妹には婚約者より好きな人がいるらしい
「シャノンには俺より好きな人がいるのですが、そのことでシャノンの姉であるフィオナ嬢、貴方に相談があります」
「そ、相談も何もわたし初耳なんですけれど……」
妹の婚約者であるランス様からの唐突な申し出にわたしは困惑した。
ちなみに現在は立食パーティー中だ。
先ほどまでは妹のシャノンとわたしと、妹の婚約者であるランス様とわたしの婚約者であるクレイグ様の4人で歓談していた。
けれどシャノンはお手あら――お花摘みにいって、
クレイグ様が「豚さんとか残ってたから食べに行ってくるね」と食べ物があるテーブルに行ってしまった。
我が婚約者ながら豚にさん付けって可愛らしい呼び方をしますのね……最近、領地の酪農家に視察に行ったからそこで何かあったのかしら?
天性の人たらしだから領民ととても仲が良い方なのよね。でも食べる対象にもさん付けはちょっと怖いけれども。
統治とかはあまり得意じゃないけれど、彼の兄がそれは得意分野らしいから問題はないみたい。
クレイグ様が領民とたくさん関わってきて「今日はこんなことがあったんだよ」とばかりに話す内容を、彼の兄が聞いて領地の状況を細かく把握して統治に活かしていくという形みたい。
クレイグ様には野心も贅沢とかには興味無くて「兄上はおれに『次はこんなところ行って来たらどうだ?』っていい所教えてくれんだー」とニコニコ笑っていらっしゃるし、
その兄も「たとえ、統治はからっきしでも俺がやるからいい。あの人懐っこさで色々聞き出して、率直に報告してくれた方が、下手に調査人を派遣するよりも労力もコストも質も良い」と言い切ってる。
ちょっと婚約者が家族に利用されているように見えるけど、本人も楽しそうだし、損していないのでこれは許そう。本当にわたしの婚約者ってバ可愛――いけない、現実逃避してたわ。
ランス様の口から出た内容があまりにも衝撃的なものだったから。
あのとても優しくて、とても愛らしくて、清楚で完璧な妹が!
婚約者がいるにも関わらず他の方にうつつをぬかし、なおかつそれを婚約者であるランス様に気づかれるだなんて情報を耳にして頭が混乱してしまったわ。
まったくそんなことあり得ないのに。侮辱にも程がありますわ。
「あのシャノンに婚約者であるランス様より好きな殿方がいらっしゃるなんてあり得ませんわ」
だって毎度毎度会うたびに頬を染めながらわたしに惚気てくるんですもの。
わたしは目の前のこいつにどこにそんな頬を染める要素があるのかと疑問に思いつつも、頬を染めているシャノンが可愛らしいからいいかと思って、話を聞いている。
わたしだったら絶対、目の前の食えない男を婚約者にしようだなんて考えない。
けれどシャノンは女神のように穢れを知らないから「素敵なお方」と慕っている。
そんなシャノンを疑うなんて、頭がどうかしていらっしゃるのでは?
そう睨みつけてやれば、
「ええ、男の中では一番の自信はありますよ」
はっ倒してやろうかしら、この男。
確かにシャノンが貴方のことを一番慕っていらっしゃるのは、わたしも承知しておりますし、今だって自分からそのような内容を申し上げましたとも。
だけれど、改めて目の前の男にこうもはっきり言われると腹が立つのだ。
理不尽なことこの上ないかもしれないけれど、わたしの大事な妹を独占しようとするのだから、敵でしかない。
「それなら、よかったではありませんか」
「けれど、そういった枠組みなしの場合、一番になれる自信がないのですよ」
「何をおっしゃりたいんです?」
意味深にそう言うものだから、わたしはつい口調で質問をする。
「おや、ご存じでない?」
「何をですか?」
「シャノンは毎回、俺に会うたびにある人のことを話されるんですよ」
ある人……見当がつきませんわ。
だって、わたしといるときはいつも、本当にいっつも、目の前の金髪頭の話をされるんだもの。
もう耳にタコができる程にね。
でもシャノンがキラキラした顔をしているのが可愛いし、会話の内容からシャノン成分も接種出来るから別にいいわ。
そんな、わたしが断言する。シャノンの一番は、目の前のこいつ、ランス様だと。
「いえいえ、そんな卑下をなさらないで、シャノンにとってランス様がきっと一番ですわ」
こんな考えてることがよく分からない奴との無駄な会話を早めに切り上げたくて、そう投げやりに言えば、奴は「そっか、そうだよなあ」と何故か勝ち誇ったように口にする。
なんか腹立ちますわね。だから、わたしはこいつが嫌いですの。
例え、社交界では、その金髪と嘘みたいな色した金の瞳の容姿や、数々の賞で金賞を取る才能から、国の金の宝だなんて言われようが。
性格が難あり、癖ありの、心激狭の小悪党なんですもの。
「いやぁ、いっつもシャノンにはフィオナ嬢の話をされるものでな。でもそのフィオナ嬢がシャノンにとって俺は一番だとのことだから、間違いないな!」
だからっ、わたしはこいつが嫌いですの!
