鮒(フナ)
灰色の鮒のとなりで仲良く泳ぐもう一匹の鮒は、とても小さく好き通った緑色をしていました。揺らめく水の天井から差し込む白い光の柱の間を、すいすいと潜り抜けて川底を探検しました。
時折、亀に噛まれそうになったり、ザリガニに尾を切られそうになって間一髪ならぬ、間一鰭で逃げたこともあります。それでも日々は楽しく過ぎていきました。
水は刻々と色を変え、流れを変えます。空の色が染みて青かったり茜だったり。雨が降ると、茶色の砂や色々なものが混じって見通しが悪くなります。
大きな竹が流れてきてぶつかりそうになり、慌てて避けると、今度はガサガサとした何かに絡まりそうになって、命からがら逃げ出しました。
苦い水に耐えながら、嵐の過ぎ去るのを待ちます。流されないように、水上に向かいながら尾を振るのに疲れてきます。仲間の鮒と一緒に岩陰に集まると、少しは楽になりました。
嵐もとうに過ぎ去り、水が大分ぬるくなった頃のこと。その日は空が真っ青で、とても良い天気でした。その日も友達の鮒と一緒に浅瀬まで泳いで行って、光が水底の砂丘に描き出す模様を眺めて揺蕩っていました。
すると、突然にばしゃんと水が泡立ち、何か白い大きなものを見たと思いましたが、すぐにまた辺りは何事もなかったかのように緩やかに水が流れ、光は元のように踊っていました。しかし、友の姿はどこにもなかったのです。
スイは、友の名を呼びました。口から気泡が幾つも連なって水面へ向かい登っていきます。いくら呼んでも答えない友に、スイはもう二度と会えないことを覚りました。
その日から心にぽっかりと穴が空いたようになって、何を見ても楽しくありませんでしたし、友のことを思い出す度に苦しい気持ちになりました。ふらふらとさ迷うように泳いでいますと、突然、温かなものに包まれたのです。熱いくらいでした。
「離して!」
「あれ! この魚、喋った?」
小さな人間の男の子が、水の入った木の桶に光る宝石のような魚をそっと入れました。
じっと、興味深そうに見つめてくる黒曜石の瞳を、スイは銀の硝子の瞳で見返しました。日に焼けた頬、赤い唇。黒髪を頭の上の方で一つに結び、空よりも深い藍色の着物を纏っています。白い糸が交差して星の光が霧雨の向こうに霞んで見えているようでした。
裾を捲って帯に挟み込み、裸足で川に膝まで入っています。腕には桶を大事そうに抱えて、ジャブジャブと岸辺まで歩いて行きます。ふと、白い影が頭上を通り過ぎました。子供はさっと桶を覆うように袖で蓋をしました。
柳の葉陰に座り込み再び魚を見つめますと、目と目が合います。子供は、ふと悲しい気持ちになりました。何でだろう? と首を傾げます。コポリ……と、魚が息を吐きました。それは、まるで涙の粒のようで。
「魚も、泣くのかな?」
彼はふと、そう思いました。
水の中で泣いても、涙は水に溶けて見えないだろう。だけど、少しだけしょっぱくなるに違いない。
コポリ。時折、小さく息を口から吐きながら桶の中をゆっくりと廻る魚は、勾玉に似ていました。それは翡翠という石を削り、磨いて作られていて、穴の空いた平たく丸い頭に少し曲がった尾が付いたような形をしています。
形はそっくりというほどではありませんが、キラキラと光に透けるような色合いが、その宝石を思わせたのです。
「決めた。おまえの名前は、スイだ。翡翠のスイ」
スイは、ちらりとこちらを見上げます。水晶のような瞳の中に、ふと、朝焼けのような金色の光が煌めいたような気がしました。




