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27.英雄たち

第95~99話

 突然現れたのは、狐の姿のルナだった。

 里の鼠たちが、慌てて草叢くさむらに身を隠す。

 鼠にとって、狐は捕食者だからだ。


 俺とルナは、テレパシーで会話する。


「ルナ、どうしてお前がこんなところににゃ?」


「あたしも、シルヴァ様に竜脈を通れるようにしてもらったんですコン。

 元々あたしにその素質があったから、竜脈を通れるようになったんですけどねコン。

 あたしは、レベルの高い霊獣ですからコン」


「いや、だから、お前がここに来たわけを聞いているんだにゃ」


「シルヴァ様や他の妖精や動物たちは、遠くに行きたがらないのですコン。

 あんまり竜脈での移動をしてしまうと生態系に影響が出てしまいますからコン。

 そんなわけで、少しは旅慣れているあたしが、あなたを迎えに行くことになりましたコン。

 あなたのことですから、危険な目に遭ってはいないとは思っていましたけど、一人じゃ帰れないかもしれないでしょコン」


「まあ、確かに……にゃ。

 でも、その場合、また忠太に案内してもらうにゃ」


 ルナは、里を見渡す。

 火光獣が投げた岩が、あちこちに転がっている。

 田畑や民家にも被害が出ている。


「大物を一匹退治したみたいですが、大変だったようですねコン」


「大変だったけど、この人が来てくれたおかげで、退治できたにゃ」


 俺は、ユキに視線を向ける。


「これはこれは、獣人とは珍しいお方ですねコン。

 遠くまで来た甲斐があったというものですコン」


 ユキが普通の人間と違うことに気づいたルナは、声に出して言う。

 ユキは、戸惑いながらルナにお辞儀をする。


「私は、獣人ではございませんが、どう申したらよいのやら……にゃ」


「おや、語尾がネコさんと同じですねコン。

 どういうご関係ですかコン?」


「それなんだが……」


 俺は、今までのことをルナに説明する。

 ユキにも、ルナについて話す。




「ええ、なるほど、人間が獣人になるなんて、不思議ですねコン。

 ま、あたしも人間に変身できますから、そんなこともあるのでしょうコン」


 ルナは、ゆっくりと首を縦に振る。

 納得したというジェスチャーだ。


「ところで、ルナ、屋敷の仕事はどうしたにゃ?

