同郷会
初めての婚約破棄モノ
「リーシャ。 否、サマセット公爵家令嬢エリザベス嬢。 私と――ナーロウ国第一王子リチャードとの婚約を解消して戴きたい」
今年の社交シーズンの幕開けである王家主催の夜会で、リチャード王子が婚約者であるエリザベスに何の前置きもなく婚約解消を告げた。
リチャードは特に声を張ってはいなかったが、運悪くダンスの演奏が途切れた処だったので周囲の耳目を集めてしまった。
第一王子とその婚約者である筆頭公爵家令嬢の修羅場か?
――少し遠巻きにしながらも耳ダンボで成り行きを見守ることにした、観客と化した貴族達。
――ダンスタイムにも拘わらず、最小限の音で演奏をすることをアイコンタクトで即決した王家御抱えの国一番の楽団。
こうして何の邪魔も入ることなく二人の会話は続けられる。
エリザベスは何を言われたのか理解できず、まじまじとリチャードの顔を見つめたまま固まっている。
身動ぎもしないエリザベスを見て、深く傷付けてしまったのだろうと反省した王子は、精一杯の優しい声でもう一度言い直した。
「済まない、婚約解消ではなく私の有責での婚約破棄……だな」
「はい!喜んでーーーっ!!!」
間髪を容れず反射的に、明るい大きな声で答えたエリザベスにリチャードは目を瞠った。
取り巻く貴族達から微かに聴こえた声にエリザベスは『ぅん?』と思ったが、スルーして淑女の顔に戻して言い直す。
「失礼いたしました。 リチャード様有責の婚約破棄、喜……ンんっ、謹んで拝命いたします」
そう言い終わり優雅に一礼してその場を離れようとしたエリザベスの手をリチャードは咄嗟に掴んで、思わず口にした台詞は。
「ちょ、待てよ!」
「キムタクかよ」
今度は取り巻く貴族達の一部とエリザベスの声が重なった。
エリザベスの手を掴んだまま数秒俯いたリチャードは、ガバっと顔を上げて『ぐりんっ』と観衆を見渡した後エリザベスを見て、もう一度観衆の方を向いて叫んだ。
「お前ら、転生者かよっ!!!」
その後、会場にいた貴族の二割が転生者だと判明して大騒ぎになり、夜会の中止を国王が宣言した。
「で、何故急に婚約破棄などと仰ったのですか」
その夜の内に持たれた話し合いの場でエリザベスは率直に訊ねた。
「三日程前に前世の記憶が甦って、完璧淑女との結婚生活を想像すると、『あ、こりゃ無理だな』っと……」
テーブルを挟んでエリザベスの前に腰かけたリチャードは少しやさぐれた感じで答えた。
「完璧淑女ですか……。 リチャード様は私の事をその様に思っていらっしゃったのですね」
淑女の仮面を被ったままで話し続けるエリザベスに苛ついたリチャードはクラバットを手解きながら軽く睨み付ける。
「なぁ、その話し方止めてくんない? もっと普通に話せよ。 ほら、『はい喜んでー』って」
一瞬、目を泳がせてから大きく息を吐いたエリザベスは『にへら』っと笑った。
「えーっと、それは忘れて? 普通にって言われても私は物心ついた時には前世の記憶が有ったので、令嬢歴も長いのよね」
「あぁ、まぁその程度でもいいや。 澄ました顔よりそっちの顔の方が可愛くて好みだぜ」
そう言って笑ったリチャードの顔を見て真っ赤になったエリザベス。
二人が婚約破棄することは勿論なかった。
あの夜会はナーロウ国の一つの転機となり『同郷会』が発足され、いろんな知識が共有されて食事や服装などが大きく改善された。
初代会長はリチャードで副会長はエリザベスだったのは言うまでもない。
そして、二人は末永く幸せに暮らしましたとさ。
国王夫妻は転生者ではありませんが「転生者」という存在は知識として有ります