勇者パーティを追放された地味な器用貧乏は、 魔王軍の女騎士とスローライフを送る
思いつきで書いてみました
「よし……確認終了っと」
僕――ゼクスは地図を畳んで、たき火のそばに座った。
勇者パーティでの夜営。僕は勇者パーティの一員で、魔王討伐の旅の途中だ。
補給地点、必要な備品、魔物の生息範囲を確認するのは僕の役目。僕たちの旅は順調だった。魔王に占領された街をいくつも解放し、魔王軍の幹部による奇襲だって何度も退けてきた。
勇者レイルは剣の手入れをしながら、仲間たちと楽しそうに笑い合っている。勇者の隣で微笑んでいるのは、聖女フィリアだ。
僕の仕事は地味で目立たない裏方だけど、それでもいい。そう思う理由はフィリアの影響が大きいかもしれない。
柔らかくて、慈愛に満ちた、誰にでも向けられる笑顔はパーティの花。僕にとっての密かな癒やしだったりする。
だけど――夜中トイレに起きた時、僕は見てしまった。
テントの陰で、二人が抱き合っているのを。
フィリアの白い指が勇者の胸元に絡んでいて、小さな囁き声が風に乗って聞こえてくる。
「――っ、……レイル様、……そんな、激し……」
「いいだろう? もう我慢出来ない。それに……みんな寝てるから問題ないさ」
いままで聞いたこともない、フィリアの甘ったるい声。
そのまま2人が天幕に入っていくのを、僕は見なかったことにした。
僕は裏方だ。
剣も魔法も中途半端な器用貧乏タイプで、戦闘ではあまり役に立たない。
だから僕は……フィリアに相手にされなくても仕方ない。
2人に割って入ることはおろか、怒る権利だってないんだ。
フィリアが勇者に惚れるのは当然の成り行きだった。
翌朝、勇者レイルが僕を呼んだ。
「ちょっと話そうか」
その声はやけに軽くて、朝ごはんのメニューでも決めるみたいなノリだった。
勇者に付いて行くと、すでに全員が集まっていた。戦士も、魔術師も、聖女であるフィリアも。
フィリアの頬は、やけに艶っぽい。いいホルモンが分泌されたんだろうな。
これだけ見つめても、もちろん僕と彼女の目があうこともない。
「ゼクス悪いけど。君、もういらないんだ」
レイルが剣を肩に担ぎながら、自然な感じで言った。
「えっ?」
あまりにも自然に言われたので一瞬、意味がわからなかった。
「君ってさ、地味なんだよ。華麗な勇者パーティに地味なやつがいたらさ、英雄譚の汚点になるだろ?」
「でも……みんなの装備を手入れしてるのは、僕で……」
「ふっ、そんなのは誰にだってできるだろ? 君と違って俺たちは選ばれた存在だ。それに――」
お前の代わりなんていくらでもいる、と言われた気分だった。
「君は戦っても目立たないしさ、正直盛り上がらないんだよ。まともに前線に立てない奴は、ここまででいい。さよならだ」
「そんな……」
誰もが気まずそうに視線を逸らす。そして……誰も否定しない。
フィリアに至ってはレイルの腕に寄り添ったまま、僕を一度も見なかった。
――なるほど、そういうことか。
「……そうだよね」
――僕は不要なんだ。
「じゃあ、出ていくよ」
背負っていた大きな荷物をおろして、自分の小さなバックを手に取った。
僕は手早く荷物をまとめると、振り返らずに森へと歩き出す。死の森と呼ばれる、誰も近づかない方向へ。
――最初から、僕は『勇者パーティ』じゃなかったんだ。
◆
死の森は、噂に聞いた通りの陰鬱な場所だった。
巨大な木々が太陽を覆い隠すようにそびえ立ち、昼間だというのに薄暗い。
「はあ……僕は彼らにとって、いったい何だったんだろう」
色濃く感じる魔物の気配と風で葉が擦れ合う音が、死の森の不気味さをより一層引き立てていた。
それでも、僕は足を止めなかった。
――いまさら引き返してどうなる? どうせ、戻る場所なんてない。
街に戻ったとしても、勇者パーティをクビになった僕の肩身はせまい。
「はは……」
正直、もうどうでもいい。多分、僕はここで死ぬ。
誰にも必要とされなくなることが、こんなに虚しいなんて知らなかったな……
しばらく森を彷徨ったけど、魔物には出くわさない。死のうとすると逆に死ねないという現実に嫌気が差してくる。
その時、物陰が動いた。それと、わずかに鉄っぽい匂いも漂ってくる。
――この匂いは……血だ。近くに魔物がいるかもしれない。
腰に下げていた剣を構えて、匂いの方へ慎重に近づいていく。
死にたいと思っていたのに、いざという時に慎重になる自分がバカバカしい。
そう思いながら匂いを辿ると、木の根本に肩で息をするように動く影が見えた。
「人……?」
漆黒の鎧を着た女性は、知らない顔じゃない――魔王軍四天王のひとり『黒鉄剣のリューシア』だった。
長い銀髪に褐色の肌。そして、気が強そうな赤い瞳。
何度も戦ってきた強敵で魔王軍の幹部。剣の腕前は勇者レイルとほぼ互角かそれ以上という恐ろしい女騎士。
――それがなぜ、こんなところで血まみれになっているんだ?
