゆる私生児というやつで、そこは片親にありがち、施設に預けられていたらしい。それが4歳のころで、施設に嫌気がさしてぬけだしたのが9歳のころ。それで迷っているうちにこの寺をみつけて、入りこんだ、ということだ。


「でもそうだな、腹はへった。なにか食べるか」

私がそう呟くと、

「でも、たべものないよねえ」

と即座にこたえた。こいつ、私のいない間に寺のなかをさがしたらしい。たしかに、いまは寺に食料はない。しかし、

「大丈夫だ」

と私には自信をもって言うことができる。それを聞いた少年は、「どうして?」とでもいいたげに上目遣いで私を見つめている。その視線に気をよくして、私はすこしにやけてしまったが、すぐに気をひきしめて

「いまからとってくる」

と言った。

 そう、私は食料をとってくるのだ。ちょいと店の倉庫へとんである程度かっさらった後すぐにずらかる。そういうことを私はなんども繰り返した。法律に照らし合わせれば、私の行為は罪にとわれるのだろうが、もはや私自身に罪の意識はなくなっていた。生きていくためには仕方のないことなのだ。


 とんだ先の店は、風通しのいいところだった。まわりにはあたたかい陽が照っており、子どもが数人遊んでいた。

 倉庫にはたくさんの缶詰が並んでおり、少年のことも考えた場合、どれを選ぶか多少なやんだ。しかし、結局はおかずになるようなものとフルーツを数種類えらんで、とった。

 戻ろうとおもい倉庫の出入り口に向かおうとしたとき、壁にはってある1つのポスターが目にはいった。私の顔写真がのっている。下にはWANTEDの文字。私は指名手配されていたのだ。だから、過去の過ちの帰結として今のような放浪をおこなっているのだ。当然、素性がばれるのに気をつけて他人とはせっしなければならない。ただ、あの少年は信頼できるような気がするのだ。ただ、何となくだが。


 食べ物を確保した後、戻ってくると、少年は出たときと寸分違わぬ姿勢でまっていた。

 少年が私の姿をみとめると、たちあがり、私に歩み寄ってきた。そして私の服を一生懸命つかんで、みぞおちの下あたりに顔をうずめた。顔をこすりつけている。私はそれをただみつめているだけだったが、少年が「おかえり」とようやく声になる声で呟いたとき、たまらず少年を抱きすくめた。


「ごちそうさま」

食事を終えたとき、もうあたりは暗くなっていた。同時に気温もさがっていて、肌寒さを感じたのでそばにあったふとんを引き寄せ、くるまった。ふとんによって暖と安心を得たが、となりを見ると、少年が眠たそうにしていた。

 私は腕をひろげ、少年をふとんの庇護のもとへむかえいれた。その後数分たって、少年は眠りにおちた。その張りのあるやわらかい顔を見つめ、何度かなでて、私は寝た。


 

 私は、サイレンの音で目をさました。まだ夜は明けておらず、視界が判然としなかった。耳を澄ますと、しとしととなる雨の音にまじって、タイヤが地面に鳴る音もきこえる。

「誰だこんどは」

のっそりと立ち上がり、静かに表へまわった。

 表には、1台のパトカーが進入していた。とまると、すぐに1人の警官が降りた。

「はぁ?なんで警察が」

私は疑問をもらしたが、むだに抵抗することは考えていなかった。だから、乱暴な扱いをされる前にすなおに投降した。


 私はパトカーのなかにいた。後ろ手にまわされた両手には手錠がはめられ、となりにはあの警官がすわっている。パトカーは薄ら明かりの森をはしっており、車内には会話がなかったが。

 警官は、勝ち誇ったような顔で

「はっはっは、探したぞ、おまえ」

と言った。

「まあ待て、1つ聞きたいことがある」

と私が言うと、警官は

「あ?手錠の抜け方以外なら教えてやる」

とこたえた。

「じゃあ、なんでおれがここにいると分かった」

きくと、

「それはだな、心優しい少年が教え得てくれたんだ。真夜中にわざわざな」

と言った。その顔はいまだに勝ち誇ったようなものだった。どうやら私の心情にも、企みにも気が付いていないらしい。


「そうか、それだけ分かればいい」

私は声をひくくして言った。そして、警官を肩で押し、後ろ手にパトカーのドアを開けた。ドアからは、木々が生い茂る外ではなく、コンクリート打ちっ放しの壁が見えた。

「いいか、おれをつかまえることはできない。ただの人間にはな」

と捨て台詞を残し、私は後ろへ跳んだ。

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