第八話 二人の未来
ロラン様の結婚の申し出に、私は思わず口元を押さえた。
(まあ、本当にこの方って……)
「でも……私とあなたは……釣り合いませんわ」
何とか、それだけ絞り出した。でも、もう……。
「オレリー、そんなことはない。君は儚くて放っておいたら消えてしまいそうだ。そんなあなたを、私は守りたいんだ」
もう、限界だった。
(本当にこの方って……何もわかっていないのね?)
「いえ、ロラン様。謹んで、お断りさせていただきます。私、あなたと結婚する気はございません」
「……え?」
ロラン様は、あまりにも間が抜けた顔をしたので、私はその場で笑ってしまいそうになった。
「あいにく、私には既に結婚を約束した相手がいます。——新たにセルジ子爵となる、シルヴァン・ド・セルジです」
シルヴァンは立ち上がって礼をした。
「な?そ、その男は執事だろう?セルジ家を継ぐなど無理が……」
ロラン様は、驚愕に目を見開いていた。
「あら、お気づきになりませんでしたか?金髪に緑の目。見事にセルジ家の色ではないですか」
シルヴァンが割って入る。
「まあ、異母兄のルドヴィクも気づかないくらいですから、ロラン様が気づかなくとも無理はないでしょう。……髪も白くなってしまいましたしね」
「も、もともと……白髪ではないのか?その若さで
白髪になったとは……?」
「母はルドヴィクの父の愛人でした。私は庶子として認められてはいましたが、扱いはひどいもので……。ある日、言い争いの末、父が母を殺してしまった。その場にいた私は、それ以来——白い髪しか生えてこなくなったのです」
「庶子とはいえ、他に継承者がいなくなった以上、セルジ子爵に最も相応しいのは彼です。ロラン様も、ご理解くださいますよね?」
私は、この家に来て一番の笑みを浮かべた。
* * *
私たちは、二人でロラン様を見送った。
「……君がそんなふうに笑うなんて、思いもしなかった……」
去り際、力なく微笑むロラン様に、私は言ってやった。
「それは、あなたが勝手に作り上げた“夢の中の私”です。……私は一度だって、あなたの夢の中にいたつもりはありませんし、これからもいるつもりはありません」
彼が去った後、シルヴァンはとりなすように微笑んだ。
「やはり、優しい方でしたね。なんだかんだ、恋敵の私のセルジ子爵就任を後押ししてくださるのですから」
「あなたは、あの目を向けられてないからそう言えるのよ。儚くて、慎ましい……だなんて一体誰の話?勝手な妄想を抱いて、全く私のことが見えていない男なんてお断りだわ」
「そうですね。あなたのいいところは、計画的で、賢くて、そして何より——強いところですからな」
……この男は、私の魅力を正しく理解してくれている。
「いつまでそのジジくさい喋り方を続ける気?もう、執事じゃなくなるんだからいいでしょう」
「つい、癖になってしまって」
「ふふ、じゃあ少しずつ直していきましょうか、旦那様?」
……シルヴァンに出会ったのは、ルドヴィク様と結婚する一年ほど前。我が家の商売を広げるのに、最も利用しやすい貴族家を調査していた時だ。
恋や愛など生きていくのに必要はない。世の中、お金だ。裕福な商家に育った私には、そのことがよくわかっていた。でも、そのお金をもっと効率よく稼ぐためには、貴族との繋がりが必要なのだ。
そう考えた私は、貴族家に嫁入りすることを考えた。情報屋にチップを渡し、様々な家の使用人とそれとなく接触しては、家の情報を集めた。
シルヴァンは、明らかに異質だった。白髪の、美しく若い執事。どんな揺さぶり方をしても、決して家の情報を漏らさなかった。
だけど——
「あら、セルジ家の瞳と同じ色ですね」
何気なく放った言葉に、初めて彼の揺らぎを見た。
彼は、あの家の庶子だったのだ。復讐を誓い、家督を奪うために潜り込んでいるという。
(貴族家を乗っ取ろうなんて、私と気が合うじゃない)
だから、私たちは手を組んだ。ルドヴィク様を追い出し、セルジ家を二人で乗っ取るために。いわゆる、契約結婚というやつだ。
ロラン様のことは誤算ではあったけれど、おかげで、予想よりも早く、この家が手に入った。
これで、ようやく、私たちの生活が始まる。
ひとつだけ、彼にもまだ言っていないことがある。——この家でともに過ごすうちに、いつの間にか、彼のことを好ましく思うようになった、ということ。
それは、恋でも愛でもない。そんなものは私には似合わない。でも、何よりも大切なもの。敢えて言葉にするならば——信頼。
それを感じられる彼となら、きっとうまくいく。
こうして私たちは、新たなセルジ爵位家を起こし、子爵と子爵夫人となったのだった。夫は領地経営、妻は商売で名を馳せるのは、これからまだ少し先のことだった。
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