第六話 追放と婚姻無効
“お飾りの妻”から解放されたその先に——?
しばらくして、ルドヴィク様は弾かれたように叫び出した。
「なに——?お前、勝手に人の家に上がり込んでおいて、勝手なことを!」
ロラン様は、ルドヴィク様を頭のてっぺんからつま先まで眺めると、軽く笑った。
「私はロラン・ド・ヴェルナンだ。まさか、後見を務めるヴェルナン家の者すらわからぬとは、とんだ愚か者だな」
「……!失礼いたし……ました。ですが、なぜヴェルナン家の……」
瞬間、ルドヴィク様は弾かれたようにこちらを見た。その顔は醜く歪んでいる。美貌の貴族だと思っていた夫だったが、ロラン様と比較してしまうと、その差は歴然だった。
「まさか、お前が……媚を売ったのか?くそ、冴えない女だと思っていたが……どんな手を使った?」
「……彼女を侮辱するな!彼女は、お前のような男に傷つけられていい女性ではない!美しく、清らかで優しさに満ちた、立派なご婦人だ!……お前たち、あいつを捕えろ!」
ルドヴィク様は喚き散らしながら暴れたが、あっという間に私兵に取り押さえられてしまった。エロイーズ様は、所在なさげにその様子を見ているだけだった。
(私って、ロラン様にはそんなふうに見えているのね)
自分の顔が赤くなるのがわかった。
「おい、やめろ、手を離せ!こんな横暴が許されてたまるかー!おい……!」
「お前は、もう二度とこの国の大地を踏むことは許されない!お前たち、連れて行け!」
抵抗するルドヴィク様は兵たちに連行されていった。きっと、このまま帝国との国境まで連れて行かれ、放逐されるのだろう。
帝国は、武人が多く住まう恐ろしいところだと噂されている。
(せめて、安らかに過ごせますように……)
一人残されたエロイーズ様は、はっと我に返ったように辺りを見まわし、ロラン様に縋り付いた。
「……お許しください!私はあの男に騙されていただけなのです!どうか、ご慈悲を……」
赤くぽってりとした唇と、白く豊かな胸元が光っていた。
だが、ロラン様は嫌悪に満ちたまなざしを彼女に向ける。
「あなたは、モンレアル男爵家に送り届けましょう。だが、私があなたのしたことを知らないとでも?——まともな縁談などは、ゆめゆめご期待なさらぬよう」
「そんな、ロラン様!私、あなた様のためならなんでも——」
「気分が悪い。さっさと連れていけ」
ロラン様の一瞥で、彼女もまた兵たちに連れて行かれた。
シルヴァンも、清清したような顔つきで彼女を見送った。
(……なんだか、終わってみれば、あっけないものね)
ロラン様は、先ほどまでとは別人のような、柔らかな表情でこちらを見つめた。
「オレリー夫人。あの男の件は、すでに片がつきました。あとは婚姻の無効を申し立て、あなたの名誉を回復いたしましょう」
私は、そっと眉尻を下げた。
「ロラン様……本当にありがとうございます。ですが……婚姻が無効と認められれば、私はこの屋敷を去ることになるでしょう。ルドヴィク様とのことはともかく、ここではシルヴァンはじめ、皆に親切にしていただきました。私は、できることならこの家を立て直したいのです。——セルジ子爵家を、もう一度」
ロラン様は、わずかに目を伏せ、肩に手を添えてくださった。
「……そこまでお考えだったとは。立派なお志しです。けれど、どうかご心配なく。婚姻の無効が成立した後でも、たとえば——子爵家と血のつながりがある者や、後見となりうる家柄の男子、つまり……私のような者と新たに婚姻すれば、家の再興も不可能ではありません」
そう言って、ロラン様は照れくさそうに目をそらした。
「……まあ、それであれば確かに、問題はございませんね」
私はそっと頷き、ロラン様の言葉に背を押されるようにして、婚姻無効の手続きを進める決意を固めた。シルヴァンは、そんな私たちを見て、満足げにうなずいていた。