自慢の鎧は無惨に砕け、地面には刃こぼれした剣が転がっている。
僕が近づくと、相手が動いた。
「……貴様……」
彼女は焦点の定まらないような目で僕を睨み、足元の剣を拾おうとする。
だけど……動きは鈍く、息が荒い。
手に力が入らないのか、それとも距離感が掴めないのか。剣を拾うことも出来ないみたいだった。
「勇者の……仲間だな……?」
彼女は剣を拾うのを諦めたのか、おとなしく僕を見つめてくる。
「……つくづく運がないな……殺すなら、早くしろ……」
どうやら、死ぬ覚悟が決まっているようだった。
魔王軍の幹部を僕が仕留めれば、大きな功績になるだろう。勇者パーティのみんなにも、認めてもらえるかもしれない。
……でも、そんなのもう関係ない。
「なんでこんなところに……四天王『黒鉄剣のリューシア』が?」
「お前たちのせいだ……私は度重なる失敗で……魔王様に不要と判断された……見捨てられたんだよ」
「そんな……」
彼女の実力は勇者にも引けを取らないものだったはず。
まともに勇者とやり合ったなら、彼女が勝っていたと思う。そんな彼女が勇者に負け続けたのは、僕の策略のせいだ。
不利な地形に誘導したり、敵の増援と分断したり、味方のバフを最大限に利用したり。
素の実力で勝負したら僕たちは負けていた。そのくらい彼女は強い。
その彼女を……『黒鉄剣のリューシア』を不要と判断するなんて、とても信じられない。
「だが、事実だ……」
「そう……なんだ」
僕はカバンから小瓶を取り出して彼女に近づく。
「き、貴様……何を?」
「動かないで、ポーションだよ。コレひとつしか持ってないから」
僕が別れ際に持ってこれたものは少ない。ほとんどはパーティの共用物資だと言われたからだ。でもこのポーションだけは、自分で買ったものだった。
「そんな……ポーションだと……? 私は……敵だ……ぐっ……」
「僕ね……もう、勇者パーティじゃないんだ。僕も不要だっていわれたんだ」
「不要……似たもの、同士ってわけか……」
「少し、じっとしてて……」
聖女の力であるヒールや、高価な回復アイテムなんてないけど、僕には応急処置の技術がある。地味で目立たない、勇者パーティで必要とされなかった技術。
「……なぜだ?」
疑念と怒りが混じったような問いかけを無視して、応急処置を続ける。
「私は……魔族だぞ」
「うん、でも怪我してるでしょ?」
「…………」
包帯を巻いて、傷口がこれ以上広がらないようにしていく。
「くっ……」
彼女はときおり苦しそうに眉を寄せていたけれど、抵抗することなく僕の治療を受け入れた。
死のうと思って入り込んだ森の中で……元勇者パーティだった僕が、元魔王軍の幹部と出会うなんて想像もしなかった。
◆
ひととおりの治療を終えた後、僕は近くの洞窟に彼女を運び込んだ。
死の森の夜は冷える。暗くなる前に寝床を準備して夜に備えておいたほうがいい。
彼女は血を流し過ぎて衰弱している。体を冷やして低体温症にでもなったら、恐らく助からない。そうなったら、せっかくのポーションも無駄になってしまう。
「……おい貴様。なぜ、火を焚く」
リューシアが、壁に背を預けたまま鋭い視線を向けてくる。
傷は塞がっただろうけど、彼女は魔力も体力も底をついているように見える。あれじゃ、体を起こすのだってつらいはずだ。
「今の季節はまだ冷えるからね。一応、魔物よけもしてあるけど、万が一の時は僕がなんとかするよ。こうみえて罠を張るのは得意な方だから」
