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クリームソーダ同盟

作者: 葉月
掲載日:2026/06/08

 夏休みの喫茶店は、驚くほど暇だ。

 店内は年季の入った内装で、如何にも田舎の喫茶店と言った感じだ。昼過ぎだというのに、 扇風機の回る音しか聞こえないほどに、人がいない。

 窓の外では、夏らしい日差しがアスファルトを照らしており、微かにセミの合唱が聞こえた。

 私はカウンターに突っ伏しながら、ぼんやりとアイスコーヒーの氷を眺める。


「……暇」

「だったら掃除でもしろ」


 奥から祖父の声が飛んできた。


「さっきした」

「じゃあテーブル拭け」

「さっき拭いた」

「なら働いた気になっとけ」


 うちのじーさんは無茶苦茶だ。高校二年の青春真っ盛りな孫に店番をさせておいて、こんなに暇だなんて。文句を言い返そうとした時、入り口のベルがカラン、と鳴った。

 見れば、小学校高学年くらいの男の子が立っている。襟付きのシャツにハーフパンツ。首から汗拭きタオルをぶら下げて、真っ赤な顔でこちらを見ていた。

 ここら辺の子どもなんてみんなタンクトップに短パンなのに、珍しい格好だ。

 私が物珍しさに眺めていると、その子は席に座るなり、メニューも開かずに言う。


「クリームソーダ」

「はーい」


 いけない、仕事仕事。この暇な時間にようやく現れた客だ。子どもと言えど、しっかり接客しなくては。

 私は気を取り直すと、冷蔵庫から冷えたグラスを取り出した。氷の入ったグラスに、緑色のシロップを注いで、炭酸を入れる。しゅわしゅわと泡が立ち上るのを見ていると、少しだけ涼しい気分になる。

 最後にアイスを乗せて、さくらんぼを落とす。


「はい、どうぞ」


 男の子の前に置くと、窓の光を受けたグラスが緑の光を返す。キラキラと輝く緑に、少年も目を輝かせた。


「ここのは当たりだ」

「……当たり?」


 どうせ客はこの子しかいない。私は勝手に目の前に座ると、聞き返した。


「アイスが丸い」

「丸いと何かあるの?」


 私が聞けば、じろりと睨まれる。まるで、うるさいとでも言うように。仕方なく黙れば、男の子は真剣な様子でスプーンをアイスに差し込んで一口。そして満足そうに頷く。


「おいしい」

「それは良かった」


 男の子は私が見ていることも気にせず、無言でクリームソーダを平らげると、席を立った。


「また来るから」


 そう言って私にピッタリお金を渡すと、店を出て行った。



 次の日も、その次の日も、その男の子はやって来た。


「クリームソーダ」


 お馴染みの注文に、私は思わず聞き返す。


「……また?」

「また」


 当然みたいに頷かれる。というかこの子、メニュー開いたことないし、それ以外に何あるか知らないんじゃないの?


「飽きないの?」

「そっちこそ毎回聞くじゃん」

「だって毎回頼むから」


 男の子はふん、と鼻を鳴らした。


「クリームソーダは夏しか飲まないんだよ」

「年中あるけど」

「夏の方がおいしい」


 それはちょっと分かる。


 こう毎日頼まれては、私もさすがに手馴れてくる。冷蔵庫から冷えたグラスを取り出し、緑色のシロップを注いで、炭酸を入れる。最後にアイスを乗せて、さくらんぼを落とせば完成だ。

 だいぶ作るスピードも上がったんじゃない?


「はい、クリームソーダ」


 男の子は目を輝かせて、ソーダを一口。それから眉をひそめる。


「今日は炭酸強い」

「気のせいじゃない?」

「違う」

「分かるの?」

「分かる」


 偉そうに言い切るので、なんだか悔しい。


「まぁ、人が作るものだからそういう時もある」

「そんな適当でいいの?」

「店主が適当だからいいの」


 奥から祖父の文句が聞こえてきたが、無視だ、無視。てかあのじーさん、私に接客させていつも奥にいるじゃん!

