コーティング
くにさきたすくさんの『コーティング』(http://ncode.syosetu.com/n6403bs/)オマージュ作品です。オチを変えてみました。
「私、何歳に見えますか?」
唐突に彼女はそう言った。
言われた中年女性は、今ほどまでそのセールスレディをどう追い払おうかと考えていたところだ。
中年女性は、セールスレディのハリのある肌を見つめた。そういうからには肌に自信があるのだろうと予測できる。
見た目は二十代前半のようだ。だが、女性は首をかしげながら少し思ったよりも高めの年齢を答えた。
「ええと、二十七、八……くらいですか?」
「いえいえ、それがですね、実は私、四十を超えているんですよ」
「ええ?嘘でしょ」
予想を大きく超えた年齢に、思わず声が出てしまう。
同年代か、もしくは年上ってこと? 中年女性は目の前のセールスレディをしげしげと見つめた。
嘘だとしたらあまりに下手すぎる。だが、彼女はにっこりと笑っている。
「もちろん信じられませんよね。あ、免許証見られます?」
胸ポケットから差し出した免許証の誕生日を見て彼女は驚いた。なんと同い年だったのだ。
思わず免許証の裏も表もしげしげと眺め、免許証の偽造まで疑ってしまう。
免許証を返し、怪訝な目で見つめる彼女。良くも悪くも彼女がその話に興味をひかれたのは間違いない。その心理を読み取ったセールスレディは、一歩踏み込んでにっこりと笑った。
「ですよね?信じられませんよね普通は。よく驚かれます。それもこれもこれのお陰でして……」
とか言いながらすっと屈んで、上り框にアタッシュケースを広げる。
そこには薄くて四角い箱に入った、そう、ドラッグストアや化粧品店によく並んでいるような、パックのケースがずらりと入っていた。
まんまとセールスに引っかかり、思わず座り込んでしまった中年女性だが、どこにでもよくあるようなそれを見て失笑した。
「こういうのってどこにでも売っていますよね」
「そうですね、似たような箱はどこでも見られますね。でもこれ、スキンケア用品だと思います?」
「そりゃ、そうじゃないんですか」
「違うんですよ。スキンケアってお金も時間もすごくかかりますよね、その割に効果ってそんなに劇的に得られなかったりして。私、昔はいろんな高い化粧品を試したりしてたんですが、頑張った割に目に見える成果がほとんどなくって。もう年齢には勝てないのかなー、なんて思ったりしてました」
中年女性の心にぐさりと突き刺さる言葉。思い当たることがありすぎて、暗い顔になってしまう。これは年齢と闘う世の全ての女性の悩みかもしれない。
「これが他のパックと全く違う点は、これがスキンケア製品ではなくて、顔をコーティングするマスクだということです」
「パックとマスクと何が違うんですか」
「つまり、こういうことです」
にこやかに彼女は髪の生え際あたりを両手で撫でる仕草をした。そして、何かを掴んだかと思うと、ゆっくりと引き剥がした。
「きゃっ!」
映画の怪盗紳士のごとく薄い皮膚を一枚剥いだかと思うと、彼女のハリのある若い顔は消え、皺の刻まれた四十代の顔が現れる。
「驚きました? これが、このパックなんですよ」
皮膚のように見えたのはパックだった。中年女性の向かいに立つ、今はすっかり同年代の顔をしたセールスレディが、パックの箱を見せながらにこやかに笑う。
「シートパックの使い方って知っておられますよね?封を切ったらそれと同じように貼って頂きまして、薬液が浸透するまでたったの2分ほどです。剥離紙を剥がして頂いたら、先ほどの私のような感じに出来上がっております」
言葉を失ってその箱を見つめている女性に向かって、セールスレディはさらに説明を続ける。
「薬液は顔の隅々まで、ほんの小さな小じわにも浸透して、皺のない顔を作ります。通気性もよく、水も通す素材ですが、水や油脂で溶けることはありませんから、顔を洗っても大丈夫ですし、化粧と違ってお直しも必要ありません。パックと言うよりは、肌をコーティングするといった感じですね」
外出のたびに化粧室に何度も入って、よれたファンデーションや口紅を直していたことを中年女性は思い出していた。若返った上に面倒な手入れから解放されるなんて、夢のような化粧品である。女性の目はすっかりその箱にくぎ付けだった。
「効果は二十四時間程度で、それを超えると薬液の劣化で肌にダメージが残りますので、毎日剥がしてもらう必要はありますが」
「ただ剥がすだけでいいんですよね?」
