第一話 お飾りの妻
彼女が望んだ“幸せ”の正体とは?
――すべてが明らかになるのは、第8話。
「お前など、決して愛することはない。──今日、それがはっきりした」
部屋に入った私を見るなり、ルドヴィク様は顔をしかめ、吐き捨てるように言い放った。
私はオレリー・ド・セルジ子爵夫人。
私たちが結婚したのは、ほんの数日前のこと。
私の実家——メラン家は、新進気鋭の商家だ。“成金”と揶揄されるほど急成長を遂げてきたが、さらなる拡大には“貴族との縁故”が不可欠だった。
ちょうどその頃、借金に苦しんでいたセルジ子爵家と利害が一致し、私は嫁ぐことになった。
(一人娘の私が、家の役に立つのは当たり前よね……)
我が家は、商売に命をかけているといってもよい。何がなんでも貴族との繋がりを持ち、商いを広げたいというのは、当然の選択だ。
(だけど……ここまであからさまに“金蔓扱い”だなんて……)
平民の私が貴族家に嫁ぐのだから、軽んじられることは想像していた。だけど、お金は好きなだけ援助を受けておきながら、こんな態度を取るなんて。両親とともに商売をしていた私の常識では、なかなか信じ難いことだった。
顔合わせすらまともにしてもらえないまま、私は子爵家にやってきた。到着時に、恭しく頭を下げた執事のシルヴァンに渡されたのは、一通の封筒だった。中を改めると、署名された婚姻届の控えだけが入っていた。
出迎えも、結婚式もなかった。案内されたのは、狭い屋根裏部屋。それどころか、この屋敷には“愛人が住んでいる”のだと言う。
三日程経ち、初夜もこのままないのかと思ったが、急に呼ばれたと思ったらこの仕打ち。
元より——政略結婚だ。愛を期待なんかしていない。だけど、これはあまりにも……。
初めて間近でみるルドヴィク様は、とても機嫌が悪そうだった。金髪に翠眼の美丈夫である彼は、その男ぶりと社交性で下位貴族の中では人気があると聞いていた。だけど、彼はひどく怒っている様子だった。地味な私のことが、きっとお気に召さないのだろう。
「もう、お前の顔など見たくない。さっさと私の部屋を出ていけ。……“お飾りの妻”としては置いてやるから、勝手に暮らすんだな」
私は俯き、それでもなんとか頭を下げて、夫の部屋を後にした。気づけば、夜着の裾を強く握りしめていた。実家の商会で異国から仕入れた、セパレートタイプの肌触りが良いものだ。南国の動物が愛らしくあしらわれているそれは、他ではなかなか手に入らない、最新の意匠だった。




