どんど焼き
「なあ、スイ。あれを見なよ。野っ原の真ん中で、火がごうごうと燃えているぜ。恐ろしいな、竜みたいに立ち上っているじゃないか。それなのに、人間たちは呑気に集まって見ているだけだ」
冬の田んぼの真ん中で、橙色の炎がパチパチと音をたてながら燃え上がっています。大木のように高く、夜空までも照らさんと。それを取り囲むように人々が集まって、黒い影をそれぞれに長く後ろへと伸ばしていました。
「あれは、どんど焼きっていうものらしいよ。やぐらを組んで、お正月飾りやらしめ縄なんかをお焚き上げするそうだ。以前にも、見たことがある」
スイは彩と共に、暖かそうなその火に引き寄せられるように近づいていきました。人々は楽しげに笑いさざめきながらどんど焼きを見守っています。
夕陽が山の向こうに眠りについても、その残り火のように眩しく光る炎の竜は、乾燥していたためか、ほんの僅かな時間で燃え尽きてしまいました。
黒と白の灰から立ち上る煙と、チカチカと散らばって燻る最後の火を棒でつついたり、芋を取り出す大人たちや、周りで走り回る子供たちに背を向けて、スイはそこを離れました。
「残念だな。暖まる暇もなかったや。仕方ない、あやかし通りで鬼火でも探そう。それで、当たらせてもらう」
「鬼火って暖かいの?」
「多分」
「多分って、なにさ。当たったことはないの」
「無いけれど、前から興味があったんだよね。あの炎は熱いのか、それとも冷たいのか? 何かが燃えているなら、熱いはずなんだけれど」
「やめなよ、下手に近づかない方がいいよ。危険だよ。怨念かなにかだっていう話じゃないか。取り憑かれたらどうするんだよ」
「その時は、その時さ」
彩は、愕然としてスイの手から飛び出して、パサリと地面に倒れました。
「彩、どうしたの?」
「『どうしたの』はこっちの台詞だよ。今まで、怖いからって言って、他の得たいの知れないあやかし者たちとはなるべく関わり合いにならないように避けていたじゃないか。それが、わざわざ自分から面倒ごとに突っ込んで行こうだなんて。どうしたんだよ、一体。心境の変化でもあったの?」
スイはチラリと振り返り、火の始末を終えた人々が寄り添いながら家路につく様子を眺めました。その口許には微かに笑みが浮かんでいます。
「寒い時に寄り添ってくれる誰かが居るって、良いよなって思ってね。それが、暖かいやつなら、尚良い」
彩は、とたんに飛び上がり、スイをつつきだしました。
「あ痛! やめて、やめろったら」
「俺がいるし! なんだよ、暖かくないと、駄目なのかよ。スイの馬鹿!」
「いたたた! ごめん、ごめんって! わかっているよ、一番の親友は彩だから。それは、変わらないよ」
それを聞いて、つんつん攻撃はようやく止みました。腕や頭を擦るスイの横でくるり、くるりと回りながら、彩は鼻を鳴らしました。
スイは、鼻も無いのにどこが鳴っているのだろう? とぼんやりと思いましたが、そもそも目も口も無いただの傘が見たり喋っているのだから、今更だと気がつきました。
ただの傘でも、口調や雰囲気で表情まで見えてくるような気がするので、不思議なものです。
「ふん……! 仕方ないな。まあ、スイが友達を増やしたいってんなら、協力してやらないでもないぞ」
「本当?」
「スイが、案外寂しがり屋だってことは、知っているんだ。おれとはぐれたときなんか、この世の終わりみたいに、暗い顔をしていたじゃないか」
「そんな顔、してない。それに、彩に出会うまでは、長い間ずっと一人で旅をしていたんだから、孤独は慣れているよ」
「ふーん?」
「な、なんだよその顔」
「別に。まあ、周りが賑やかになるのは、大歓迎さ。さあ、さっさと行こうぜ」
先導するようにふわりと浮かぶ彩は、ふと立ち止まり、振り返りました。
「そういえば、人間の友達は作らないのかい?」
スイも立ち止まり、頬をちょっと掻き目を反らしました。
「人と関わり合うのは、敷居が高いと言うか、なんと言うか……」
「おれからしてみれば、あやかし者の方が難しいし、恐いと思うんだけれど……。まあ、良いか! スイがやってみたいなら、応援するさ。沢山友達を作ったら良いぜ。そうだ、最終的には百鬼夜行を目指すってのはどうだ?」
スイは、慌ててわさわさと手を振りました。
「とんでもない! そこまではしないよ。ていうか、出来ないよ。それが出来るのは、力のあるあやかし者だもの」
「なんだ、残念。でも、案外いけるかもしれないぜ。修行すればな。力の強いあやかし者にも、勝てるかもしれない。ほら、いつか、天狗にも誘われていただろう。素質はあるんだよ」
「そうだとしても、戦う気はないの。そもそも、争い事は嫌いだし。僕は、心穏やかに過ごせる友達が居たら良いなと思っているだけだからね」
「あとは、寂しい時に話し相手になってくれたり、寒い時に暖めてくれたりな」
にやり、と笑う親友に、スイは苦笑をこぼしました。
「なんだか、自分にとって都合の良いやつを集めている、駄目なやつに思えてきたよ」
「別に、気にするなよ。まあ、確かに、恩恵が一方通行じゃ、そのうち、相手が愛想を尽かして去っていくだろうな。友達になりたきゃ、与えられるだけじゃ駄目さ」
「あの、彩はさ、僕と居て、何か得がある?」
「もちろん、あるさ。沢山ある。まず、一緒に旅が出来るだろ? それから、話し相手になってもくれるし、雨の日は、役に立てて嬉しいし。あとは、まあ、色々と」
スイは頬が火照り、胸の内側から暖かくなるような心地でした。思わずふふふと笑います。
「僕も、彩が居てくれて、随分と助かっているよ」
「だろうね。おれは、優秀な傘だからな! ってことで、なんとかなるだろ。そうだ、夏にはひんやり涼しい友達を作ろうぜ。それから――」
それから、二人はこれから出会うかもしれない未知の友達について、夜通し語り合いましたとさ。
後には、煙が流れて消えた後の澄みきった夜空に、星々がちらちらと小さな炎を灯していました。
平野を吹きわたる寒風が強まるとやがて雲を運んで来て、夜のうちに辺りを一面の白銀の化粧をほどこすのでしょう。
小さな二人は、その前に淡いの扉の向こうへと姿を消しました。




