北風小僧
半纏を着た人の子が日陰から残り雪をかき集めて丸めています。でこぼこで、煤けて、枯れ草なんかが混じっている雪だまを二つ重ねれば、握りこぶし二つ分の小さな雪だるまの頭と胴体が出来ました。
その子はそれから南天や石ころを拾って来て目と鼻の部分に付け、さらに小枝を胴体の両脇に差して腕にしますと、完成した雪だるまをじっと見つめてなにやら話しかけた後、その隣に串団子ほどの小さな雪だるまを幾つか作りました。
空は晴れて青空が広がり、日が高くなる頃には雪はほとんど溶けてしまうでしょう。
雲を連れてきても、降るのは雨になりそうな気温でした。
「北風小僧が追いかけている雪だるまって、あんな感じ?」
『あんなに小さくはないのよ。人と同じくらいの大きさで、沢山いて、雪の船も大きいのよ。百人くらいは乗れそうな感じよ』
「へえ! そいつは、すごいや。そんなのが空を飛んでいるとなると、きっと壮観なんだろうなあ」
「そもそも、どうしてその船を追いかけているのか、聞いてもいい?」
『うん。それはね、北風小僧のお兄ちゃんが、毎年、帆に風を当てて空に浮かせる係だからなのよ。
きっかけは、雪まつりで立派な船と雪だるまの海賊船があったのを見つけて、空に走らせたら楽しそうだって思って始めたらしいのよ。
でも、今年は走らせるだけじゃなくて、自分も乗りたいなって、お兄ちゃんは複雑で無茶な風の起こし方をして、暫く放っておいても落ちないようにしたの。でも、勢いが良すぎて乗り込み損ねちゃったの。
それを一緒に追いかけているうちに、迷子になっちゃったのよ』
「なるほどね。毎年船を飛ばしていたなんて、知らなかったなあ。僕は雪まつりをするほど雪の降る土地に、冬にあまり行ったことがないから、それで見逃してしまっていたのかもしれない」
「雪の海賊船だって? 面白そう。おれも乗りたいな」
「僕も乗りたい。それはそうと、風を起こして随分と遠くまで来たものだね。今は、どこいらへんに飛んでいるんだろう?」
「どこにいるとしてもさ、北風小僧も灰雪が迷子になったことにはそろそろ気づく頃なんじゃないか?」
『ぼくは迷子じゃないのよ。お兄ちゃんが迷子なのよ』
「わかった、わかった。とにかく、じっとしていても仕方ないから、手分けして探そうぜ。おれは空から探してみる」
「うん。じゃあ、僕はあちこち移動しながら聞き込みをしよう。珍しい雪の船なんて、きっと目撃者がいるはずだから」
彩はふうわりと高く浮かび上がり、遥か彼方を見やりました。
「何か見えるかい?」
スイが呼び掛けてみましたが、ふるりと横に揺れ、それが人が頭を横に振る様子を思わせます。そのまま風に乗って飛んでいきますので、スイは予定通り二手に別れて歩きだしました。
灰雪に纏わせている空気の層が解けないように常にほんの少しの気を分けながら、肩の上に乗せています。落としていないか時々気配を確認しながら歩きます。
普通の人はきっと、妖術か何かが掛けられている空飛ぶ船なんて見える人の方が少ないだろうな、と思いましたから、近くにあやかし者でもいたら話しかけようと考えていました。
歩くうちに日が傾き、空が曇りはじめ、冷たい風がだんだんと強く吹いてきました。
これは、探さなくても迎えが来たのかもしれないぞ。
そう感じながらも、迷子の雪の子の居場所をどうやって伝えたら良いか解りません。
そんなとき、墓場の横を通りかかったのです。
誰そ彼時でした。
「あ、鬼火だ」
夜が迫り納戸色に褪せた景色の中に浮かび上がる青白い火の玉は、ゆらゆらと輪郭を揺らめかせながらふらふらと彷徨っています。
スイは気分が上がり、うきうきしながら近づいていきました。しかし、それが失敗だったのです。
青白く大人しそうに見えた鬼火は、たちまち緑、橙と色を変え、幾つにも分裂して威嚇するように周囲に散らばりました。
「あ、失礼しました。お休みのところ、お騒がせしまして。僕はちょっと通りかかっただけなんです。出来たら、お話ししてみたいな、なんて思っただけで。何も、敵意はありませんので、どうぞ、お静まりください――」
『ひーっひっひ……ひひひ……』
ケタケタと、不気味な笑い声が墓の後ろから聞こえて来て、スイはびくりとなり、背筋に悪寒が走りました。それは、とても狂気的な笑い方で、いつまでも止む様子がありません。
このままいつまでも聞いていたら気が狂いそうです。彩が止めていた理由が今になってよく分かりました。
「あ、ちょっとそういう気分じゃなかったようですね。僕は立ち去ります、さようなら、さようなら。追って来ないでくださいね」
そして、刺激しないように後退り、踵をかえそうとしたところで、笑い声がいっそう高まり、耳が痛くなりました。同時に沢山の散らばっていた鬼火が、一斉にこちらに向かって飛んできたではありませんか!
