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音楽室

作者: WAIai
掲載日:2026/07/05

ランチタイムが終わり、歯みがきをした後、彼女が俺に言ってくる。


「音楽室までついて来てくれないかな?」


ミントの清涼感のある香り。

軽く香水でもつけたかのような、良い香りがすると、くんくんと鼻を動かす。


匂いには敏感で、彼女からはいつも良い香りがしていた。


「あのね、楽譜を取りに来なさいって言われているの」

「楽譜? 何の?」

「えっと、次の授業で使うらしくて」


彼女はそう言うと、両手を合わせ、俺に頼み込む。


「一緒に行ってくれない? あの、先生が嫌いとかじゃなくて、その」

「何だよ。はっきり言えよ」


俺の顔が険しくなったので、喧嘩でもしているのかと、周りがちらちら見てくる。


彼女が両手を大きく広げて、皆に見せないようにする。

それから可愛い顔を近づけてきて、正直に言ってくる。


「音楽室に1人で行くのが嫌なのよ!!」

「何で? 何もないだろう?」

「あるのよ。その…音楽家の顔が怖いというか」

「音楽家? …ああ、壁に貼られた肖像画か」

「そう!! その通り!! モーツァルトとか、バッハとか、その笑い声が聞こえそうで、怖いというか…」

「お前、意外と怖がりだもんな」


理科室の件もそうだが、彼女は霊感でもあるのか、怪談を信じているらしい。


俺は機嫌を良くし、くっくと笑う。

逆に彼女は怒ったようで、頰を膨らませる。


「せっかく人が話したのに」


まるでライオンに、たてつくうさぎのような感じたと思い、声をかける。


「悪い。分かったから、一緒に行ってやる」

「本当!? ありがとう!!」


彼女は周りの目を盗んで、素早く抱きついてくると、すぐに離れた。


もったいないと、俺は柔らかな感触をもう一度、願うのだが、無理なようだった。


彼女が手を差し出してくるので、席から立ち上がり、言ってやる。


「俺がいれば怖くないから。大丈夫」

「うん!! よし、行くぞー!!」


急に元気になった彼女に、俺は頭を撫でてやると、手を引っ張っていく。


廊下はまだ歯みがきしている人達や、ロッカーに用がある人達で賑やかだった。


彼女を見れば、俺と手を繋ぐのが恥ずかしいのが、頰を赤く染めている。

大胆なようで、気が弱いというか、可愛い心を持っているというか。


とにかく、俺が守ってやらないとと、顔を引き締まる。


音楽家は2階にあり、階段を上ると、人気がなくなった。

空気が異なり、しーんとしている。

確かに何が出てきそうだと、俺は鳥肌が立つのを感じる。


「ここからが怖いのよ」


彼女は弱々しく言うと、手をぎゅっと繋いでくる。

俺は安心させるように、

「何も出て来ないから、安心しろ」

はっきり言ってやると、足を速める。


これは早めに終わらせたほうがいいと判断し、音楽室に辿り着く。


「中に入るぞ」

彼女に声をかけると、恐る恐るうなずいてくる。


本当に怖がりなのだと、笑ったことを後悔する。


「俺の後ろに続け」


怯えるうさぎを落ち着かせるように言うと、ドアを開ける。


彼女が「ひっ…!!」と短い悲鳴を上げたが、俺は繋いだ手を放さず、中に引っ張る。


音楽室の中はやはり静かで、隅にピアノが置いてある。

壁には音楽家の肖像画が飾ってあり、俺はじっと見つめるが、何も起きなかった。


「大丈夫だぞ。何も起きないから」

「そ、そう…?」


彼女は目を瞑っているらしく、俺の背中のシャツを引っ張ってくる。

そんなに怖いのかと、俺のほうがびっくりする。


「大丈夫だって。別に動いたりしていないし」

「そ、そうなの…?」


彼女を怖がらせないために、優しく言う。


「音楽室の中は陽がさして、穏やかな雰囲気だぞ? 理科室よりは怖くない」

「穏やか…? …本当だ」


ようやく目を開けたらしく、彼女は俺の背中から手を放す。

恐る恐る肖像画を見たようで、繋いだ手に力が入る。


「目が動いた…!! 口が動いた…。ね? ね? 見たでしょう?」

「安心しろって。気のせいだから」

「気のせい…」


彼女は肖像画をじっと見たようで、俺は感心する。

俺に任せて逃げてもいいのに、そうしようとしない。

負けず嫌いなんだよなと、俺は口元を綻ばせるのだった。


「本当だ…。私の気のせいみたい」


彼女の声が普通になり、俺は安心したその時。


ガチャ、っとドアが開いた。

それは音楽準備室で、彼女が「キャー」と悲鳴を上げる。

パニックになって、座り込んでしまった彼女。


俺は守ろうと見れば、何でもない。

音楽の先生だった。


「どうした? 悲鳴なんか上げて」


ぽっちゃりした先生で、音楽を心から愛しているのだった。

指揮をすると、身体全体で表す先生で、皆、真似して面白い人だった。


「おい、おい!! 先生だ、先生」


腕を動かして教えてやると、彼女は「え」と顔を上げ、先生を認める。


「せ、先生…。よ、良かった」


彼女ははあ、と安堵の息を吐くと、ゆっくり立ち上がる。

先生は不思議そうに、こちらを見ている。


「先生、楽譜を取りに来たんだ」


彼女の代わりに俺が言うと、先生は「ああ」と言い、音楽準備室に戻っていく。


彼女は胸を撫でながら、俺を見つめてくる。


「ありがとうね」 

「おう。もう怖くないだろう?」

「うん。…あ、先生が来た」


先生はすぐに戻ってくると、楽譜を彼女に差し出してくる。


「はい、これ。次の授業までにマスターするように」

「は、はい!! 分かりました」


彼女は先生と話しているうちに、穏やかとなり、まるで嵐の去った後の海のような、そんな感じだった。


「早く行きなさい。授業が始まるから」

「はい。ありがとうございました」

「ありがとうございます」


俺と彼女は礼を言うと、音楽室から出た。

やはりしんとしているが、用が終わった後だと、心が楽だった。


「良かったな、楽譜が手に入って」

「うん。ありがとうね。ついて来てくれて」


彼女は恥ずかしそうにすると、背伸びして俺の頬にキスをしてくる。


「お、おい…」


俺は動揺したが、彼女も同じらしく、真っ赤だった。

それ以上は追及しないことにし、俺は彼女の繋いだ手を叩く。


「ここから教室までダッシュだ。行くぞ!!」

「うん…!!」


2人は仲良く走り出し、教室に向かったのだった。



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