「正気なのか? まったくもって……理解不能だ。敵を助け、寝床の世話をし、挙句に守るだと? 貴様、本当に人間か? それとも頭が狂っているのではないか」
「ふふ、そうかもしれないね……」
目の前にいるのは悪名高い魔族の四天王……まあ、元だけど。
どうしてこうなったのか、細かいことは覚えてない。それでも僕は、怪我人を放っておくなんて出来そうにない。
夕食の支度をすべく、カバンから数枚の干し肉と小さな鍋を取り出す。
干し肉を細かく刻み、森で集めた野草やキノコと一緒に煮込んでいく。出来上がったのは簡素なスープだが、味付けにはこだわりがある。
「はい、食べて」
「なるほど……毒殺するつもりか」
「殺すつもりならポーションなんて使わないよ。それにそのスープ、僕も食べるつもりだし」
差し出された鍋をしばらく忌々しそうに見つめていた彼女だったけど、最強の女騎士も空腹には勝てなかったらしい。
「くっ……」
震える手で、おそるおそるスプーンを口に運んでいく。
「――っ!?」
口に入れた瞬間、彼女がビクッとしたのがわかった。
「……なんだ、これは!」
「え? ただのスープだけど……口に合わなかった?」
「違う…………こんな、身体の芯まで染みるような……こんな味は初めてだ」
「そう、よかった」
「美味い……魔王軍で出されるのは栄養さえ取れればいいような食事だった……だが、コレはまったく違う」
彼女はそう言うと、夢中でスープを口に運び始めた。
そんなに褒められるようなものかな? 簡単なスープなんだけど。
さっきまでの疑いの目は、いったいどこへ行ったのか?
「ふぅ~ん! 美味しいっ!!」
彼女は熱いスープをハフハフしながら夢中で頬張っていた。
あの様子じゃ僕の分のスープはないだろうな、と思ったけど……食べている姿があまりに幸せそうだったから、大人しく見守ることにした。
「うぅ~美味しかった……食べた食べた――はっ……しまった!?」
スープを完食した彼女は我に返ったのか、あからさまに顔を赤くして視線をそらした。
――もう遅いけどね。
「……勘違いするなよ。ただ、空腹だっただけだからな。き、貴様に感謝などしていないんだからなっ!」
「いいよ。口に合ったならよかった」
勇者パーティのみんなは、当たり前のように僕の料理を食べていて感想なんて言ってくれなかった。こんなに喜んで食べてくれなかった。
美味しそうに食べてくれる彼女を見ていたら、久しぶりに胸が一杯になった。
僕は彼女の隣にそっと座り、たき火の世話をする。
といっても、火のそばで木の枝を動かして弱くなりかけたたき火を整えたり、薪を追加するくらいだ。
勇者パーティでは、僕が魔物よけの香を焚いたり、装備品の調整をしていた。だから、一晩中起きて火を見守るのもよくあることだった。
薪がパチパチと爆ぜる音が、洞窟内にやけに響く。
どのくらいそうしていただろう。
視線を感じてふと横を見ると、リューシアが僕の顔をじっと見ていた。
「どうしたの?」
目が合うと、彼女は慌ててそっぽを向いてしまう。
「そ、その……貴様、本当にあの勇者たちに『不要』だと言われたのか?」
「本当だよ。地味で盛り上がらないから、英雄譚の汚点なんだって」
「なんと愚かなっ! これほど完璧に負傷者を癒やし、拠点を整える能力もある。さらに、ここまで料理上手な男を、汚点だと言ったのか?」
「うん……」
僕が答えると、彼女は膝を抱え「信じられん……」と小さな声で呟いた。
