手鞠
後書きに挿し絵があります
あるときスイは、神社の境内で遊んでいる子供たちがとても楽しそうなので、混じって遊びたくなりました。とうとう思いきって声を掛けます。
「いれて」
手まりを持っていた女の子が、ニコッと笑って、
「いいよ! 遊ぼう」
と言いました。
手まりが宙を舞いながらみんなの手を行ったり来たりします。そうして遊ぶうち、皆と仲良くなりました。
「名前は、なんて言うの? 私はまり子」
「僕はスイ」
「スイ、今度は『だるまさんが転んだ』をしよう」
新緑の風が吹き抜けて、御神木の葉がさわさわと揺れます。まるで、見守りながら微笑んでいるようでした。
そのうちに灰色の雲が湧いてきて、ぽつり、ぽつりと雨が降って来ます。あっという間に本降りになり、子供たちは、わーっと帰って行きます。
「お雷さま雨だ! おれ、帰るね」
「私も帰る。またね!」
「じゃあね! さよなら」
蜘蛛の子を散らすようにそれぞれの家へ走って行く背を見送って、スイは一人立ちすくんでいました。雨に濡れて藍染の雨絣の着物が濃い色に変わって行きます。
彼は、ふと木の根元に手まりが落ちているのを見つけましたので、近づいて拾い上げます。蝶の模様の色鮮やかな手まりを濡れないように大事に抱え込みました。
ぽたぽたと雫が袖を濡らしますが、雨ではありません。スイの硝子玉のような銀色の瞳の縁から零れ落ちたのです。
「もっと遊びたかったのに」
ふと、目の端に赤いものがひらりと見えて、そちらを見ると赤い着物を着たおかっぱの女の子がいました。頭には蝶の髪飾りを付けています。
「スイ、手まりを拾ってくれて、ありがとう。おかげで、濡れずにすんだわ」
彼女は、向こう側の草むらが透けて見えていました。
「君は、付喪神なの?」
「そうよ、まり子ちゃんのおばあちゃんが心を込めて作ってくれたから、付喪神になったのよ。まり子ちゃんとはずっと一緒だったのに、忘れられちゃった」
手鞠はとても悲しそうに俯きます。
「付喪神になるくらいに大切にされていたのなら、きっと迎えに来てくれるよ。僕も一緒に待っているよ」
スイは手まりを持って、無人のお堂の方へいどうしました。高い木の下は雷が落ちるかも知れないからです。手まりも付いてきました。
庇の下の、木の階段の一番下に二人は並んで腰掛けて雨宿りします。手まりは少し落ち着いたらしく、まり子ちゃんと遊んだ思い出や、勢い余って縁の下に転がり込んだとき、薄暗くてとても怖かったけれど、箒の柄を使ってまり子ちゃんが何とか救いだしてくれた時のことを話しました。
それから、スイに色々と尋ねます。
「スイはお家に帰らないの?」
「僕は、妖者だから、家は無いんだ。僕が行くところ、どこにでも小さな雨雲が付いてくるから、同じ場所にはいられないんだ。雨の無い所を目指して旅をしている」
「へえ、すごいのね。私はほとんど家のなかか、近所で飛び跳ねるくらいよ。旅は、どんなところに行ったの?」
「地名は分からないけれど、あの世とこの世の境の道を通って近道をするんだ。山だったり海の近くだったり、人が多かったり少なかったり、いろんな所へ行ったよ」
「どんなにか、楽しいでしょうね」
様々な景色を見るのは確かに物珍しいけれど、楽しかったような記憶はあまりありませんでした。
「手まりは、旅に出たいの?」
「旅をしてみたいとは思うわ。でも、まり子ちゃんと一緒がいいな」
雨はやがて小降りになり、雷も止みました。さらさらと降る中を、傘を差して誰かが小走りにやって来ます。
「あ、まり子ちゃんだ。おーい!」
手まりが嬉しそうに手を振ります。
手まりにそっくりな女の子がスイの前に来てはにかみながら手まりを受け取り、落とさないようにしっかりと抱き締めながら帰って行きました。
スイはそれを見送ると立ち上がり、淡いの扉の向こうへ消えました。後には、水田の水面に波紋を残して行くアメンボと、ケロケロと嬉しそうに鳴く雨蛙の声。そして、静かに佇む御神木のそよぐ葉からぱらぱらと雨滴が落ちて、キラキラと光るのでした。