「ええもちろん。剥がして、また新しいのを貼るだけです」
ごくり、と喉をならす音が聞こえる。彼女にとってそれは、喉から手が出るほど欲しいものだ。だが、家計を考えるとすぐに頷くことはできなかった。
「……でも、そんなすごいものなんですから、もちろんお高いんですよね……?」
「一箱十枚入りで二千円。一月三十枚ごとの定期購買ですとサービス価格で五千円となっております。市販の安価なシートパックに比べたら少し高いかもしれませんが、スキンケアにたくさんの基礎化粧品を使用されることを考えたら、非常にお買い求めやすい価格かと思いますよ」
「そ、そんな安くて大丈夫なんでしょうか」
彼女が今まで使ってきた基礎化粧品とメイク用品の月の合計額と比較して、月五千円で済むなら安すぎるくらいだ。むしろ安すぎて心配な程で、彼女が商品の安全性や詐欺などの心配をするのも仕方がないことだろう。それでもセールスレディは余裕の表情を崩さなかった。
「ええもちろん。製品をお使いいただく全ての方々に喜びを提供するというのがわが社の理念です。高くて使い続けられなければ、喜びも続きませんから」
だがそれから少し声を低くして、付け加えた。
「と、いうのももちろんなんですが。まだこちらも開発途上で、少々ご不便がございまして。薬液は体には有害ではありませんが、法律で焼却処分のできない素材を使用しているのです。剥離紙は燃えるゴミとして扱っていただいて結構なんですが、剥がしたパックは弊社で安全に処分するため、返送用ボックスで送り返して頂く必要があるんです。送料はもちろんこちらで負担致しますが、そのお手間分の割引と思っていただければ」
「ああ、そういうこと」
そのデメリットの説明が、彼女にとっては安心できる材料になったようだ。返送の手間なんて、そのパックの絶大な効果に比べたら全く大したことがない。しかもそれを買って家計が苦しくなるどころか、むしろ助かるというものだ。
「それなら……じゃあ、ためしに一箱お願いしようかしら?」
「ありがとうございます!」
セールスレディは、満面の笑みで答えた。
「売り上げは良いようだね」
「ええ、ひと月前訪問した奥さまも、定期購買に切り替えて下さいました。夫との仲も良好になり、周囲にも若く見られて得をしていることが色々とあるようで、非常に喜んでおられました。今のところ、説明までこぎ着ければ、大体のご家庭でご購入頂いております」
上司の机の前に立って、セールスレディは微笑みながら報告を終えた。上司は頷きながら聞き入って、こう答えた。
「君の働きは聞かなくてもわかる。続々と使用済みパックが届いているからな。洗浄作業にこっちは大忙しだよ」
そう言って声を立てて笑う上司の前に、今度は別のセールスマンが歩み寄ってきた。
「お話し中すみません、先ほど大口の注文が入りまして」
「おお、そうか。すまんが君、席を外したまえ」
「わかりました。それでは失礼します」
女が去って、男が今度は上司の前に立つ。
「パックを一括購入したいという件なんですが。最低でも千枚程度はほしいと」
「いったいどこだね」
「海外の某マフィアです。先日試しに使用してみたのがよかったようで、金に糸目はつけないと。大きな組織ですから、これからまだ注文が増えるかもしれません」
「ああ、君の担当は《使用済みパック》だったな。そうか。そりゃあ彼女にはもっと営業に励んでもらわないといけないな。顔のバリエーションも沢山あったほうがいい。男性にももっと販路を拡大すべきだな」
「そうですね。とにかく顔につけるだけですぐに見た目や年齢を誤魔化せるとあって、若い連中が簡単に捕まらなくなったと大評判ですよ」
いつも繰り返しているセールストーク通りの説明を、彼はにこやかに上司の前でそらんじた。
「頑丈で破けない、なのに返却後の後加工のおかげで封を開けて24時間で消滅しますからアシもつきにくい。しかも別の顔につけるわけですから、作成者の顔と全く同じにはなりません。表の世界に迷惑もかけませんからね」
上司は満足そうに頷きながら言った。
「表では美容製品として世の女性達に喜ばれ、裏では変装用製品として犯罪者たちに喜ばれ、私たちも売り上げが上がって喜ぶ。全くわが社の理念通りだな!」
製品をお使いいただく全ての方々に喜びを提供する。
表向きは化粧品製造業としてコーティングされている会社の理念を思い出し、二人は顔を見合わせて笑った。
ありがとうございました。
ぜひ本家も読んでみてください。