「私の国ではな……強さこそがすべてなんだ。敗北は死と同じ。だから……負け続けた私は拷問され、処刑されそうになったのだ。それで……命からがら逃げてきたんだ。武人のくせに情けないだろ?」
その横顔には、僕たちが戦ってきた「魔王軍四天王」の堂々たるオーラはない。
「私には、行くところも、頼れる人もいないんだ……」
捨てられた仔犬のような、ひどく心細げな女性の顔だった。
「そっか、じゃあ僕よりも大変だったんだね。でも、行くところがないのは僕と同じだね……」
僕がそう言うと、彼女の細い指が、そっと僕の服の袖を掴んだ。
「……なあ……私が、立ち上がれるようになるまでだけでいい。その……側に、いてくれないか?」
「え?」
「ち、違っ。こ、これは命令だ! あ……そうだ! わ、私はまだ貴様を敵だと、お、思っているからな。勝手に死なれては、その、リベンジができん……そうだろ?」
真っ赤な顔をして「命令だ」とか「リベンジ」だと言い張る彼女だったけど、瞳がウルウルしていて……まったく説得力がない。
本当にこの人、四天王だったんだよね?
でも、袖を掴むその手は、微かに震えている。
彼女が追い込まれた辛い境遇は、間違いなく事実なのだ。
◆
あれから数日が経った。
僕たちは死の森を抜けて、街外れの打ち捨てられた廃屋を拠点にしていた。
リューシアの傷は魔族だけあってか、驚異的な速度で回復している。ほぼ完治したと言っていいだろう。もう後も残っていないみたいだ。
だけど、彼女は「まだ足元がおぼつかない」と言い張って、僕が整えた廃屋に居座り続けていた。
元気よく走り回っているのに……「足元がおぼつかない」とか意味がわからなかった。
「おい……お前、何をしている?」
玄関の近くで薬草をすり潰していた僕にリューシアが声をかけてきた。
出会った時に彼女が着ていたボロボロの鎧は防具屋に売り、今はごく普通のシャツを着ている。
かつての女騎士っぽさは鳴りを潜め、どうやっても綺麗なお姉さんにしか見えない。
ぶっきらぼうな話し方は変わらないが、僕の呼び方はいつの間にか『貴様』から『お前』になっていた。
「ああ、これ? 乾燥防止の軟膏だよ。リューシアは肌が綺麗だから、保湿にどうかなって思って。傷の保湿にもいいんじゃないかな?」
僕が何気なくそう言って、彼女の腕に残った小さな切り傷に手を伸ばした時だった。
「ひゃん……!」
リューシアが飛び上がるように肩を震わせ、顔を真っ赤にした。
「い、いきなり、手をつかむな。それと……何を言うんだっ! わ、私が……き、綺麗だ……と?」
「えっ、だって本当だし。それとも魔族だから? 魔族って、みんなそんなに肌が整ってるのかな?」
「わ、わからん! 私は生まれてからずっと、剣の鍛錬しかしてこなかったんだ! は、肌なんか気にしたことないし……」
「そうなんだ……頑張ってたんだね。でも女の人は肌を大切にしてるって聞いてさ。だからリューシアのために作ってみたんだけど、嫌だったかな?」
「い、嫌じゃない! で、でもよくわからないんだ! し、仕方ないじゃないか! 周りは荒くれ者の兵士ばかりで、……お、女として扱われるなんて……初めてで、その、……どうすればいいか分からんのだ~!!」
彼女は両手で顔を覆い、指の隙間からこちらを上目遣いに睨んでくる。
魔王軍の幹部……四天王ともあろうお方が、やたら早口だ。
顔を真っ赤にしてもじもじしている……この人は本当に、僕たちが戦ってきた人間の敵『黒鉄剣のリューシア』なんだろうか?
