第四話 立派な青年
ヴェルナン辺境伯邸。壮大な石の壁に、大きな木の梁。派手に飾り立てられてはいないが、それが逆にこの家の威容を感じさせた。
出迎えてくれたロラン・ド・ヴェルナン様は二十代半ばの立派な青年だった。私よりは上、ルドヴィク様よりは下というところだろう。高位貴族だというのに、偉ぶったところもなく、私にもシルヴァンにも柔らかな微笑みを絶やさない。
(ルドヴィク様よりも、よっぽど丁寧だわ)
柔らかな茶髪に琥珀色の瞳。色合い自体は派手ではないものの……なんだか私の色と似ている。そして、すらっとした長身に甘く整った顔立ち。洗練された態度とこちらへの気遣い。本物の王子様に会ったことはないけれど、きっとこんな方なのかもしれない。
一通り、時候の挨拶や歓談を終えた後、シルヴァンが私の方を見た。私は控えめにうなずいた。
「……奥様に代わって申し上げます。ロラン様、お手紙でもお伝えしていた通り、セルジ子爵家の現状について、お伝えしたいことがございます」
シルヴァンは、ロラン様に資料を手渡す。そこには、ルドヴィク様のこれまでの行状がわかりやすく整理されていた。
家に愛人を堂々と住まわせていること。
愛人に贅沢な衣装や宝石を買い与え、領民には重税を課していること。
そのうえ旅行や賭け事にふけり、家をいっそう傾かせていること。
そのお金は私の実家から補填しているのに、私をお飾りの妻として扱い、冷遇していること。
領政は全てシルヴァンに任せ、自分は遊び歩いていること。
私はハンカチを取り出し、口元をそっと押さえた。
ロラン様は資料を隅々まで確認すると、苦悩したようなまなざしでこちらを見つめた。
「あなたのように美しく健気な方が、こんな思いをしなければならないとは……」
資料を握りしめる手には、力がこもっていた。
「……シルヴァン。お前のような忠義者の執事がいてよかった。今までよく、オレリー夫人を守ってくれた。ここからは、私がなんとかしよう」
彼は私を見つめ、とろけるような笑みを浮かべた。
「オレリー夫人。どうか、私にお任せください。彼の資料は非常によくできています。私が責任をもって貴族院に掛け合い、あなたを、ルドヴィクの魔の手から救い出しましょう」
私は、彼の目を見つめた。この方は“弱く無力な私”を守ってくださろうとしている、ご立派な方なのね。
(とても、正義感にあふれた方……)
ロラン様は、別れ際にそっと私の手を取ると、まるで誓いを立てるかのように礼をした。
私は、未来への希望を感じながら、シルヴァンとともに辺境伯邸を後にした。