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第十二話 好敵手

 小山ほどの大きさがある髑髏が夕闇に白く浮かび上がり、こちらを見下ろしています。スイは驚きのあまり悲鳴も喉につかえて出て来ず、腕の中で子狸はふるふると小刻みに震えていました。

 今にも、立ち枯れた木のような白い足が前方へ伸ばされて森の木々を乗り越えようとしています。


「ガシャドクロ……?」


 俄に、後ろからどしん、どしん……と地響きがしたので振り向くと、後ろの森からもガサガサと聞こえて木々よりも背の高い一つ目の男がこちらへ向かって来るではありませんか。


「見越し入道……!」


 あやかし通りで以前見たことがありますが、その時よりは若干背が低く見えました。

 ガシャドクロと見越し入道は、信じられないことに、取っ組み合いを始めたのです。地響きや土埃が舞い上がり、スイは巻き込まれたら大変と、子狸を抱いたまま一端距離を取って様子を見ることにしました。

 背を向けて走っていますと、ひゅう、と火の玉が回り込んで来て通せんぼするように目の前に浮かびましたから、スイは、ぶつからないように爪先を踏ん張って急停止します。

 火の玉はみるみる形を変えて、厳めしい顔つきのおじさんになりました。見た目は完全に人間でしたが、ただならぬ妖気がその周りに放たれるように見えていますので、年経た力の強い妖怪だと分かりました。


「お前は、何者じゃ? うちの子を、どこに連れていくつもりじゃ。まさか、拐かそうとしていたんじゃなかろうな?」


 スイは、必死に説明しようとしましたが、その威圧感に身がすくんで喉が枯れたようになり、いつものように声を出すことが出来ません。


「ちが……い……この子は……」


「とにかく、返してもらおう。さあ豆吉、こっちへ来るんだ」


「キュウ……!」


 しかし、親御さんらしき狸が差し出した手を見つめながらも、子狸は何故かスイから離れようとはしません。スイは、困り果てました。向けられる妖気と威圧感は益々強くなりますし、声も出せず、早く親御さんの元へ返したいのに誤解が益々深まっていくようです。


「おや、どうしたんだい? 狸の旦那。そんなに妖気を駄々漏れにして、そんなんじゃ一発で変化の術を見破られちまうよ」


 草の茂みから現れた一匹の狐が煙に巻かれたと思うと、たちまちそこには妖艶な美女が、極彩色のきらびやかな着物を纒い流し目をして立っていました。


「おや? 見たことのないあやかし者がいるね。抱いているのは、狸の子かい?」


「狐どんには関係の無いことだ。そもそも、あんたの方こそ、そんな格好で人里に行ったら一発で怪しまれるぞ」


「余計なお世話さね。私は私の着たいものを着るんだ。今までこれでばれたこともないよ」


 ふふん……! と、自慢げに言う狐どんを胡乱げに見やり、ふん、と鼻からわざとらしく息をしました。


「どうだか。おおかた、関わりたくないから避けられていたんじゃないのか?」


「なんだって?」


「お? やるか?」


 スイは不穏な空気にたじろぎ、その腕の中では子狸が困った様子で、つぶらな瞳をおろおろと彷徨わせていました。

 向こうでは未だに偽者のガシャドクロと見越し入道が相撲を取っていますし、此方では、小規模な変化の術対決が始まってしまいました。親御さんは、すっかり子狸の事が頭から抜け落ちてしまったようで、対決に全神経を使っています。

 近くの家の人たちはこの騒ぎを気がつかない方がおかしいと思いますのに、誰も姿を見せないのは、やはり関わりたくないからでしょうか? 


 何度か変身を繰り返した後、二匹が着流しの棋士風の人間に化けて将棋で対決を始めた時には、スイは近くの切り株に腰掛けて子狸を膝に乗せて撫でながら勝敗の行方を見守る余裕すら出てきました。

 大物の対決では、ガシャドクロが押し倒されそうになったらいなして持ちこたえ、回り込んで逆に引き倒そうとしたりと、ハラハラドキドキの展開が続きますが、なかなか決着がつきません。

 静かなる対決の方は、スイは将棋の決まりはまるで分かりませんから、駒を取ったときに何となくこちらが勝っているのかな、と考えるくらいでした。

 いつの間にか、周りでは狐と狸たちが集まって来ていました。スイは、声が出せるようになったことに気がつきます。

 いまなら、行けるかな?

 白熱しているとはいえ、先ほどよりは大分落ち着いて来ましたから、今のうちと狸陣営の方へ向かって歩いて行きます。


「あの、すみません」


 一番端で控えめに応援していた、狸の尻尾の生えた町娘に恐る恐る話しかけます。彼女は団扇を振っていましたが、こちらを振り向いたとたん、目を丸くして団扇を取り落とし、それが木の葉に変わってひらひらと地面に落ちてしまう前に、子狸はスイの腕から飛び出して、娘は胸に飛び込んできた子狸をぎゅっと抱きしめました。それから、目付きを険しくしてスイに尋ねました。


「あんた、何者? どうしてうちの子を抱いていたの? まさか、拐っていこうとしていたんじゃないでしょうね」


 スイは、慌てて首を振ります。


「違います、この子が豆百鬼夜行に紛れて遠くまで来てしまったので、送り届けに来たんですよ」


「あら、まあ! 豆吉、あんた、いなくなっていたの? 全く気がつかなかったわよ。ごめんなさいね、誤解をして。あなた、名前は? 私はウメよ」


「僕は、雨降り小僧のスイです。今は、仙人の修行をしています」


「へえ、あやかし者が仙人を目指すなんて、初めて聞いたわ。とにかく、スイさん、豆吉を送り届けてくださって、どうも有り難う御座いました。なにか、お礼をしたいのだけれど」


「いいえ、大丈夫ですよ。無事に送り届けられてなによりでした。それじゃあ、これで――」


 気持ちが軽くなり、懐から帰るための札を取り出しました。


「ちょっと待って、何かお礼を考えるから」


 引き留められて、難しい顔をして考え込むウメさんを前に、スイはあることを思い付きました。


「あの、お礼の代わりと言ってはなんですが、近くの家の人たちが良く眠れるように、夜は静かにしていただけますか?」


「あら、これは大丈夫なのよ。ここは惑わしの術中にあって、現実はとても静かなの」


「へえ、驚きました。てっきり、本当に地響きがなっているのかと思いましたし、近くの家の人たちは、怖がって出てこないのかと思いました」


 ウメは面白そうに、ふふふと笑いました。彼女の腕の中の豆吉は、つられてパタパタとふさふさの尻尾を振ります。 

 ウメは袖から一枚の木の葉を取り出し、何やら術をかけてからスイに差し出しました。


「あなたの持つ札と似たようなものよ。また来たくなったときに、いつでもこの葉を燃やすとここへ来られるわ。豆吉はずいぶんスイに懐いているみたいだし、また来て一緒に遊んでやってくださいな」


 スイはふわりと心に暖かな空気が満ちたように思いました。にこりと笑い、その葉を受け取ると大事に仕舞い込んで、豆吉とウメに手を振りその場を後にします。去り際にちらりと賑やかな光景が見えて、誰もが楽しげに見えましたので、敵同士に見えて本当は仲良しなのだろうと思いました。


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