最近は別人なんじゃないかとも思っているくらいだ。
「悪かったよ。でも、リューシアは僕にとっては女性なんだよ。敵でも幹部でも四天王でもない。……放っておけない人なんだ」
「……っ」
リューシアからコ゚クりとツバを飲んだ音が聞こえたような気がした。
でも、彼女はただ照れているだけじゃなさそうだ。なにか決意のような光が目に宿っている。
「……その、お前に、相談があるのだが」
「なに?」
「あ、えっと……料理の仕方を、私に教えてくれないだろうか……?」
「料理?」
意外な言葉に、僕は手を止めて彼女を見た。
リューシアは赤面しながら、もじもじと指先を弄りつつ、やたら早口で続ける。
「その……しばらく一緒に暮らすわけだし。いつまでもお前にばかり負担をかけるわけにはいかんだろ? それに、お前の作る料理は……その、変な魔法でもかかっているのかというくらい、落ち着くのだ。私も、同じものを作れるようになりたいっていうか……お前にも食べさせたいっていうか。なんていうか」
「そっか……」
リューシアの正直な気持ちが、素直に嬉しかった……
勇者パーティでは、僕が飯を作っても感想なんて言われなかった。ましてや料理を手伝おうという人なんていなかった。
それなのに……かつての宿敵であるリューシアが、まるで僕を肯定するように、料理を習いたいと言ってくれている。
これが嬉しくないはずがないじゃないか。
「わかった。じゃあ、まずは野菜の切り方から始めようか」
「うむ! 任せておけ! 剣を振るうのも包丁を振るうのも、同じ刃物だ。刃物の扱いは得意だ。どちらも似たようなものだろう!」
――数分後、まな板を真っ2つに切り裂いて「す、すまん……」と涙目になる彼女をなだめることになったのはいい思い出になるはずだ。
◆
勇者パーティにいた頃は、常に次の日の計画と不安でいっぱいだった。
けれど今は……隣で「ゼクス、明日はスープの作り方、教えてくれよな……」と寝言を言うリューシアが、どんな高等魔法よりも僕を安心させてくれている。
この頃には僕の呼び方は『お前』から『ゼクス』と名前呼びに変わっていた。
一緒に暮らしてわかったが、彼女はとても恥ずかしがり屋で、真っ直ぐな女性だ。
僕は、いつの間にか自分を「不要」な存在だとは思わなくなっていた。
リューシアの……彼女のためにできることをやりたいと思うようになっていたからだ。
――彼女と出会ってから数週間。
リューシアの傷は完治しているはずなのに、彼女は顔を真っ赤にして「足元がおぼつかないからっ!」と言い張っていた。
――普通に走ったり、訓練したりしているのに意味がわからない。
ただ、彼女なりの言い分があるのだろう。そう思うことにした。
2人で街へ日用品を買い出しにいった時のことだった。
市場で魚屋のおっちゃんから、ある噂話を聞くことになる。
「おい、しってるか? 勇者殿のパーティが苦戦中らしいぞ」
「え?」
「魔王軍の仕掛けた初歩的な罠に引っかかったり、魔物に囲まれて大怪我したとか聞くぞ」
「…………」
「こないだまでの快進撃が嘘みたいに停滞してるらしいぜ」
「そうなんですか……」
勇者パーティと聞くと、思い出されるのは勇者レイルや聖女フィリアの顔だ。
でも、僕の感想は「ふーん、苦戦してるんだ」程度のもので、不思議なくらいに何も感じなかった。
だけど隣に立つリューシアは違った。不安そうに僕の顔を覗き込んでいたのだ。
「おい……ゼクス。いいのか? ゼクスがいなければ、あやつらは死ぬかもしれんぞ」
「う~ん。もうどうでもいいかな? 僕は、彼らとはもう関係ないし。今は、リューシアとの時間の方が大切だよ」
「お、お前……そ、それって」
「僕は、料理を覚えたいって言ってくれたリューシアに、応えたいんだ」
僕が笑って答えると、彼女は一瞬目を見開いてから「……まあ、当然だな」と、真っ赤になった顔を隠すように下を向いた。
◆
廃屋(中は綺麗)に戻ったその夜に、突如として破られた静寂。