 抜け出してきたのにゃ?」


「それなら心配ありませんコン。

 ポン太さんが、あたしに変身して代わりを務めていますコン。

 サンディーさん以外は、気づいていないはずですコン。

 ドジってなければの話ですがコン」


「あいつ、お前の人間の姿に変身できる能力があったのにゃ」


 一抹の不安はあるが、ポン太を信用するしかない。

 それと、もう一つ気になることがある。


「俺がいなくなったことで、屋敷の人たちはどうしてるにゃ?」


「それも心配ありませんコン。

 ポン太さんが、あなたに変身して、あなたのふりもしていますコン。

 つまり、一人二役ですコン。

 あたしとあなたが同時に存在できないのが難点ですがコン」


「それじゃさすがにポン太には荷が重すぎる気がするにゃ」


 不安が一抹どころじゃなくなる。

 俺とポン太の付き合いは短い。

 ポン太に俺を演じきれるのだろうか。


「まだ一日しかたってないにゃ。

 無理してポン太に俺を演じさせる必要はないにゃ。

 一日ぐらいじゃ、家の人は、俺がちょっと長く外で遊んでるとでも思うと思うにゃ」


「何を言ってるんですかコン。

 もう半月もたってますよコン」


「お前こそ何言ってるにゃ」


「この里は、外界とは時の経過が遅いのでございますにゃ」


 ユキが、意外なことを告げる。


「はあ? にゃ」


「つまり、長くここに逗留いたしますと、外界の時間が先に進んでしまうのでございますにゃ」


 浦島太郎のような状態になってしまうらしい。

 時空がゆがんだ場所なのだろうか。

 不思議なことの多い世界だ。


「そんなこと、忠太からも他の鼠からも聞いてないにゃ」


 大事なことを教えてくれない鼠たちには呆れる。

 溜息をつきたい気分だ。

 うっかり長居したら大変なことになっていた。




「早くここを去りましょうコン」


「そうするにゃ」


「ついでに、ユキさんにも一緒に来てもらえると助かりますコン。

 あなたがその姿になったのには、何か大きな意味があるに違いないと思いますコン。

 きっと、あなたの力が必要になると感じますコン」


「私の力がでございますか……にゃ?」


 ユキの尻尾が、自分の腰に巻き付く。

 不安を感じているらしい。

 俺も猫なので、尻尾の動作で感情がある程度想像できる。


「かしこまりましてございますにゃ。

 私の力が役に立つのでございましたら、協力するにやぶさかではございませんにゃ」


 まっすぐになった尻尾が、決意を表している。

 ユキが、鼠たちを呼び寄せる。

 鼠たちの前に膝をついて座り、事情を話す。


「私は、この方たちと旅に出ることになりましてございますにゃ。

 そのことを私の両親に伝えていただきとうございますにゃ」


 鼠たちは、ユキの説明を理解したらしい。

 一匹が、どこかへ走って行った。

 ユキの両親への伝令だろう。


「ところで、お前ら、どうして時間の進み方が違うことを教えてくれなかったにゃ。

 下手したら、家の人たちと会えなくなるかもしれなかったにゃ」


 俺は、鼠に苦情を言う。


「はて、教えた方がよかったのかのう」


 長老は、何がいけなかったのか理解していないようだ。

 他の鼠たちも、困惑して周りの鼠と顔を見合わせている。

 この里の鼠は、外界とは違った常識で生きているらしい。

 俺は、鼠を咎めるのをやめた。




「では、急いで出発しましょうコン」


「そうするにゃ」


「私は、どうすればよろしいのでございましょうかにゃ」


「あたしとネコさんと一緒に行こうと強く念じてみてくださいコン。

 そうすれば、獣人化したあなたなら、竜脈に入れるはずですコン」


「承知いたしましたにゃ」


 ユキは、意外と簡単に竜脈に入ることができた。

 ルナが先を進み、俺とユキが跡を追う。

 互いの姿は見えないが、その存在を感じることはできる。


「この調子で、あたしの気配を見失わないようにコン。

 ユキさんは、竜脈酔いなんてしてませんかコン。

 初心者だと、よく気分が悪くなることがあるんですコン」


「平気でございますにゃ」


 乗り物酔いのような現象があるらしい。

 魔女たちから説明はなかった。

 俺が竜脈酔いでくたばったらどうするつもりだったのか。

 大事なことを教えてくれないやつばかりだ。

 俺が酔わなかったのは、ヴィヴィペラのおかげかもしれない。




「到着ですコン」


 地上に出ると、静かで薄暗い森の中だった。

 雰囲気からして、俺が最初にルナと妖精に出会った森だ。


「お帰りなさい」


 妖精のシルヴァが現れ、俺たちを出迎える。


「ネの国の鼠たちと話がついたようね」


「しかも、この方たちが、厄介な敵をやっつけてくれましたコン」


 ルナが、ユキを紹介する。

 ユキは、妖精の出現に目を見張りながらも、シルヴァに礼をする。

 俺は、嘉暮里での出来事をシルヴァに話した。



ᓚᘏᗢ



「つまり、ネコさんの力がユキさんに移って獣人になったのですね」


 シルヴァは、俺の説明を理解してくれた。

 そして、ユキのそばに飛んで行く。

 ユキの猫耳と尻尾の周りを蝶のように飛び回る。

 何かを感じ取ろうとしているようだ。


