第二話 白い結婚
「やだあ、本当にこんなところで暮らしてるのね!でも、下賎な育ちにはお似合いかしら?私ならとても考えられないわあ」
翌朝、身支度を済ませたところにやってきたのは、一人の美しい女性だった。栗色の巻毛に白い肌、大胆に胸元が開いた桔梗色のドレスを着こなしている。平民出身の私には、このような露出は見慣れず、そわそわしてしまう。
「……どちら様でしょうか?」
念のため、お名前を聞いておこう。
「冴えないのは見た目だけじゃあないようね。私はモンレアル男爵家のエロイーズよ。……ふふ、あなた昨日の初夜では、ルドヴィクから追い返されたそうね?」
エロイーズ様はまるで、勝ち誇ったようなお顔をしてこちらを見つめた。
私は、思わず顔を赤くして視線を下げた。
(まあ。なんて……恥ずかしいことをおっしゃるのかしら)
「覚えておきなさい。あなたはただの金蔓よ。彼が愛しているのは私だけ。せいぜい、私たちのために貢いでちょうだい」
(……そんなことは、分かってるわ……)
「私は、家同士の約束で嫁いだ身です。愛されようなどとは思ったことも……ございませんので」
エロイーズ様は満足したように頷くと、こんな場所には長居できないとばかりに去っていった。一緒に住んでいる愛人とは、この方なのだろう。
私は、口から息を吐いた。
私とは比べ物にならないくらい、華やかで美しくて、そして何より色っぽい方だった。そりゃあ、ルドヴィク様は私には手をお出しにならないだろう。
でも、このまま“白い結婚”が続けば、実家の望みは果たしきれない。だから、今すぐは無理でも、いつか子供を──。それがどんな形でも、“家を守る”という私の役目に変わりはないのだから。
私は、お飾りの妻だけれど、幸せを望んだっていいわよね?例え、ルドヴィク様からは愛されなくとも……“家を守り、子を育む”。そんな幸せなら、私にも許されるでしょう?
* * *
ルドヴィク様とエロイーズ様は、私というお財布を得て、より派手に遊び回るようになったみたいだ。両親からの手紙では「これくらいなら、先々回収できる投資だ」と書かれていたが、執事のシルヴァンはかなり心配していた。真っ白な髪をして、眉間に皺を寄せている彼はひどく疲れているように見えた。
「さすがに、ここまでひどいとは。いくらなんでも奥様のご実家に申し訳が立ちませんぞ……。私から、旦那様とエロイーズ様に注意しておきましょう」
「シルヴァン、大丈夫よ。実家ならこの程度はびくともしないわ。……貴族との繋がりで、これから儲けられるのだもの」
「しかし……」
食い下がろうとするシルヴァンを、なんとか宥めた。子爵家において、彼は驚くほど有能な人物だった。ルドヴィク様の亡きご両親の時代から財を食い潰し始めた子爵家は、人の入れ替わりも激しくなり、正直、人の質はかなり低いと言えた。……だけど、一番長く働いている彼のおかげでこの家は持っているようなものだ。
ルドヴィク様は、領主としての仕事のほとんどを執事に任せていた。彼の貢献なくしては、この家の借金はもっとひどいものになり、破産は免れなかったかもしれない。
そういう意味では、私にとっても恩人だ。
誰もに“いないもの”として扱われる、孤独なセルジ子爵家での暮らし。その中で、執事の彼はいつも私を気遣ってくれた。私はありがたいと思いながらも、なかなか彼の貢献に報いることができないと、もどかしく思っていたのだった。