虫時雨(むししぐれ)
「僕は昔、雨降り小僧だったんですよ」
こうして急な雨に降られて雨宿りしていると、思い出します。そう、光助は言いました。
「今は、違うのですか?」
しのさんは隣に並んで、ぱらぱらと軒先から滴る雨垂れを眺めながら尋ねました。
「そうですね、いつの間にか、ずっと付いて来ていた雨雲は、居なくなっていました。雷が近くに落ちましてね、『きっと、雨雲も驚いて逃げて行ったんじゃないか』なんて、考えたりもして。ははは……」
どこか、淋しそうに笑う青年を、しのさんはじっと見上げました。
「本当は、雨雲に居てほしかったんじゃありませんか?」
「まさか。年中雨に降られるし、一つ所にいつまでも居られないし、雨雲のせいで苦労ばかりでしたよ。――でも、そうですね、雨雲のお陰で日照り続きの土地へ行った時はとても感謝されましたし、悪いことばかりでは無かったかもしれません。不思議なのですが、あの雷の時から、心の中に、ぽっかりと穴が空いたようなのですよ。まるで、自分の魂の一部を、どこかに置き忘れて来てしまったかのような」
やがて雨は止み、道端の草むらからは虫たちの大合唱が響きます。若い二人は再び歩き始め、雲間から丸いお月様が顔を出して、道行く二人の背を照らしました。