「英雄の気を感じます。

 これは、きっとユキさんに鼠退治の宿命があるのでしょう」


 ユキは、羽で飛ぶ小さな人間である妖精に、はじめは驚いていた。

 しかし、すぐに目の前の現実を受け入れた。

 元々ただの人間ではないユキである。

 不思議な存在をいつまでも不思議がったりはしないのだ。


「私に鼠退治の宿命でございますかにゃ。

 やはり、私には、鼠の世界を正しくするために、悪の鼠を退治する責任があるのでございましょうにゃ」


 自分の宿命も素直に受け入れる。

 俺と一緒に戦ってくれるのなら、俺としても心強い。


「それにしても、シルヴァ様、何故このような姿の私に英雄の気を感じるのでございましょうかにゃ。

 この姿になったことも宿命なら、いかなる理由があるのでございましょうかにゃ」


 ユキは、やや不安げな表情になる。

 頭の猫耳が、わずかに横向きだ。


「あなたの姿や放たれる気から、いにしえの人間の英雄であるレオンハルトを思い起こすのです」


「レオンハルトって、俺の家にも像のある、昔メガマウスを倒したレオンハルトにゃ?」


「ネコさんも、すでにレオンハルトをご存じだったのですね。

 人間たちが英雄とあがめるレオンハルトですが、人間たちは知らないようですが、ライオンの力を身につけた獣人だったのです」


「レオンハルトの像にも絵にも獣人らしいところはなかったけど、獣人だったとはにゃ」


 図鑑にも出ていた伝説のレオンハルトが実在したとは驚きだ。

 もっとも、不思議なことの多いこの世界のことだ。

 伝説が正しかったことなど、驚くほどでもないのかもしれない。


「レオンハルトという名前は、ライオンの強さというような意味ですコン。

 名前からして、ライオン獣人と想像できそうな気もしますけどコン」


 ルナは、少々嫌みっぽくつぶやく。


「当時の人間は、レオンハルトの活躍をはっきりとは見ていないので、仕方ないことですけどね」


「だけど、レオンハルトがメガマウスを倒したって話だけど、今も鼠の化け物がいるってことは、ちゃんと倒せてなかったってことじゃないかにゃ。

 それとも、たくさんいるメガマウスの一匹を倒しただけなのかにゃ」


 俺は、当然の疑問をシルヴァにぶつける。


「その時は、しっかり退治したはずだったのです。

 ですが、いつの間にか、子鼠の中からメガマウスになったのがいたらしいのです」


「それじゃ、メガマウスを倒しても無駄なんじゃないかにゃ。

 鼠を絶滅させでもしなきゃ、メガマウスは、また現れるにゃ」


「私も、鼠の絶滅など考えたくもございませんにゃ」


 ユキが、シルヴァに詰め寄る。


「大丈夫です。

 鼠を撲滅したりはしませんから」


 慌ててシルヴァは、俺が言った鼠の絶滅を否定する。


「そもそも不可能ですし、そんなことをしたら、かえってこの世の摂理がおかしくなってしまいます」


「それを聞いて安心いたしましたにゃ」


 ユキは、胸をなで下ろす。


「ナティーが言うには、鼠の化け物は、まだ一匹いるにゃ。

 メガマウスが復活しないようにそいつを倒す方法はあるのにゃ?

 それに、その最後の一匹がどんなのか、お前は知ってるのにゃ?

 そもそも、あと一匹しかいないって、本当なのにゃ?」


 俺は、持っている疑問を矢継ぎ早にシルヴァにぶつける。


「まあまあ、そういっぺんに質問されても……」


 シルヴァは、両手を前に出し、俺をなだめる。


「こんなところでは何ですから、私の住むところへいらっしゃいませんか。

 そこでお話ししましょう」


 俺たちは、妖精の世界へ行くことになった。




 シルヴァとルナに従って、森の中をしばらく歩く。

 ほんの数分歩いただけで、周囲の様子が一変する。

 木は鬱蒼と茂っているのに、薄暗かった森が明るくなったのだ。

 見た限り、景色は、普通の森と変わらない。

 この付近全体を包み込む空気が、どことなく清らかな気がする。


「ここが、私たち妖精の国です」


 シルヴァが、俺とユキに告げる。

 俺は、呆然と辺りを見回す。

 ユキも、きょとんとした表情だ。


「ようこそ、ネコさん」


 どこからともなく、別の妖精が現れた。

 シルヴァと同じくらいの体の大きさだ。

 背中に羽の生えた美少女であるところも同じだ。

 花びらのような服装のデザインが少しだけ違う。


「噂通りだわ」


「本当に可愛い動物ね」


「救世主が、こんなに可愛いなんて」


 いつの間にか、十人ほどの妖精が、俺とユキの周りを飛んでいた。

 どこから出てきたのだろうか。

 住処になるような家などは見当たらない。

 妖精たちは、俺たちを興味深そうに見ている。


「獣人の女の子よ」


「耳と尻尾は、この動物と形が似ているわね」


「この人も救世主なのかしら」


 ユキは、頬を赤らめてうつむく。

 獣人と化した姿を大勢にじろじろ見られるのは恥ずかしいようだ。


「ここが妖精の国にゃ?

 国って感じでもない気がするにゃ」


 俺は、シルヴァに率直な感想を述べる。


「まあ、そうでしょうね。

 ですが、ここも、あなたが見てきた鼠の隠れ里と同様の空間なのです」


「ということは、時間の流れが違ったりするのにゃ?

