第三話 陰気な顔
夫と愛人の行動から、静かに時が動き出す。
その日、私は手入れの済んだ庭を眺めて、少しだけ幸せな気持ちになっていた。セルジ家の庭は長らく打ち捨てられ、雑草が生え放題だった。だけどシルヴァンに相談して庭師を雇い、花を植えてもらった。色とりどりのダリアは私の好きな花。これだけでずいぶんと違うものだ。
暖かな気持ちで家の中に戻ると、エントランスでルドヴィク様とエロイーズ様に鉢合わせした。周囲にはシルヴァンや他の使用人たちも集まっていた。
「チッ……」
ルドヴィク様は私を見ると、舌打ちして顔を逸らし、トゲのある声で言った。
「朝から陰気な顔を見せるな。気分が悪くなる」
「もう、ルドヴィク様ったら、これから視察に出かけるんだから、ご機嫌を直してくださいな」
エロイーズ様が、彼の腕に絡みつき、甘えたような顔をする。
すると——二人は見つめ合い、そのまま口付けを交わした。
「ごめんよ、愛しいエロイーズ。こんな女のことは気にせず、さっさと出かけようか。——シルヴァン、しばらく留守にするが、頼んだぞ!」
「……かしこまりました」
出て行く二人を、使用人たちは揃わない一礼で見送った。私はあまりのことに、硬直してしまっていた。
(私って、そんなに陰気な顔をしているかしら)
私の容姿はブルネットの髪に榛色の瞳。今は支度してくれる侍女もいないので後ろでまとめ、簡単な化粧をしているだけだ。……確かに、取り立てて特徴もないし、華もないかもしれないが、両親は「可愛い」とよく褒めてくれていた。
(確かに、エロイーズ様とは全然違う……)
(だからって、妻の私の前で、堂々とキスだなんて……)
横に控えていたシルヴァンが、私の方をちらりと見た。
「奥様、旦那様とエロイーズ様は十日ほど旅行……いえ、視察に行かれました。ロシュフォール公爵領の海沿いに、貴族向けのリゾート地ができたそうですな」
「まあ」
(十日間も、家を空けられるのね)
「実は、急ぎでセルジ家の寄親である、ヴェルナン辺境伯家に見てもらわねばならない書類があるのです。ですが、旦那様たちが当家の馬車を使われているので、ご相談したく」
「……そうなのね。シルヴァン、私も行きます。一緒に、貸し馬車で向かいましょう」
私の言葉に、周りにいた使用人たちは驚いたようにこちらを見た。
「いつもシルヴァンに任せきりで、全然役に立っていないもの。実家から馬車を呼ぶには日数がかかるし……私はもともと平民ですから。貸し馬車に抵抗はないわ」
* * *
私たちは、馬車に乗り込むと辺境伯家に向かった。幸い、セルジ子爵家の領地は、ヴェルナン領土に程近い。数刻も走れば到着する。
「奥様、辺境伯家では三男のロラン様がお話を聞いてくださるそうですぞ。私はもう……旦那様たちのやり口には限界です。……よろしいですかな?」
「……わかったわ。私はまだ、耐えられるけれど……あなたがそう言うのなら」
馬車の中ではシルヴァンと短い会話を交わした。彼の目には決意が満ちていた。それはまるで森のような静かな強さを思わせた。
光が差し込み、彼の霜髪を照らす。その中に、金色が混ざっているように見えた。
「あら?あなたって、元々は金髪?」
「……はい。今はこうして白くなりましたが、もともとは金でしたな」
彼は、そう言って遠くを見つめた。まるで、在りし日に思いを馳せるかのように。