人心地
おじいさんとおばあさんが駆け寄って来て、レンを代わる代わる抱きしめました。
「レン! 海にでも落ちたかと思って心配したよ。まさか、日和山で神隠しにあっていたなんて、思いもしなかったよ。あんなに低い山で、見張らしもよくて、方角石のところにも一度探しに行ったんだよ」
「海の方を探していたら、村の人たちが見つかったって知らせてくれてね。――ああ、よく無事で戻って来てくれた」
おばあさんは、しのさんに孫を助けてくれたという少年を紹介されて、見たとたんに驚きのあまり膝から崩れ落ちました。あまりにも、かつての我が子に似ていたからです。
「あなた、名前は?」
「僕は、スイです。半妖半仙の雨降り小僧です」
「雨降り……ああ、なんてことかしら」
おばあさんは、顔色を悪くしてうずくまりました。
「お義母さん、お加減が悪いのですか?」
しのさんは義母に駆け寄り、背を擦りました。
「私たちは、あの雷の日に、あの子の半分を置き去りにしてしまったのだわ。――なんと、恐ろしいことを。そのせいで光助は……」
おじいさんは不安そうに佇んでいるスイを見て、親しげに目配せをしました。スイは、きょとんとして見返します。
「大丈夫。最近、隠居した私の代わりに仕事が忙しくてね、体調を崩しがちだから、おばあさんはあやかし者に取り憑かれたのじゃないかと、要らぬ心配をしているだけなのだよ。仕事が落ち着いてゆっくり休めばよくなるさ。
ははは、本当にそっくりだなあ。昔はあの子も髪を伸ばしていたんだ」
「まあ、そうだったんですか」
興味津々のしのさん。
「今はもう、とても短いですから」
「あの子は願掛けをしていたのだよ。『いつか家族皆で落ち着いて暮らせますように』って。今はもう叶ったから、切ったようだよ」
「そうなんですか、あの人がそんな願いを……。ご苦労なさったんですね」
「さあ、詳しい話は家に帰ってからにしよう」
おじいさんが皆を促して家に向かいました。
スイは汚れていたので、お風呂に入ることになりました。薪を焚いてお風呂を沸かす様子を懐かしく思い出しながら、少し手伝いました。
レンと一緒に背中を洗いっこして、湯船に浸かります。じんわり身体が暖まります。レンがバシャバシャと水を跳ね散らかして遊んでいるのを、顎までお湯に浸かりながらぼんやりと眺めていました。
こうしてお風呂に浸かったのは、コウスケの中に居た頃以来です。あやかし者になってからは、不思議なことに汚れてもいつの間にか綺麗になっていました。
あやかし者の世界では、不思議な現象が日常茶飯事なので、今ではこうして人が暮らしを一つ一つ丁寧にこなしていくことのほうが物珍しく、不思議で、そして、とても生きていることを実感するのでした。
ちなみに、仙人の世界に足を踏み入れても、お風呂とは縁遠い生活でした。師匠は仙術で普通の人間ではあり得ないことを平然とやってのけますし、お風呂は入らず、基本的に修行の一環で川の冷たい水で身体を洗ったり、滝に打たれていました。
ほこほこと湯気を立ち登らせながらお風呂から出ると、着替えが用意されていました。
「どうも、良いお湯でした。人心地ついたようです」
人ではありませんが。
「貰い物なんだけれどレンにはまだ大分裾が余るから、もっと背が伸びてから着せようと思っていた着物よ。あら、ぴったりだわ」
スイの襟元を直しつつ、しのさんは微笑みました。