 また家を空ける時間が延びてしまうにゃ」


「安心してください。

 ここの時間の流れは、外と変わりありません。

 私たち妖精の方が、時間の流れから外れているのです」


「はあ、そうなのにゃ」


 シルヴァの言った意味がわかりにくかったが、とりあえず納得した。

 今はどうでもよいことだからだ。

 鼠の化け物についてを知りたいのだ。




「では、その辺に座ってください」


 シルヴァが、俺とユキに座るように促す。

 しかし、座りやすい場所がない。

 地面には、苔むした枯れ枝や朽ちかけた落ち葉が散乱している。

 猫である俺は構わないが、ユキには座りにくい。

 ユキは、座る場所を探して辺りを見回す。

 すると、地面に変化が現れた。

 ふわふわした苔が、みるみるうちに地面を覆い尽くす。

 その苔の中からきのこが生えてくる。

 紅天狗茸べにてんぐたけに似て、色彩は毒々しく赤い。

 一瞬で巨大に成長した茸は、ちょうど人の椅子の大きさだ。

 傘の部分が平らなので座りやすそうだ。


「それでは、お言葉に甘えましてにゃ」


 ユキは、一礼して茸の椅子に腰をかける。

 俺の椅子はないが、苔だけでも柔らかくて気持ちがよい。

 立ったままだと足下が安定しないので、体を横たえる。


「お菓子でもどうぞ」


 シルヴァの仲間たちが、質素な木の皿を持ってきた。

 クッキーのような菓子が、十個ぐらいずつ盛られている。

 円形の石ころのようで、見た目はよくない。

 原料は不明だが、匂いからすると、毒はなさそうだ。

 猫の俺にとっては、クッキーだと食べづらいのが難点だろう。


「まあ、美味しうございますにゃ」


 一口食べたユキは、幸せそうな顔になる。

 ユキの表情筋を弛緩しかんさせるとは、妖精の食べ物は恐ろしい。

 俺も味わってみることにする。


「うにゃ」


 なめると、確かに美味だ。

 猫の舌でも心地よい甘さを感じる。

 肉食動物の歯では噛み砕きにくいが、無理して食べる。

 カリカリのキャットフードの大きいのだと思うことにしよう。


「お口に合ったようで嬉しいわ。

 それでは、話を始めましょう」


 これから、シルヴァが、鼠との決着の付け方を教えてくれるのだ。

 一体何を語るのだろうか。



ᓚᘏᗢ



 俺とユキの目の前の地面から普通の大きさのきのこが生えてくる。

 シルヴァが、その茸に座り、俺たちと向かい合う。


「さて、メガマウスやミニメガマウスについてですが、どうやら自然に数が減ってきているらしいのです」


「へえ、それは結構なことにゃ。

 だけど、自然に減ってきているって、どういうことにゃ?」


 俺は、苔の絨毯に寝転がったまま尋ねる。


「よくはわかっていないのですが、世界的に鼠が減ってきているとの報告が入っているのです。

 鼠が、本来あるべき数に近づいてきているようなのです」


「本来あるべき数でございますか……にゃ」


 ユキは、真剣な眼差しでシルヴァの話を聞いている。


「やはり、今までが多すぎたということなのでございますにゃ。

 しかし、なぜ鼠の本来の数がわかるのでございますにゃ?」


「何となくです」


「はあ……にゃ」


 俺は、返す言葉を失う。

 ユキも、ぽかんとした顔をしている。

 相変わらず、シルヴァの考えていることは理解しづらい。


「何となくこの世界の自然が正常な方向へ向かっているのを感じるのです。

 今まで私たち妖精の心の片隅に引っかかっていた、何かわだかまりのようなものが、少しずつ抜けてゆくような気分なのです」


「なるほどにゃ」


「さようでございますか……にゃ」


 俺とユキは、とりあえずシルヴァの発言を受け入れた。

 そうしないと、会話が先に進まない。




 シルヴァは、話を続ける。


「世界から鼠が減っている理由は、おそらくですが、ネコさんの存在です。

 この世界を修復する聖なる獣であるネコさんがこの世に存在し、何体かの鼠の怪物を倒したという実績があるだけで、この世界が自らを修復し始めたのです。

 ネコさんは、世界の自己治癒力を高める薬のようななものだったに違いありません」


「俺が薬……にゃ」


 今度は、理解できる気がした。

 女神が俺一匹だけをこの世界に投入した理由として納得できる。

 俺一匹で十分だったのだ。


「でも、鼠の化け物が、あと一匹いるらしいにゃ。

 そいつは、どうなるにゃ?

