目覚めの少女
入院していたはずの病室で、私は静かに目を覚ました。
乾いた天井。消えかけた照明。どこか冷たく感じるシーツの肌触り。
「……ここ、病院……?」
喉がひどく渇いていた。意識がはっきりせず、身体が思うように動かない。
けれど、自分の名前だけははっきりと思い出せた。
佐伯茉美――名門・幸徳学院に通う高校二年生。
普通の家庭なんて知らない。けれど、何がどうなったのか、事故に遭って入院していた……らしい。
「……でも……よく、思い出せない」
頭がぼんやりしていて、入院の理由も、それまでの記憶も断片的。
まるで夢の中を歩いているような、そんな不確かさだけが胸に残っていた。
それにしても――病院って、もっと人の気配があったはずじゃない?
「……静かすぎない?」
目を凝らして、病室の中を見渡す。
天井の蛍光灯はちらつき、モニターの電源はすべて落ちている。
外を見ようとカーテンを開けると、そこには鉄製のシャッターのようなものが下ろされ、外の景色は一切見えなかった。
「……これ、非常用の……?」
けれど、あまりにも分厚くて物々しい。まるで、外と隔離されているような異様さだった。
騒いでも仕方ないと判断し、ベッドに横たわったまま、隣の机に置かれたスマートフォンに手を伸ばす。
手にした瞬間、画面が点灯し、通知の嵐が目に飛び込んできた。
「……うわ……メッセージ、すご……」
ロックを解除し、履歴を見る。
《ねぇ、大丈夫?》
《茉美、あなたは外に出ちゃダメよ》
《マミ、何があってもお父さんはお前を守るからな》
《連絡ください。お願い、返信して》
《封鎖される前に逃げて……!》
震える指でスクロールするたびに、不穏な言葉ばかりが画面を埋め尽くす。
まるで、世界が私の知らない間に何かとんでもないことになったかのようだった。
「……私が寝ている間に……何が、あったの……?」
その瞬間、“それ”は起きた。
ピッという電子音とともに、壁に設置されたテレビの電源が勝手に入った。
画面がノイズ混じりに明滅し、その中央に現れたのは――仮面をつけた人物だった。
「目が覚めたみたいですね」
くぐもった声。仮面をつけているため誰なのかはわからない。
しかし、その人物の手には明らかに本物の銃が握られていた。
「佐伯茉美さん、今から指定する部屋に来てください」
言葉と同時に、画面の右側に数字が浮かぶ。『B3-17』。
「……これって……?」
私は視線を巡らせる。
病室の隅――普段は気にも留めない天井の角に、監視カメラが設置されていた。
「……見られてる……」
その言葉が口から漏れたとき、ようやく私は理解した。
ここはただの病院なんかじゃない。
この場所は、封鎖された。"何者か”に占拠されている。
そして私の目覚めは、すでに誰かに監視されていたのだ。
——つづく。