「だから、追って来ないでってば~!!」
灰雪が鬼火に溶かされないように、咄嗟に掌に包み込み懐に入れました。その時指先に当たったお札を取り出し、念じて結界を張ります。
円を描くように取り囲まれましたが、触れられることはありません。攻撃してきても当たらず、熱くも痒くもありませんが、だんだんと空気が熱を帯びて来たようです。
どうしよう、灰雪が溶けてしまう。
次の行動を早く決めなければと焦っている時、空から聞き馴染みのある声が降ってきました。
「おおーい! スイ! 船を見つけたぞー! こっちの方へ飛んで来てる!」
「こっちにこないで! 危ないから!」
「なにをやっているんだよ? おお、随分友達が出来たじゃないか?」
「これが、仲良くしている風に見える? だとしたら、とんだ天邪鬼だよ」
『ひーっひっひ……』
「え、もしかして本当に天邪鬼?」
『チガウヨ……』
「あ、そう……」
「やっぱり言わんこっちゃない。こうなるかもしれないって、わかってた。」
彩が持ってきてくれたせっかくの朗報も、今はそれどころじゃない。他にお札は無いし、どうにか道を作って逃げないと。
「仕方ないな、俺が説得してやるよ」
「来ちゃだめだ! 彩!」
止める声にも耳を貸さず、スイを助けようと近づいて来る相棒に、火の粉が飛びます。
あわや、というところで避けたので無事でしたが、意思のある火は後を追いかけます。
彩が燃やされてしまう! 僕が無茶をしたばかりに。
何とかしなきゃ。
仙術を使うため、意識を研ぎ澄ませます。
丹田から気を全身に巡らせて、掌へ集め、放つ。それで出来た隙間から、火囲いを突破しました。
「彩ー!」
そのとき、空から冷たい風が吹き付けて、雲を白浪のようにかき分けながら現れた雪の塊。
どーん!
と目の前に着陸したのは大きな白い鯨かと見紛う大きな雪の船でした。
雲間から差し込む月明かりに照らされて、キラキラと輝いています。
渦巻く風に鬼火は弱り、たちまち凍りつきました。
それを見て、スイと彩はほっとしたものの、少し可哀想になりました。
「春には溶けるべ」
「お兄ちゃん!」
船の舳先に立っていた若者がこともなげにそう言うと、声を聞き付けて灰雪が懐から飛び出しました。
「おかえり、シンお兄ちゃん。もう、迷子になったらだめだよ」
「迷子は、お前の方だべさ。まあ、無事で良かった。船はいたましいことになったけど。ただいま、灰雪」
灰雪は、北風小僧の雪色の羽織の中に飛び込みました。
「あ、この度は俺の友達を拾ってくれて有り難うございました。どうもはじめまして、俺は北風小僧のシンです」
キリリとした眉の若者はこちらを真っ直ぐ向いてそう言い、頭をさげました。つられて、スイと彩もお辞儀を返して自己紹介をします。
それから、あっという間に仲良くなりました。
鬼火にも、いろんな鬼火がいると思います。話の分かる鬼火もきっといる。諦めないで! スイ。
「もう、こりごりだよ」