 このまま消えてなくなってしまえば助かるにゃ」


「そうもゆかないと思います」


 シルヴァの表情がこわばる。


「どうせ、そう言うと思ったにゃ。

 その最後の一匹ってのは、よっぽど強いのにゃ?」


「ええ……」


 シルヴァは、思い詰めた様子だ。

 なかなか俺の問いに答えてくれない。

 ややあって、ようやく重々しい口調で話し出す。


「私たちも、残りの怪物について、いろいろと考えました。

 その結果、あまりにも酷い結論に達してしまったのです」


 怪談のような語り口だ。

 ファンタジックなその場の雰囲気と合っていない。


「もちろん、何かの間違いだと思い、考え直そうとしました。

 ですが、何度考えても、結局、同じ結論に達してしまうのです」


 俺は、シルヴァの話し方に若干の恐怖を感じる。

 尻尾の体毛が、少し逆立つ。


「それで、その結論とは、何でございますにゃ?」


 ユキの猫耳が、横を向いている。

 恐怖心の表れだ。

 シルヴァの表情には、それだけ鬼気迫るものがある。

 周りにいる他の妖精たちも、顔が曇っている。

 何がシルヴァたちをそれほどまでに恐れさせているのだろうか。


「それは……」


 シルヴァは、言葉を詰まらせる。

 苦悶の表情を両手で覆って隠す。


 俺は、ちょっと大袈裟だなあという気がしてきた。

 シルヴァが過剰なまでに怯える理由の想像がつかない。


「早く言ってくれにゃ」


「それは……」


 シルヴァが話そうとした、その時だった。

 場を外していたルナが駆け寄ってきた。


「人間が近づいていますコン。

 この前のあの子ですコン。

 ネコさんに変身したポン太も一緒ですコン」


「サンディーがにゃ」


「ポン太がでございますにゃ」




 シルヴァ以外の妖精たちが、あたふたとあちこちを飛び回る。

 人間に不慣れらしい。

 シルヴァは、話すのを中断する。

 俺とユキは、ルナとともにサンディーたちに会いに行く。


「あっ、ネコ、本物のネコだわ」


 サンディーは、すでに森に入り込んでいた。

 倒木を飛び越えて、俺の方へ走り寄る。

 その後ろから、狸の姿に戻ったポン太が歩いてくる。


「やっぱり、本物のネコの方が、抱いた感じが気持ちいいわ」


 もふもふ。

 もふもふ。


 俺を抱き上げ、激しくモフる。


「どうせ、おいらの変身じゃ、毛並みまでは真似できないポン」


 ポン太は、やや疲れたような顔をしている。

 俺とルナを演じるのに苦労していたのだろうか。


「ユキ様……、ユキ様でありますよねポン?

 そのお姿は、一体何でありますかポン?」


 猫獣人と化したユキを見たポン太が、びっくり仰天する。

 目をこすったり大きく見開いたりして、何度もユキの姿を確かめる。

 ユキは、決まりが悪そうな様子で黙っている。


「うわあ、この人、尻尾が生えてる。

 頭にネコとおんなじような耳もある」


 サンディーが、ユキに気づいて驚きの声を上げる。

 ユキは、体をもじもじさせる。


「尻尾が動いてる。

 本物だわ」


 サンディーは、くねくねと動き続けるユキの尻尾を凝視する。

 ユキの尻尾は、感情によって動いてしまうのだ。

 意図して止めるのは難しいらしい。


「そんなに見つめないでくださいませにゃ。

 恥ずかしうございますにゃ」


「あ、しゃべった」


 サンディーは、驚いて背筋がぴんと伸びる。


「あなたは、人間なのですか?」


 礼儀正しく尋ねる。

 人間に対する礼儀は心得ているのだ。


「はい、そうでございますにゃ。

 ネの国のニッキ・ユキと申す者でございます。

 今は、故あって、このような姿になっておりますがにゃ」


 ユキは、丁寧にお辞儀をする。

 サンディーも、貴族令嬢らしい自己紹介を返す。

 ネの国の姫だとは告げなかったのに、ユキに気品を感じたらしい。

 ユキに対する態度が上品になる。


 ポン太は、戸惑いを隠せない様子だ。

 ユキと俺を指さしながら、わめくようにユキに尋ねる。


「どうしてそんな姿になったポン?

 それに、その語尾、まるでこいつみたいポン」


「話せば長くなるのでございますが……にゃ」




「……というわけにゃ」


 俺とユキは、これまでの出来事をざっと説明した。

 サンディーとポン太は、口をぽかんと開けてきいていた。


「ところで、お前たちは、どうしてこの森に来たのにゃ?