 私はため息をつくと、男の子の前に座った。


「きみ、名前なんて言うの?」

爽太そうた。でもおれはクリームソーダ好きだから、メロンとかそういう名前が良かった」

「キラキラかよ」

「おねえさんは?」


 聞かれて、戸惑う。なんとなく、言いたくなかった。


「……内緒」

「えー、なんだよそれー」

「個人情報は簡単には教えられませーん」

「おれのは聞いたくせに……」


 唇を尖らせて不満を言っていた爽太だったが、良いことを思い付いたとでも言うように、顔を上げた。


「じゃあみどり!」

「……え?」

「おねえさんのことはみどりって呼ぶ!」


 意味が分からない。というか、呼び捨てかよ。


「メロンがだめなら、クリームソーダの色の緑が良いよ」

「クリームソーダ好きすぎ。爽太も点付ければソーダになるし」


 私がそう指摘すれば、爽太はたちまち目を輝かせた。


「本当だ! おねえさんと合わせればメロンソーダじゃん!」

「いやメロンじゃないし」

「じゃあおじいちゃんはクリームだな!」

「ぶっ」


 爽太が奥にいる祖父を指さすもんだから、思わず笑ってしまった。あのじーさんが? クリーム? 何それ面白すぎ。

 祖父は私をじろりと睨み付けてきたが、さすがに爽太の前では何も言わない。ひとしきり笑ったあと、爽太は帰って行った。


「あの坊主、なかなか鋭いじゃないか。なぁ、みどり

「メロン色だって言われると思ったから教えたくなかったのに」


 私が不満を表せば、祖父は楽しそうに笑った。



 爽太は毎日同じ時間に来た。そして、注文は絶対クリームソーダ。

 毎日来るもんだから、爽太の事情にも詳しくなる。今は親の仕事の都合で、夏休みの間だけ祖父母の家に預けられているのだと教えてくれた。

 都会っ子らしい。どうりでませてる。

 最近はクリームソーダを飲みながら、ここで宿題をやったりもしているので、どんなものか覗いて見た。


「げっ、今の小学生ってこんな難しいのやってるの?」

「むずかしくないし。みどりって馬鹿なの?」

「年上に馬鹿とか言うんじゃない。ちょっと忘れただけ」

「ふーん」


 爽太はさほど興味もなさそうにクリームソーダを一口飲む。アイスの端が少しだけ崩れて、緑の炭酸に白が混ざった。


「あっ」


 爽太が声を上げる。


「なに」

「まだ沈めたくなかったのに」

「知らないよ」


 すると爽太は、じっとこちらを見た。


「……みどりってクリームソーダ下手そう」

「なんで?」


 そもそもクリームソーダに上手いとか下手とかあるのか。


「雑に混ぜそうだから」

「混ぜるでしょ普通」

「えぇ……」


 本気でショックを受けた顔をされた。


「クリームソーダ同盟的に、それはない」

「なにその同盟」

「知らないの?」

「今初めて聞いた」


 私が首を傾げれば、爽太は盛大にため息をついた。


「仕方ないなぁ」

「なんで上からなの」

「じゃあ今日からみどりも同盟ね」

「え、やだ、恥ずかしい」

「多数決で決まった」

「二人しかいないじゃん」

「一対一だから半々。つまり過半数で可決」

「意味分かんないんだけど」


 でも、くだらなすぎて少し笑った。



 それから私は、半ば強制的にクリームソーダ同盟の一員になった。

 同盟には無駄に細かいルールがある。

 その一、アイスはすぐ沈めない。

 その二、さくらんぼは最後。

 その三、炭酸部分だけ先に飲みすぎない。


 そして――


「クリームソーダは夏の飲み物であること」

「まだ言ってる」

「大事だから」


 爽太は真面目な顔で言う。私は呆れながら、自分のクリームソーダに口をつけた。

 しゅわ、と炭酸が弾ける。甘ったるいみどり色の味。子どもの頃は好きだったな、と思う。



 八月の終わりが近づく頃には、爽太が来るのが当たり前になっていた。ベルが鳴れば、「ああ、来たな」と思う。窓際の席に座って、クリームソーダを飲みながら、どうでもいい話をする。


 学校のこと。

 好きなゲームのこと。

 近所の川でザリガニを捕まえた話。

 そんな話を聞きながら、私は夏休みが終わりに近づいていることをぼんやり感じていた。


「おれ、来年はもう来ないかも」


 ある日の帰り際、爽太がそんなことを言った。私はグラスを拭く手を止める。


「なんで?」

「なんか、中学生にもなって子どもっぽいじゃん。同盟とか」

「今さら?」


 爽太は少しだけ気まずそうに視線を逸らした。


「……まあ、分からなくもないけど」


 私も最初はそう思った。高校生にもなって同盟“ごっこ”なんて。


「でも……案外、そういうのって後から恋しくなるよ」

「そういうもん?」

「そういうもん。それに――」


 私は少し考えてから、口を開く。


「真剣にやってるのに恥ずかしいもないでしょ」


 爽太はその言葉にキョトンとして、それから小さく肩をすくめた。


「じゃあ来年も、気が向いたら来る」

「同盟活動?」

「うん」


 私は笑う。


「その時は、私も一緒に混ぜてね」

「当たり前じゃん」


 爽太はそう言って、最後のさくらんぼを口に放り込んだ。



 夏休み最後の日。

 爽太はいつも通りクリームソーダを頼んで、いつも通り飲んで、いつも通り帰ろうとした。


「じゃあね」

「あのさ」


 私はメモ帳に自分の名前を書く。


「私の名前、みどり。“翠”って書くの」


 爽太は私の書いた文字を見て、ニカッと笑った。


「良い名前じゃん」


 ベルが鳴って、扉が閉まる。静かになった店内で、私はしばらく入口を見つめていた。


「ぼーっとしてんな」


 祖父が新聞をめくりながら言う。


「別に」

「夏が終わるな」

「……だね」


 窓の外では、夕方の光が少しだけ柔らかくなっていた。セミの声は、いつの間にかひぐらしの鳴き声になっている。

 私は冷蔵庫を開けた。


「じいちゃん、クリームソーダ作っていい?」

「好きにしろ」


 氷を入れたグラスに緑色のシロップを注ぐ。炭酸を入れると、細かな泡が弾けた。最後にアイスを乗せて、さくらんぼを落とす。

 私はいつもの窓際の席に座った。窓からはオレンジ色の光が入ってきて、緑と混ざり会う。

 私は少し考えてから、スプーンを置いた。


 ——アイスは、まだ沈めない。


 グラスの中で、氷がカラン、と音を立てた。

私はクリームソーダはアイスを全部溶かして飲む派なので、クリームソーダ同盟には入れません。

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