「――見つけたぞ、リューシア様。いや、リューシア。お前を抹殺する」
玄関前に現れたのは、魔王軍の追撃隊。リューシアを「敗北者」として処分するために放たれた、彼女のかつての部下たち。
「貴様ら……っ」
リューシアが、僕を庇うように一歩前に出る。その手に握られているのは、かつて彼女が持っていた刃こぼれした剣だ。
とはいえ僕が丹念に研ぎ直し、重心を調整しなおしてある。新品同様とはいかないけど、充分に戦えるはず。
「ゼクス、下がっていろ。……私はもう二度と失わない。お前を絶対に守る。守り抜いて、今度こそ――」
その背中が、力みすぎているのが分かった。
もちろん彼女は強い。でも、僕というお荷物を守ることで力が入り、固くなってしまっているのだ。
このままでは彼女の剣を鈍らせてしまう。
「リューシア、僕を信頼してくれ」
僕は彼女の隣に並び、奇襲を想定して仕込んでおいた罠の起動魔法を発動する。
「な……っ!?」
地面に魔法陣が現れ、噴き出した麻痺毒が追撃隊を包みこむ。
自分でも笑っちゃうくらい地味だが、これが確実に相手の動きを止める「僕の策略」だ。
「今だよ、リューシア!」
「任せろゼクスっ……うおおおっ!」
リューシアの一閃が空を切り、追撃隊を完膚なきまでに叩き伏せた。
静寂が戻った廃屋で、リューシアは荒い息をつきながら、地面に倒れたかつての部下たちを見つめていた。
やがて彼女は、にっこり微笑んで僕を振り返る。
「すまない……ゼクス。私への追手はこれからも確実に来るだろう。私は……もっと遠くへ、人里離れた地に移動するつもりだ」
だけど、その声は笑顔とかけ離れていて。震えたような、今にも泣きそうな声だった。
リューシアのこんな悲しい声は、今まで聞いたことがない。
彼女は僕に背を向け、一歩踏み出した。
「ゼクス、お前は街で暮らせ。それか勇者パーティと合流しろ。今ならまだ勇者たちも歓迎するだろう。私のような『敗北者』と一緒にいたらダメだ。お前の人生が台無しになる。お前と暮らしたこの数週間、夢のような……毎日だった――」
「リューシア!」
僕は彼女の言葉を遮り、まとめておいた大きな荷物袋を背負った。
「荷物はこんなもんでいいよね? 重いものは僕が持つから、君は周りを警戒してもらえるかな?」
リューシアが雷魔法を食らったときみたいにビクンと震えるのがわかった。
そして、ゆっくりと振り返ったときには、信じられないものを見るような目をしていた。
「ゼクス……な、何をしている……? 自分が何を言っているか分かっているのか……!?」
「分かってるよ。僕たちは互いを必要としてると思ってたけど、違うの?」
僕は彼女のそばに歩み寄って、彼女の震える手をギュッと握った。
「リューシアはまだ『足元がおぼつかない』んでしょ? そしたら君がどこへ行こうと、僕が必要だよね? ……側にいてくれっていったのはリューシアだもん。1人で行かせるわけないじゃん」
「――っ、……あ、……う……」
リューシアの赤い瞳から涙がポロポロとこぼれていく。
彼女はいつものように顔を真っ赤にして、僕の手を握り返すと、やっぱり早口で言った。
「……こ、後悔しても、知らんぞっ! い、一生、私は足元がおぼつかないからな! なおらないんだ。持病みたいなもんだ! これもぜんぶ、ゼクスのせいだからな! お、お前には責任取ってもらう……からな……」
「やっぱり、リューシアはそうじゃなくっちゃね」
「なんだよ、バカにしてるのか!?」
「ううん、別に」
「はっきり言えよ……」
「うーん、やだ」
朝日が木々の隙間から差し込んでくる。
「じゃあ、行こうか」
「まったく、お前ってやつは……」
僕たちは振り返らずに、新しい居場所を探して歩き出した。
僕に必要なのは勇者パーティでも、街の人間でもない。
僕を必要としてくれた、強くて真っ直ぐで、すぐに真っ赤になる不器用な女の子だ。
そう、リューシアがいれば……他に何もいらない。