「前言撤回させて頂きます? 大事な婚約者様の前でも姉であるわたしの名前をそんなに気にされるほど、出すってことはわたしが一番に間違いないですわ」
「いやあそうだよなあ。やっぱシャノンにと俺が一番だよなあ」
「前言撤回って言いましたよね」
「うんうん、それもそのはずだよな。目の前のちんちくりんでキーキーやかましい女の話が良く出るのも、物珍しい生き物を報告したいだけだよな」
「誰が物珍しい生き物ですか」
「いやあ、やっぱ俺みたいな存在がシャノンの一番に相応しいわ」
性格が三日間大雨が降った後のドブですわ。
滅茶苦茶ナルシストな上、口が悪くて粗暴だなんて最悪ですわ。そんな存在がシャノンに相応しいですって、これ以上酷い侮辱はなくてよ。
こちらも反撃と常日頃からもっている疑問をぶつけなければ。
怒りでひきつりそうになりながらも、わたしは必至で笑顔を作る。
「あら頭でも打たれましたか?
いえ、普段から頭を打ったか、悪魔が入り込んでいるような性格をされてますものね。
ほんっと、あのクレイグ様のお兄様とは思えない程の心の濁りようですもの。
きっと悪魔が乗り移っているんですわ」
いやっ、目の前の腹黒うすらとんかちの悪魔野郎が、
わたしの愛らしい妹、シャノンの婚約者であるだけでなくっ、
わたしの純粋無垢で天使様みたいな婚約者、クレイグ様の実兄だなんて信じられないですわ!
優しいお母様のお腹の中に、謙虚さと良心と純粋さを置いて行ったのかしら……それなら、クレイグ様があんなに無邪気なのも分かりますわ。
「いや、そっちこそシャノンの実の姉とは思えない程、苛烈で直情的だ。
脳筋姫だなんていわれる馬鹿が、義理の家族になるだなんて頭を抱えたくなるね。
すぐ化けの皮がはがれるし」
演技臭いため息とともに吐かれる言葉は、確実にこちらに対しての煽りですわ。
わたしに喧嘩売る気があるようなら、百倍にして買ってやりますの。
「はがしてくる奴がいけしゃあしゃあとなんですの。ひょろがり野郎、表出ろ」
「ほぉら、すぐに武力に訴えてくる。武術大会優勝者が国一番の研究者相手に喧嘩を売るだなんてみっともない。人とは思えない野蛮さだね」
年不相応に舌を出してくる未来の義弟?義兄?を認めたくないですの。
「たとえこの国一番の研究者だとしても、性格ドブカス腹黒野郎にはなりたくないですわ。
その根性を叩き直してあげるわたしに感謝して欲しいくらいですわ」
このくそ餓鬼がっ! 何度わたしが直接武術でしごいてやるって思ったことか!