 妙にタイミングがよかった気がするにゃ」


 俺の問いに、ポン太は、意外なことを答える。


「誰かに呼ばれたような気がしたんですポン」



ᓚᘏᗢ



「誰かに呼ばれたって、どういうことにゃ?」


「よくわからないけど、そんな気がしたポン。

 でも、なんとなく森の方が気になったから来てみたポン。

 そしたら、サンディーさんもついてきてしまって……ポン」


 ポン太の横で、サンディーが、にこにこしながら頷いている。


「絶対に何かあると思っていたわ」


 面白いことに対するサンディーの嗅覚きゅうかくは優秀だ。

 ポン太に隠し通すことは難しい。


「ポン太は、ただの動物ではございませんにゃ。

 強い霊力を持った者の呼びかけを感じ取ったとしても、不思議ではございませんにゃ。

 しかし、誰であったのでございましょうにゃ?」


 ユキは、首をかしげる。


「私たちも、この方を呼んだ覚えはありませんよ」


 シルヴァが、俺たちに合流する。


「それにしても、面白い姿の動物ですね。

 もしかして、何日か前にこの辺にやってきたという……」


「そう、ポン太だポン」


 ポン太とシルヴァは、互いに挨拶と自己紹介をする。

 両者は、不思議な生物同士すぐに馴染んだ。




「うーん、何者かが呼ぶ声を聞いてこの森にいらっしゃったのですか。

 それも気になりますね」


 シルヴァは、顎に親指と人差し指を当てて考え込む。


「考えてもわからないので、先ほどの話の続きをしましょう」


 ポン太とサンディーを森の奥にある妖精の世界に案内する。

 俺たちは、また茸の椅子に座ってクッキーを食べる。


「こ、こ、こんな旨い食べ物、生まれて初めてだポン」


 ポン太は、クッキーの美味しさに大感激だった。

 目に涙を浮かべているほどだ。

 奇妙なのは、「生まれて初めて」というポン太の台詞だ。

 ポン太は、生まれてからあまり日数が経っていない。

 ユキが帰国する際に、絵を実体化する術で作られたのだから。

 大抵の食べ物は、生まれて初めてのはずだ。

 この不思議な世界では、今更指摘するほどのことでもないが。


 一方、サンディーは、特にクッキーに感激してはいない。

 普通のお菓子を食べている時と同じだ。


「なかなか美味しいわ」


 ポン太を横目に見ながら、大人っぽく一応の社交辞令を述べる。

 だが、顔に表れた残念さを隠せていない。

 ポン太ほどの感激を味わえないことが面白くないようだ。


「サンディーさんには、クッキーの味がわかりにくいのです」


 シルヴァが、俺にテレパシーで話しかける。


「人間がこの味を覚えてしまうといろいろとよくないので、人間には味を感じにくいようになっているのです」


「なるほどにゃ」


 俺は、幸せそうに食べているユキとポン太に目をやる。

 確かに美味しすぎで中毒性がある食べ物だ。

 一度味わったら、人間世界に戻りづらくなりそうだ。


「このクッキーの味をちゃんと理解できるのは、私たちのような特殊な力を持った存在だけなのです」


 人間であるユキが美味しく感じたのは、ユキに特殊な力があるからということなのだ。


「でも、ユキがこのクッキーにはまりすぎてしまったらどうするにゃ?

 俺もにゃ。

 人間の社会に戻れなくなるにゃ」


「大丈夫です。

 能力者には、依存症にならない能力もあるのです」


「はあ……にゃ」


 やはり、妖精の言う理屈は納得しづらい。


「それよりも、先ほどの話の続きですが……」




 その場にいる全員が、食べるのを中断し、シルヴァに注目する。


「最後の鼠の怪物というのは……」


 シルヴァが話し出した時だった。


「何か来る」


 突然、俺の脳内に声がした。

 その存在を忘れかけていたが、俺と同化しているヴィヴィペラの声だ。

 俺は、慌てて周囲の様子をうかがう。


「皆さん、逃げて!」


 シルヴァも、何かが迫る気配を感じたのだ。

 他の妖精たちが逃げ惑う。

 ユキは、刀のつかに手をかける。

 ルナとポン太は、緊張した様子で警戒態勢に入る。


「どうしたの?」


 サンディーだけは、状況を理解できていない。

 茸の椅子に座ったまま、きょとんとした顔をしている。


「何か凄いのが近づいてくるにゃ。

 とにかく、そこの大木の陰に隠れるにゃ」


 俺は、口でサンディーのスカートを引っ張る。


「えっ、凄いの?

