スイとコウスケ
夕暮れの空 涼やかな風
光助は幽かに雨のにおいを感じとる
懐かしい けれど雷を思い出して身震いする
魂が分かたれたあの日 思い出す度に心の隙間に風が吹く
僕は何かを忘れてしまったのじゃなかろうか そんな物思いに耽りながら星影の現れ始めた道を辿る
家族が待っている
レンは、ドングリで作ってある独楽や、竹で作ったヤジロベエや鳥笛や、汽車などを抱えてきました。
「おじいちゃんが作ってくれたんだ」
渡された独楽を回して見ると、くるくると回りましたが、すぐに倒れてしまいました。
「こうやるんだよ」
レンが、嬉しそうにコツを教えてくれます。
独楽は、踊るように回りました。
見ているうちに、昔、コウスケが同じように遊んでいる光景が目蓋の裏に過り、懐かしい気持ちになりました。
『スイ、これは、お父さんが作ってくれた竹の船なんだよ』
小さな船を、桶にそっと浮かべてくれたものです。
「光助は、まだ帰ってこないねえ」
おばあさんが言うと、見計らったかのように帰って来ましたので、
「噂をすれば影だな」
と、おじいさんは笑いました。
「レンは!?」
光助は、帰る途中で行き合った村人に今日の出来事を知らされて、とたんに血相を変えて大急ぎで帰って来ました。
息を切らしながらそう尋ね、元気に遊んでいる息子の姿を目に留めると、ほっとして上がり框に座り込みました。
「お帰りなさい、あなた」
「ただいま。遅くなってすまない。仕事帰りに、レンが神隠しに遭ったと聞いて、飛んで帰って来たよ。無事だったんだな」
「ええ、村の方々も探してくださってね。後でお礼をしなければ」
「そうだな。ところで、その子は?」
しのさんは、これまでのことを話しました。この少年が、神隠しに遭った息子を助けてくれたこと、半妖半仙であること、そして、雨降り小僧であること。
「名前は、スイというそうです」
「スイ……」
光助は、記憶の底に、きらりと何かが見えた気がしました。
遠い日の初夏の思い出……。
「さあさ、ご飯にしましょう。皆、お腹がすいたでしょう」
おばあさんの一声で、皆は続々と集まり、囲炉裏を囲んで座りました。ほかほかの栗ご飯や、熱々の焼き魚、漬物など、いかにも美味しそうです。
スイはお風呂と同じように、このような温かな食事も久しぶりです。栗ご飯の良い香りと、焼き魚の香ばしい匂いを嗅ぐだけで、お腹が空いてきました。
あやかし者になってからはずっと、何か食べたいと思ったことはありませんでしたから、不思議に思いながらも、箸を手に取りました。
「いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」
箸を持つ手は慣れなくて危うい感じでしたが、なんとかご飯を口に入れました。栗がホクホクして、ご飯は噛むほどに甘味が増します。お魚は、一瞬、昔フナだったことを思い出して躊躇しましたが、思いきってかじりつきました。塩気があって、熱々で美味しい。
「どう? お口に合うかしら?」
「とても、美味しいです」
スイは、囲炉裏の煙が目に染みたのか、涙が出てくるのを、手の甲で拭いました。
レンは疲れて、食事の途中で眠ってしまいました。スイも山登りで疲れ果てていましたから、うつらうつらしていました。
布団に寝かせ、まるで兄弟のような二人の寝顔を見てしのさんはつい、こう言いました。
「スイくん、うちの子にならない? ……なんてね」
スイは、ふと目が覚めました。
さらさらと、微かに雨の音がします。
今はまだ夜明け前。
そろりと起き上がり、気配を消して、誰も起こさないように外へ出ます。
仄明るい庭で静かに雨糸を紡いでいると、声を掛けられました。
「スイ。君は、昔フナだったろう」
「そうですよ。よく、憶えていましたね。よく、じっと見て、名前を呼んでくれました。沢山話をしてくれて、僕が鳥に拐われたときは、とてもびっくりしていましたね。僕は、本当は雨粒なんです。あのとき、魚の目から零れ落ちて、偶然、君の目に入ったんです。それからは、ずっと一緒でした。けれど、雷の日に、別れてしまったんです」
「戻って来てくれないか。もう一度、一緒に暮らそう。君は、僕の魂の半分なんだろう?」
「僕の魂は僕のものです。あの雷の日に別れてしまったのは悲しかったですが、今は、別の道を歩んでいますから」
「じゃあ、この家の子にならないか?」
「ごめんなさい、無理なんです。僕は年を取りませんし、周りの人たちに変に思われるんじゃないでしょうか? それに、雨雲はどうしますか?」
「あ……」
スイは、作り上げた雨糸を渡します。
「どうも、お世話になりました。これは、些細なものですが、お礼です」
傘を差し、歩きだしたところで呼び止められます。
「行ってしまうのか?」
「お風呂は暖かかったし、ご飯は美味しかったです。ご馳走さまでしたと、しのさんに、よろしくお伝えください」
それじゃ、さよなら。
コウスケは、雨の中を佇んでいました。
スイは、深々とお辞儀をすると、二度と振り返ることなく、淡いの扉の向こうに見えなくなりました。
日が昇る頃には雨は止み、空にはうっすらと虹が掛かりましたが、その虹は、いつしか幻のように消えてしまいました。