***
髪と目が金ぴかの兄上と銀ぴかの婚約者が、いつも通りけんかしているのを見て、思わずため息がでる。
「あら、クレイグ様。どうなさったの?」
そんなところ、兄の婚約者であり、フィオナの妹である、シャノンが話しかけてくる。
「うんとね、兄上とフィオナがおしゃべりしてるからはなれてるの」
「そうでしたの。相変わらずあの二人は相性が良いんだか、悪いんだか、分かりませんわ」
うーん、良いとは思わないけどなぁ。
相手の悪いところ言い合ってるし、どっちも素敵な人なのになぁ。
すっごいユウシュウだしね。兄上は頭がいいし、フィオナは強いんだ。
「君のアドバイス通り、兄上とフィオナのいいところをお互いにたくさん話したんだけど、あんま印象変わんないや。なんで上手くいかないんだろう」
以前、目の前の真っ白な髪をした少女にアドバイスをもらった時には名案ってやつだって思ったのにな。
二人とも、おれとシャノンがいるときには仲いいんだけど、いなくなったら兄上がフィオナをチョウハツするし、フィオナは兄上のことをひょろがりって見下すんだ。
だから、お互いに相手のいいところをいっぱい教えてみたのに上手くいかないな。
そう失敗したと口にすると、シャノンは何故かうなずく。
「あの二人は性格は似ていて、でも得意分野が違いすぎるから、同族嫌悪と憧れや嫉妬、その他様々な感情をお互いに抱きやすいのですわ……ライバル関係良いですわね」
「……………」
なんかよくわからないけど、シャノンが兄上とフィオナが仲悪そうなのうきうきしてるのは伝わる。
なんでかわからないけど楽しんでる。
「私はあの二人のことが大好きですわ。だから大好きな二人の鋼鉄みたいな自信と強気さのぶつかり合いが好きですわ」
んっと、アドバイス求める相手まちがえた気がする。
あと、なんとなくだけど、おれも利用されている気がする。
兄上みたいにかしこくないから理屈っていうやつまではわかんないけど、なんとなくそれはわかるよ。利用されてるってわかっても、別におれに害がなければいいんだけどさ。
なんていうか……今回のは気に食わないなぁ。
兄上とフィオナの仲良しが遠のいているし。
シャノンのこういう性格なん言ったらいいんだっけ。でも兄上とフィオナが言い合ってるようなのはよくないから柔らかい言葉で言おう。
「……おれ、君が一番いい性格してると思う」
「あらほめて下さるの?」
「おれ、バカだから言葉の使い方まちがったかなぁ……」
「いや合ってますわ」
そんなきっぱり言われてもなぁ。
おれ、どうすればいいんだろう。
でも、さっきのシャノンの言葉を兄上やフィオナに伝えたらどうなるかな……ううん、だれも得しなそう。
「そっかぁ、今さ、君の今の言葉を二人に伝えてみようかなって思ったんだけどさ」
「あら」
「なんか二人がどんな受け止め方しても大変なことになる気がするから、言わない」
「賢明ですわね」
うん、やっぱりシャノンの反応的にもさっきのことは誰にも、いや牧場の牛さんくらいには言ってもいいかも。でも、人間には言わない方が良さそうだ。あと兄上のほうは知ってるかもしれないし。
だけど、このまま放っておくのも、何も言わないでおくのももやもやするからなぁ。
そう考えなおして、おれは「シャノン」と声をかける。
こちらを見る、銀のひとみはフィオナと同じ色をしてる。
でも、なんというかシャノンは兄上のほうに似てるなあってよく思う。
でも兄上に似てるなら、なおさらイヤなことはイヤって言った方がいいな。
「けんめい? が何か分からないけど。でもあんま兄さんとフィオナをいじらないでね。二人ともおれの大事な人たちなんだから」
彼女はびっくりしたような顔をする。
うん、やっぱり兄上に似てる。
兄上に友だちの村人のことを裏でもバカって言わないで、彼らは野菜とか動物のことをとっても知ってるんだって言った時の顔そっくり。
「………………勿論ほどほどにしますわ。壊す趣味はございませんし、お二人の元気な姿がわたしも好きですわ」
「うん、それならよかった」
うん、やっぱり伝わった。よかったなぁと満足していると「クレイグ様」と名前を呼ばれる。
「あと、あなた頭はよくないけど愚者ではないのね。とても真っすぐで姉様の婚約者が貴方で良かったわ」
「おれも君のそのひん曲がったところ、兄上にぴったりだと思う。あと自分がなんだかんだ一番好きなのもそっくり」
読んで下さりありがとうございました。