第1話 1-3 『ファーストキス、奪われました』
私立桜南陸高等学校。
有名なその私立高校は受賞されたトロフィーや賞状は数知れず。
毎年高校受験者が後を経たずに受けにくる人気のある高校。
一番目立っている部活動はただ一つ。
男子5人組ユニット『Boys Voice』。
その美しい歌声は老若男女にメロメロだ。
そんな有名高校へ転校してきた少女の高校生活が今ここに始まる。
桜南陸町へ引っ越してきた風葉一家。
その荷物整理に追われていた。
「千秋兄、一眼レフとか入ってる箱ココに置いてくね」
「あぁ、うん。ただ壊すなよー」
「千春姉、昨日切れたドレッシングを千秋兄に与えていい?」
「うん、いいわよ~」
「待て、千春。賞味期限切れたドレッシングなんか食わねぇよ」
「千春姉~っ、コレ千秋の中学校時代の卒業アルバム出てきたんだけどー」
「千夏&千冬。それはご近所さんに持ってて渡してね」
「はーいっ!」
「『はーい』じゃねぇよ!つか、なんで近所に卒業アルバム持って行って渡すバカがどこにいる!」
「千春姉。千尋と千鶴と千影見なかった?」
「あの3人ならお使いに行ったわよ。大丈夫、千影が付き添いで行ったから」
「なら、いいわ」
「千澄、そこのネジの入ってるケース取って来て」
「え~、…ハイ」
「おいコラ!!【自主強制】踏むな!痛いっ!!」
「あら、ごめんなさい。気がつかなかったわ」
「だ、だから【自主強制】踏むなって!!」
ただ単に騒いでは一向に片付けが進まない。
全然終わってない場所はキッチンとリビングのみ。
「千秋兄、そろそろ高校見学しに行っていい?」
「私が許可するわ。いってらっしゃ~い」
「なんで千春が許可すんだよ…」
「またそんなこと言って…千秋の交際中の彼女にこんなことやあんなこと言っていいかしら?」
「あんなことやこんなことって、千春まさかっ!!?」
「ウフフ、それはちびっ子の前では言えないわよ」
「ね、ねぇ…そろそろ行っていい?」
「あ、ごめんね。もう行っていいわよ」
「じゃ、いってきま~す」
まるで慌てたように玄関から出た千澄は、桜南陸高校へ向かった。
家から徒歩で5分ほど近かった。
たとえ遅刻や寝坊しても間に合う距離だ。
4月からこの高校へ転校するため、色々書類を届けないといけない。
ある意味面倒なことだがしかたがない。
高校の校門を通り過ぎた後、どこからかギターを弾く音色が響いている。
そして歌声が響いている。
「わ~っ、なんて歌声なの?男子が歌う声って」
甘い誘惑に包まれた歌声につられる千澄はそのまま部室へ向かった。
部室のドアは鍵が掛かっていなかったので、そーっと開けてみると…
「あっ!」
思わず声を上げてしまった。
さっき歌っていた男子が振り向き、彼女に気がついた。
千澄に近づくと男はジロジロと見つめた。
「見たことがねぇ顔だな…。オレは茅野悠胡だ。お前は?」
「ふ、風葉千澄よっ」
「ふーん、いい名前じゃん。気に入った!」
「あ、ちょっ…」
いきなり出会ってはキスをしてきた。
(あっ、や…。ち、力が入んない…)
当然男の力だ。ぎゅっと人形のように抱きしめてるため、華奢な彼女の力じゃ解放してくれない。
だんだん千澄の頭が回らなくなってきた。
キスするのをやめると悠胡は千澄を見つめる。
目には涙を浮かべていて、ほんのり赤く頬を染め、「やだ、やめないで」とまだ唇を求めていた。
もう一度してあげたいが可哀想だと思い、離してあげた。