 どこ、どこ?」


 逆効果になってしまった。

 サンディーは、嬉しそうに周りを見回す。


 ざざざざざっ。


 大きな動物が森の中を疾走する音だ。

 高速で俺たちの方に近づいてくる。

 もはや逃げようがない。


「ぐわあっ」


 見慣れない動物が、目の前に現れた。

 馬ほどの大きさだが、姿はライオンに似ている。

 見るからに肉食の鋭い歯が並ぶ口を大きく開き咆哮ほうこうする。

 俺とサンディーの前で立ち止まる。

 刺すような眼光で俺たちを睨む。

 俺は、戦う準備すらできない。


 さっ。


 その獣に飛びかかってきたのは、ユキだった。

 名刀カゴツルベを突き立てようとする。


 ひらりっ。


 獣は、大きさの割に身軽だった。

 ジャンプでユキの刀をかわす。

 獣人化したユキの動きも素早い。

 瞬時に体の向きを変え、空中の獣に飛びかかる。


 ばしっ。


 獣は、空中で前脚を振るう。

 巨大な肉球でユキを払いのける。


 どすっ。


 ユキの体が、何メートルも吹っ飛び、木の幹に激突する。


「うう……」


 地面に落ちたユキは、息が詰まって苦しそうだ。

 倒れたまま立ち上がることができずにいる。

 獣の爪が当たらなかったのが幸いだ。


「ぐるる」


 獣は、俺の方に歩いてくる。

 最初から俺が目当てだったらしい。

 何が目的なのだろうか。

 獣の顔が、少しずつ迫る。


 サンディーの片手が、俺の背中に触れる。

 俺に助けてもらいたいのか。

 俺を守ろうとしているのか。

 今の俺は、獣を凝視しているので、サンディーの顔は見えない。

 だが、手の震えが、俺に伝わる。


 俺は、何としてもサンディーを守らなければならない。

 戦うために意識を集中する。


「おおい、クロコッタ、待つのじゃ」


 聞き覚えのある声が、俺の集中を妨げる。

 魔女のエスメラルダだ。

 箒に乗って森の中を飛んでくる。


「何故そんなに走るのじゃ。

 おや、こんなところにネコではないか。

 なるほど、クロコッタは、ネコから何かの気を感じて駆けつけたというわけじゃな」


「お母様、クロコッタは?」


 サーナも、後から箒で飛んでくる。

 しかも、サーナの箒には、もう一人意外な人物が乗っていた。



ᓚᘏᗢ



「こんなところまで走ってきてしまうとは、驚いたぞよ。

 いきなり逃げ出したから、どうなることかと思ったぞよ」


 サーナの乗る箒の後ろには、アウラータがいた。

 留学を終え帰国している頃のはずだが、なぜここにいるのだろうか。


「クロコッタは、ただのライオンじゃないのよ。

 何をやらかすか予想もつかないわ」


 サーナは、箒に乗ったまま、心配そうにクロコッタと呼ぶ獣に近づく。


「そこにいるのは、ネコぞよ!」


 アウラータは、俺に気づいて目を輝かす。

 箒から飛び降りて、俺に駆け寄る。


 もふもふ。

 もふもふ。


「おお、相変わらず素晴らしい毛並みぞよ」


 俺を抱き上げ、久しぶりのモフりを堪能たんのうする。


「ところで、ここにネコがおるということは……」


「クロコッタが走り出したのは、このネコの存在を感じ取ったからなのじゃ。

 霊獣は霊獣の気を感じやすいのじゃ」


 エスメラルダが、アウラータに説明する。

 クロコッタは、アウラータに寄り添うようにして、おとなしくしている。

 どうやら、アウラータの飼っている動物らしい。


「すると、タマとネコは、霊獣仲間であったか」


 アウラータは、クロコッタをタマと呼んでいる。

 どうやら、クロコッタが種名で、タマが固有名なのだろう。

 本当に俺の仲間なのかは不明だが。


「この恐そうな動物は何なのにゃ?」


 俺は、声を荒らげて、俺を抱いているアウラータに尋ねる。


「おおっ、しゃべったぞよ。

 そういえば、大きくなるとしゃべれるのであったのう。

 今のそなたは、小さいままではないか」


「いろいろあってな、しゃべれるようになったにゃ」


「そうであったか。

 それで、この子のことであるが、タマという名のライオン……のはずだったのであるがの」


「ライオンじゃなくてクロコッタだったのよ。

 私たちが気づかなかったら、セタリア王国の町中で暴れてパニックが起きていたところだったわ」


 サーナは呆れ顔だ。


「クロコッタって何にゃ?」


「南方に住む、ライオンに似た霊獣じゃ。

 この姫様が、自分の国から船で連れてきたのじゃ」


「こちらへ留学に来て、妾は、レオンハルトの伝説を知ったぞよ。

 それと我が国に伝わる勇者伝説とを付き合わせて考えてみたぞよ。

 それでわかったのは、ライオンの力を得た勇者が巨大な鼠を退治するということだったぞよ」


「お前の国にもそんな伝説があるのにゃ」


「それで、妾の動物園にいるライオンをセタリア王国に貸して進ぜようと思ったぞよ。

 誰か勇者にふさわしい人物に力を与えられるのではないかとのう。

 我が国に帰ってすぐ、急いでこの子を連れて戻ってきたのであるぞよ」


「ところが、連れてきたのは、ライオンではなかったのじゃ」


「国を離れてしばらく見ない間に、ずいぶん大きく成長したと思ったぞよ。

 小さい頃は、子ライオンと変わらなかったのにのう」


 アウラータは、照れ笑いをする。


「アウラータさん……にゃ」


 倒れていたユキは、すでに起き上がっていた。

 恐る恐るクロコッタとともにいるアウラータに近寄る。


「そなたは、ユキ殿であるか?

 何か雰囲気が変わったような気がするぞよ。

 いや、そもそも何故ここに?」


 ユキと俺は、アウラータと魔女たちにも今までの出来事を話す。

 さらに、アウラータとサンディーなど、初対面の者同士で挨拶を交わす。

 短い間に急激に森の中が賑やかになってしまった。

 アウラータは、妖精やしゃべる狐や狸に驚いていたが、すぐに馴染んだ。

 サンディーと同様に、不思議なことへの順応が早い。




「すると、ユキ殿は、ネコの力を得てそのように姿になったのであるな。

 つまり、ライオンの力を得たレオンハルトと同じぞよ。

 ユキ殿こそ勇者であったのであるか。

 タマを連れてきたのは、無駄であったかもしれぬのう」


 アウラータは、獣人化したユキの体をまじまじと見つめながら話す。


「いいえ、私ごときが勇者とは、とんでもないことでございますにゃ」


 ユキは、両手を胸の前で振って否定する。


「現に、私は、このタマさんに太刀打ちできなかったのでございますにゃ」


 タマは、アウラータのそばでスフィンクスのように座っている。

 座り方は、いかにもネコ科の動物らしい。

 体が大きいので、俺が見ると本当にスフィンクスのようだ。


「まるで大人になったネコみたいです」


 タマの体を眺め回していたサンディーが言う。

 王族のアウラータが相手なので、口調が丁寧だ。


「サンディー殿、そなたもそう思うかの。

 妾も、タマとネコが親子のように似ているような気がするぞよ」


(俺って子供だったのか?

 そういえば、自分が大人なのか子供なのか、考えたことがなかったな)


「確かに、このクロコッタという動物は、ネコさんを精悍せいかんにしたような顔をしているわね」


 シルヴァも会話に加わる。


「ところで、どたばたが続いたせいでなかなか話ができなかった、最後の鼠の怪物についてですが」


「そういえば、忘れるとこだったにゃ」


 タマも含め、この場にいる全員が、森の広場でシルヴァを取り囲む。

 さらに、いたち栗鼠りすなど森に住む他の動物たちも集まってくる。

 皆、真剣な面持ちで話に耳を傾ける。




「最後に残る鼠の怪物、その正体を調べた結果、恐ろしい結論が出てしまったのです。

 それは……、それは……、この世界の創造主である女神様だったのです」


 ざわざわ。

 ざわざわ。


 話を聞いた全員が、色めき立つ。


「とんでもないことを言い出したものじゃ」


 さすがのエスメラルダも困惑の表情だ。


「元々常識の通じない妖精だと思っておったが、とうとう完全におかしくなったようじゃ」


(常識が通じないのは、自分も同じじゃないか)


 俺は、心の中でツッコミを入れる。


「女神が鼠だなんて、どうしてそんなことがわかったのよ?」


 サーナが、シルヴァを問い詰める。


「妖精たちのネットワークから得た情報を分析したのです」


「ふーん」


「おぬしたちがそう言うなら、そうなのじゃろうな。

 私らも、この世の乱れの元兇が女神じゃろうとは思っておったが」


 魔女たちは、意外と素直に納得した。

 妖精たちの情報分析能力を信用しているようだ。


 よく考えてみると、俺は、女神の明確な姿を記憶していない。

 女神であるということだけを覚えていたのだ。

 俺をこの世界に猫として転生させた女神が、鼠の親玉だったことになる。

 一体、何故なのか。

 天敵である猫を送り込む理由が謎だ。


「それは、理に合わないのではございませんかにゃ。

 創造主が鼠であると申すのであれば、鼠の敵をこの世に使わす理由がわかりませんにゃ」


 ユキが、俺と同じ疑問を述べる。


「そこが問題なのです。

 何か深い考えがおありになるのでしょうが」


「何も考えてないんじゃないかにゃ」


 俺は、冗談半分でちょっと意地の悪い発言をする。


「女神様に対して失礼ですコン」


 ルナが、俺をたしなめる。

 俺としては、冗談半分でも残りの半分は本気だったのだが。

 女神が何も考えていないからこそ、この世のバランスが乱れる。

 そう思うのが普通だ。


「これを解決するには、英雄レオンハルトの再来です」


 シルヴァは、話を続ける。


「しかし、もうレオンハルトを待つ必要はないのです。

 レオンハルトに変わる英雄たちが現れたからです」

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